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泉編 part2:労働

 泉は朝早く起きると、朝食や小屋の掃除を早く終わらせ、出かける準備をしていた。


 持っている服の中で一番清楚な服を選び、小さな立て鏡を見て身だしなみを綺麗に整えた。


「が、頑張らなくちゃ……」


 泉は気合いを入れ小屋を後にした。




 誠との約束の日は再来週の日曜日。今日は金曜なので、残り二週間と二日。


その間に泉はやりたいことがあった。それはバイトだ。


 泉は誠に絶大な感謝をしていた。してもしきれない感謝を。


だから、少しでも恩返しがしたかった。いつもお世話になり、面倒をみてくれる誠に、何かしたいとずっと思っていた。


 そこで思いついたのは、自分が稼いだお金でどこかに出かけること。


それで喜んでくれれば、どんなに自分も嬉しくなるか。


 携帯でどこかいい場所がないか検索すると、隣の町におしゃれなレストランがあるのを見つけた。


少し高いが、おいしそうなディナーをご馳走したかったので、すぐにここだと決めた。


 そのためにも、交通費や食事代、他にも自分の服などのお金を稼ぎたかった。


 誠には内緒にしてびっくりさせたかった。嬉しそうで、楽しそうな表情を見たかった。


なので、誠が学校から帰って来る時間帯までには帰りたい。休日は休みで、平日は4時くらいまでがよかった。


「や、やるぞ……」


 泉は恥ずかしそうに小さくガッツポーズをし、バイト探しを始めた。


 まずはコンビニに向かった。たまたまバイト生募集のチラシが目に入ったのだ。


自給7百円。1日7時間なので、4千9百円もらえる。平日だけでいいので、10日で4万9千円。


少し金銭的に心配だったが、仕方なかった。


 泉はさっそく中に入って、店長らしき人物に頼んだ。


しかしあっさりと断られた。


身分証明書もなく、接客も十分にできないようでは雇うことはできないとのことだ。


「あ、諦めないもん……」


 それから次々とお店を回っていった。真剣にお願いするが、やはり断られてしまう。


それでもくじけず頑張ろうとするが、断られた数は二桁になろうとしていた。


だんだんとやる気がなくなり、諦めようと思っていた。


 そのとき、あるお店が目にとまった。


それは喫茶店だった。


レンガ造りの建物で、見た目はおしゃれだった。


規模は中ぐらいで、誠が通う桜楼学園や小屋から近い場所に位置していた。


泉はここでダメなら諦めようと思い、恐る恐る中に入った。


 中には誰もいなかった。まだ開店していないのか、それらしき準備もしていない。電気も点いていなかった。


泉は少し不安だったが声を上げた。


「あ、あの……て、店長さんはいらっしゃいますか?」


 少しうわずってしまったが、自分のできる限りの声を出した。


すると、店長らしき人の声が奥から聞こえた。


「は~い。いらっしゃいませ。あら、かわいいお客様ね」


 出てきたのは背が高く、ムキムキの筋肉質のオカマだった。


男であろうに、化粧をしてフリルの着いた可愛らしいエプロンを着けている。


一見優しそうだが、怒ったらすごく怖そうだ。


 泉は少し戸惑いながらも口を開いた。


「あ、あの……こ、ここで、は、働かせてください」


 泉は固く目を閉じて頭を下げた。


すると、店長らしきオカマは少し不気味に笑みを浮かべた。


「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。もちろん、いいわよ」


 そこで泉は恐る恐る顔を上げた。


「で、でも、私、身分証明書も何もなくて……」


「ふふ、そんなの別にいいわよ。働きたいならそれでいいじゃない。その気持ちだけで十分」


 泉はその言葉で安堵の息を吐いた。


「あ、ありがとうございます……」


「ええ、こちらからもよろしくね」


 2人は奥のほうへ移動すると、店長からいろいろ話を聞いた。


店長の名前は木村静香。


こんな名前のせいで男か女かわからなくなり、こんなオカマになってしまったようだ。


 勤務時間は開店の朝9時から夕方4時まで。1時間休憩有りの6時間労働にしてくれた。


自給は千円と高く、1日に6千円も貰えるのだ。10日で6万円。


十分すぎるほどだ。あまりの好条件に、泉は文句なかった。


 すると、店長が少し心配気味に口を開いた。


「それで、泉ちゃん、だったわね。ちょっと訊くけど、ここがどういう店か知ってるかしら?」


 そこで泉は疑問を浮かべた。ここは喫茶店ではなかったのだろうか。泉はしょうじきにそう言った。


しかし、店長は首を振った。


「実はね、ここはただの喫茶店じゃないの」


「え……?」




