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茜編 part6:伝心

 最後の撮影が始まり、誠と茜は浜辺の上を歩いていた。


誠は前を、その後ろに数歩間が空きながら茜が着いて来ている。


潮の満ち引きの音が流れ、太陽は沈みかけて、空は茜色に染まる。海に太陽の光が反射し、神々しく輝いていた。


 撮影の設定では、明日茜は母方の祖父母に引取られ、最後に海を見に来たのだ。


 誠はポケットに手を突っ込みながら歩き、そしてふと立ち止まると、後ろを振り返った。


目の前にはうつむき、困惑の瞳をしている茜がいた。


「……明日、いくんだよな」


 誠が呟く。茜は気まずいそうにコクッとうなずく。


「そうか……」


 誠は海に向き直った。茜色の反射光が全身に降り注がれる。


「……楽しかったぜ。お前と出会って、短い間だったけど、いい思い出だった」


 誠はそこでふと思った。


この台詞……。台本通りいったが、まるで、去年の俺たちのようだ。


 茜も海に向き直って口を開いた。


「私も、楽しかった。本当に……。すごく、楽しかった」


 茜は目を閉じる。


誠は茜の台詞が演技でないように感じた。去年の夏のことを思い出し、そのことをいっている感じがする。


 すると、茜はしゃがみ込み、砂に指で絵を書いていく。


それを誠はそのまま見守った。これも台本通りだ。


 茜は書き終わると、誠を見た。茜が書いた絵は、あいあい傘の中に誠と茜の名前が書いてあるものだった。


「お兄ちゃん……」


 茜は立ち上がって誠を見る。


誠はごくっと唾を飲み込んだ。


このあと、茜は涙を流し、誠に別れたくないと抱きつくのだ。


誠は心の準備をする。


 二人の様子を、湊と時雨さんはじっと見ていた。


湊は小さく呟いた。


「まるで、去年のときみたい……」


 湊の言葉に、時雨さんは反応した。


湊の言うとおりだ。このシーンは、場所は違うが、あのときのことを思い出し、茜が考えた。


そして、このあとのシーンは……。


「茜……」


 時雨さんは自分の独身時代を思い出す。


今の茜の気持ちはわかる。自分もそうだった。だから、見守ることしかできないが、成功して欲しい。


「頑張って、茜……」


 茜はぎゅっと唇を噛む。


とうとうここまできた。辿り着いてしまった。自分のゴールが……。あとはいうだけだ。気持ちを、伝えるだけだ。


でも、それができない。言葉が出てこない。緊張のせいか、恐怖のせいか……。あと少しなのに、その先に進めない。


「あ……、う……」


 茜はぎゅっと胸を締め付けた。


息苦しさを感じる。心が、胸がドキドキして、全身が熱く感じる。


この言葉を伝えることが、どれだけ難しいことか、どれだけ苦しく、そして勇気がいることか、それを今初めて知った。


 茜はそっと誠を見る。誠は堂々と立って、茜を待っていた。


 目の前にいる。今、目の前に自分の好きな人が、自分のことを待っててくれている。


去年とは違う。自分は決意したはずだ。伝えると、気持ちを好きな人に、全てを打ち明かすと。


 茜はぎゅっと拳を握る。そして目を閉じ、大きく深呼吸して心を落ち着かせる。


 大丈夫だ。きっと、上手くいく。成功するはず。しょうじきに、自分の想いを、伝えるだけでいいのだから。


 茜はそっと目を開け、誠を見た。


「誠……」


 茜が誠を呼ぶ。そこで誠は違和感を覚えた。


台本と、違う……。


「誠……あのね……」


 茜は手を握り合わせ、胸にもって来ると、誠を見つめる。


「ずっと、言おうと思った。伝えようと思った。……ずっと、伝えたかった」


「茜……」


 誠はつい呟いてしまった。


何か違う。演技ではない。茜は本気で何かをしようとしている。


「誠……聞いて。私の、気持ち……」


 茜は息を吐き、心を落ち着かせる。そして、震えを抑え、誠にはっきりと伝えた。


「……好きです」


 誠は言葉を失った。


今、なんて……。


 茜の表情は恥ずかしそうにうつむき、顔は真っ赤になっていた。


「わ、私は……ま、誠のことが……好きです」


 茜は顔を上げ、綺麗な瞳で誠を見つめる。


「茜、お前……」


