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雫編 part2:心情

 雫と再会した誠は、雫に母屋の方に案内され、中に入った。


今は居間でくつろいでいる。雫は台所でお茶を淹れていた。


「はい」


 雫が誠の前にお茶を置いた。そして誠の隣に座る。


「ありがと」


 誠は一口啜ると、口を開いた。


「それにしても、ほんと久しぶりだな。あっちにいっても元気だったか?」


「うん。元気だよ。誠も元気だった?」


「ああ。今でも副会長として、頑張ってるよ。もうすぐ終わるけどな」


「そっか。でも、あまり頑張ってなかったみたいだけど。書類の整理も満足にできないんじゃね~」


「書類? ……あっ、もしかして、お前!」


 そこで雫はクスクスと笑った。


「久しぶりの学校は楽しかったな~」


「あれ、お前だったのか」


 誠は生徒会室でのことを思い出した。


覚えがないのに、すでに書類が整理されていたのだ。それをしたのは雫だったのだ。


「ふふ。でも、あれくらいならいいでしょ」


 雫は意地悪そうに笑う。


「つーか、学校に来るんだったら話し掛けろよ」


 そこで雫は少し戸惑った表情になった。


「ああ、ごめんね。やっぱり邪魔しちゃ悪いかなって思って」


 誠はそこで一息吐いた。


「それにしてもさ、会えて良かったよ。少し心配してたんだぜ。あっちで困ってないかなって。でも、心配ないみたいだな」


 その言葉に、雫は歯切れの悪い対応をした。


「う、うん。あっちでもうまくやってるよ。おばあちゃん優しいし、すぐに環境に慣れたよ」


「そっか。そりゃ良かった。それで、ここにはいつまでいるんだ?」


「うん。ここにいるのは一週間。来週の水曜にはまたあっちに行くの」


「それじゃ、それまではずっと一緒だな」


 誠はお茶を手に取り、また口に含んだ。


そのとき、雫がそっと誠に寄り添ってきた。


「雫?」


「ちょっと、このままにさせて」


 雫は目を瞑って体を誠に預けた。


誠は少し照れながら、そのままにしてあげた。


 少しして、雫は口を開いた。


「ねえ、誠くんは、今誰かと付き合ってるの?」


「ん? ああ、今湊と付き合ってる」


「ふ~ん。……え?」


 そこで雫は体を起こすと誠を見た。


「湊ちゃんって、誠の妹でしょ?」


「ああ。まあな」


「で、でも、兄妹って付き合えたっけ? いや、法律では結婚はできないだけで、付き合えないとかはないけど、兄妹って……ええ?」


 雫は顔を真っ赤にして慌てふためいていた。誠は軽く笑うと、事情を説明した。


 誠は湊の秘密やこれまでの仮定を説明し、雫はようやく落ち着きを取り戻した。


「そうだったんだ。知らなかった。苦労したんだね」


「まあな。でも、最後は愛の力で勝利だ」


「っていっても、瞳ちゃんのおかげじゃない」


「まあ、そうだけど」


 そこで雫は視線を落とした。そしてぎゅっと自分の胸を抑える。


「ん? どうした?」


 誠は顔を覗き込む。雫はすぐに顔を上げると笑顔を見せた。


「う、ううん。なんでもない」


「そっか。でも、何でこっちに戻ってきたんだ? まだ、学校だろ? 冬休みとかならわかるけど」


「うん、ちょっとね。でも、学校にはちゃんと許可もらったっていうか、事情は説明したし、おばあちゃんも賛成してくれたから。……やりたいことがあってね」


 誠は雫の最後の言葉が嫌に気になった。


 やりたいことって何だろうか。わざわざ学校を休んでまですることって。


 誠が考えているとき、雫はパンと手を叩いた。


「そうだ、今日誠くんの誕生日でしょ? 何かお祝いしなくちゃ」


「え? 覚えてたのか?」