 今日から泉のバイトが始まる。


もちろん、誠には話していない。何も知らず、変わらない日々を送っている。


 月曜から来週の金曜まで一生懸命働き、稼いだお金で誠に恩返しをする。計画はバッチリだ。


 泉は開店時間1時間前には店に着き、開店準備を始めた。


ブラインドを開け、全てのテーブルを綺麗に拭く。床の掃除や材料の確認。


そして店長から渡された服に着替え、準備は整った。


 時刻は9時。開店し、一人目の客が入ってきた。


大学生だろうか、カバンを持ち、オタクみたいな雰囲気を出していた。


泉はさっそく接客した。


「い、いらっしゃいませ。……ご、ご主人様……」


 泉は可愛らしいメイド服を着ていた。


頭にはカチューシャ、フリルのついたスカートのメイド服、黒いソックス。


泉は恥ずかしそうにもじもじしながら顔を真っ赤にしていた。


大学生のオタクはそんな姿を見て呆然と立っていた。


「か、かわいい……」


「え、えと、こ、こちらへどうぞ……」


 泉は大学生を奥へと案内した。


影で店長は隠れて見ており、泉の接客に感激していた。


「う~ん、すごくかわいいわね。あの容姿で恥ずかしそうにしている仕草。そしてオタクには最高のメイド服。もう~、食べちゃいたいわね」


 席に案内した泉は、大学生にメニューを渡した。


「ご、ご注文はお決まりでしょうか……」


「あ、じゃあ、コーヒーを」


「か、かしこまりました。……ご、ご主人様……」


 泉は最後に可愛らしい仕草をして、その場から早歩きで去った。


そして厨房に行って、店長にコーヒーを頼んだ。


「とても良かったわよ、泉ちゃん。その調子で頑張って」


「は、はい。あ、ありがとうございます……」


 泉は壁に背をもたれると、大きく息を吐いた。


 すごく緊張した。誠以外の人と話しをするのはほとんどない。なによりこんな服を着て恥ずかしさが込み上げてくる。


 この喫茶店はコスプレ喫茶なのだ。


だから時給も高い。バイト生は高校生などが多いのだが、平日は学校で休日しか働けない。


そこで泉がいるおかげで大助かりだそうだ。


さすがに店長一人では何もできないようだ。


 そうやって泉はずっと緊張したまま接客を続け、午前中だけでどっと疲れが出た。


「お疲れ、泉ちゃん。どう? 初めてのお仕事は」


 店長が泉に飲み物を渡しながら訊いてきた。


泉は飲み物を頭を下げて受け取った。


「は、はい。つ、疲れましたが、とても楽しいです……」


 店長はニコッと笑みを浮かべた。


「それは良かったわ。午後からも頑張ってね」


「は、はい」


 午後は午前中よりもお客が多い。


泉以外にもバイト生はいるが、それも少数。


ほとんど満席になる時間帯は忙しかった。


「こっちのオーダーまだ?」


「コーヒーお願いします!」


「レジはいませんか?」


 やはり客が多いと大変だ。泉は急いで次から次へと動いていく。


接客をして、オーダーを聞いて、注文の品を持っていく。


これが泉の仕事だが、何席もあるので、休む暇はなかった。


泉はレジができないので他の人がしている。


飲み物や食べ物は全て店長が作っている。


たまにオーダーを間違えたりするが、店長は広い心で許してくれた。


 午後4時。


泉はこれで終了だ。


この時間帯は高校生の客がよく来るのだが、夜から働くバイト生もいるので大丈夫とのことだ。


「お疲れ様、泉ちゃん。また明日もお願いね」


「は、はい。お、お疲れ様でした」


 泉は奥で着替え、誠が帰ってくる前に、急いで帰って行った。


 小屋に戻ると、疲れたのかすぐに布団の上に横になってしまった。


 今日から始まったバイト。最初は不安も緊張もあったが、だんだんと慣れてきて楽しさを感じられるようになった。


 なにより、自分が頑張るだけで誠に恩返しができる。


誠が喜ぶ顔が見たい。一緒に遊んで、楽しんで、レストランで食事をして、最後はホテルに泊まって。それから……。


 泉はガバッと起き上がった。顔は真っ赤になっており、心臓は激しく鼓動している。


激しく首を振って煩悩をかき消した。


「ま、誠くん帰ってくるし、ご飯作らなきゃ……」


 泉は立ち上がると食事の準備をした。


しかし、すぐに疲れが出て、お味噌汁を作ったあと、つい寝てしまった。


 そのとき誠が小屋に入ってきた。


「ただいま、いず……」


 誠は泉を見て声を出すのを止めた。


布団の上で気持ち良さそうに寝ているのだ。


 やれやれといった感じで笑みを浮かべると、優しく毛布をかぶせ、味噌汁以外の食事を作り、静かに帰っていった。

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