 雫は満面の笑顔でうなずいた。


「うん! もちろん。だって……」


 そこで雫は頬を赤く染めながらそっと呟いた。


「去年、私たちが初めて会った日だし……」


「あっ……」


 そこで誠も頬を染めた。去年のことがはっきりと頭の中で想い描かされる。


 雫は顔を上げると、可愛らしい笑顔で誠を見た。


「だからさ、ご飯一緒に食べよ。私作ってあげるよ」


「ありがと。でも、湊も家で準備してるんだよな」


 誠は少し困った表情で頭を掻いた。


「あっ、そうだよね。恋人同士なんだから、祝うのは当たり前だよね……」


 雫は声のトーンを落としながら、それと一緒にうつむいてしまった。誠は慌ててどうしたらいいか考えた。


「でも、時間をずらせばいい。そうだ、八時までここにいるよ。その後は家に帰る。これでいいだろ?」


 その案に、雫は顔を上げて喜んだ。


「うん! じゃ、すぐに準備するね」


 雫は立ち上がると、キッチンに向かい、料理の仕度を始めた。


 その後ろ姿を、誠は居間で眺めていた。


 今思う。本当に良かった。雫は何一つ変わっていない。去年のまま、あの雫が目の前にいる。


 それが認識できるだけで、安心が生まれる。心から安堵の息が漏れる。


 しょうじきいうと、別れたあの時から、何かしらの不安があった。


 あの告白、そして事件、この二つを抱え、雫は上手くやっているのだろうか。少なからず、責任を感じていた。


 でも、今日の雫を見て全てが救われた感じがした。いつもの雫にまた巡り会えたことを、今幸せに思う。


 誠はつい嬉しくなって、口元を緩ませた。


「なに笑ってるの?」


 雫が後ろを振り向き、誠の顔を覗き込んだ。


「あ、いや、なんでもない。一緒に楽しもうな」


 雫は最高の笑顔で元気良くうなずいた。


「うん!」


 そのあと、二人で楽しく過ごし、また明日もここに来るといい、誠は家に帰っていった。


 雫は手を振って、誠を見送った。


 そのあと、食べた食器を片付け、お風呂に入り、ベッドの上に座った。そこから夜空浮かぶ月を眺めた。


 本当は、自分から会いに行きたかった。会って、驚かせたかった。でも、できなかった。


 しょうじきいうと、その勇気が出なかった。体が震え、誠に会えなかった。


 だから、仕方なく今日は諦め、本堂の周りを掃除した。


まさか、ここで会えるとは思わなかった。逆にこっちが驚かされた。


 でも、震えは起こらなかった。すぐに歓喜で溢れ、いつのまにか抱きついていた。


 自分は、誠のことが好きだ。


 この気持ちはずっと変わらなかった。


もちろん、今でも好きだ。それは絶対にいえる。


 なのに、誠が湊と付き合っていると聞いたとき、怒りが芽生えなかった。嫉妬すら起こらなかった。


 自分の好きな人をとられた。なのに、嫉妬心はおろか、がっかりとした気持ちも起きない。


それよりも、祝福したい気持ちの方が、どちらかというと強かった。


 なぜだろうか。自分は誠のことが好きなのに。自然と、感情が抑えられた感じだった。


 雫は窓を開け、外を眺めた。涼しい風が、部屋いっぱいに流れ込んでくる。それが雫の髪をなびかせた。


「誠くん……好きだよ」


 そっと呟く。


やはり嘘ではない。誰に対してもいってなく、呟いただけで自分の胸はいっぱいだった。


ドキドキと鼓動し、きゅっと締め付けてくる。


 この感情に嘘はない。でも、嫉妬心は起こらない。


それよりも……。


 雫はふっと息を吐いた。


「ごめん。誠くん。やっぱり、私、我慢できないや……」


 雫の瞳から、一滴の涙が頬を伝い、月の光に輝きながら、暗闇の中へと消えていった。

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