 誠は記憶の中で甦った。去年の茜との別れたときのことを。あの時の、続きのようだ。


 誠は口を開き、必死に答えようとした。


「あ、茜……俺……」


 すると、茜がそっと近づき、誠の胸の中にうずくまった。


「いいよ、何もいわなくて……」


「茜……」


 茜は腕を回し、ぎゅっと締め付けた。


「いいの。ただ、伝えたかっただけ。それだけで、十分だから……だから……」


 茜は顔を上げた。その目は、少しずつ潤み始め、そして一滴の滴が頬を伝った。それは、茜色に輝き、流れていく。


「ずっと……忘れないでね」


 誠は腕を伸ばし、優しく茜を抱きしめた。そして耳元に呟いた。


「俺、忘れない。この夏も、前の夏も……絶対……」


 茜は嬉しそうに微笑むと、潤んだ目を閉じ、誠を抱き返した。




 撮影が終わり、みんなでホテルのホールで、完成披露宴を開いて盛り上がっていた。みんなお酒をあおり、酔っ払っていた。時雨さんも飲んでいる。


 誠は一人バルコニーに出て、輝く星と月を眺めていた。


そしてラストシーンでの、茜の言葉を何度も思い出していた。


 あの言葉、そしてあのときの茜。全て伝わった。茜の気持ち、想い、全て自分は受け止めた。


でも、自分は何もしていない。これで、良かったのだろうか……。


「茜……」


 誠はそっと呟く。そのときだ。


「なに?」


「え?」


 隣には満面の笑みで誠を見ている茜がいた。


「お、お前、いたのかよ」


「へへ。こんなとこで何してるの? あっ、綺麗だね」


 茜は身を乗り出して夜空を眺める。


「なあ、湊は?」


「ん? さっきトイレにいくって」


「そっか」


 誠は夜空に視線を戻す。


おそらく、湊は気を使ってどこかにいったのだろう。よく気が利くからな。


「ね、誠お兄ちゃん」


 茜が誠の方を向く。誠は頬杖を着いた。


「お兄ちゃんってつけるのか?」


 茜はクスクスと笑う。


「ふふ。忘れてないでしょ? 本当の私の気持ちは。だからいいの」


 茜は誠の首に下げられている十字架のネックレスに触れた。


「本当の私は誠のことが好き。でも、今の私は、誠とは仲の良い友達でいたい。だから、誠には忘れて欲しくない。本当の気持ちをね」


 誠はうなずく。


「ああ。わかってる」


 茜はニコッと笑みを浮かべた。


「それでよろしい」


 茜は誠の手を掴んだ。


「ほら、いこ」


 茜は誠を引っ張り、中へと走り出した。そのときの笑顔は、今までの中で一番輝いていた。




 誠と湊は家でテレビを見ていた。


テレビには茜をはじめとする映画のキャストたちがいる。今映画の試写会をしているのだ。


「茜さん。今回のこの映画はどんな映画なんですか?」


 司会者に質問され、茜はマイクを握ると答えた。


「はい。この作品は、自分の想いを伝えることの重大さ、勇気を与える映画で、恋に歳の差も身分も関係ないという意味を込めています」


「それでは、最後に一言」


 茜は目の前にいるファンに向かってはっきりといった。


「私は好きな人がいます。その人に想いを伝えました。残念ながら、その先は知りません。でも、想いを伝えることだけでも、十分にすばらしく、そして輝いていることだと思います。怖がらず、その一歩先を、皆さんも進んでください」


 茜が頭を下げると、他のキャストも頭を下げた。そして幕が降りた。


「かっこいいね、茜ちゃん」


 湊がパチパチと拍手する。


「ああ、本当にな」


 誠は軽く口元を緩ませた。そしてリビングにある三人で撮った写真を見る。


誠、湊、茜の三人が映った、楽しそうに笑っている一枚の写真。


すると、一瞬茜が元の姿に見えてしまった。


「え?」


 誠は目を擦り、もう一度よく見る。しかし、それはやはり小さな茜しか写っていなかった。


「どうしたの、兄さん?」


 湊が問い掛ける。


「ああ、いや、なんでもない」


 誠は笑って誤魔化した。


「さて、明日から学校だ。今のうちに準備するかな」


「珍しいね。でも、宿題は終わったの?」


 そこで誠の動きが止まった。


「まさか、してないの?」


 誠はゆっくりと湊に振り向く。


「撮影のことばっかで、一つもしてない……」


「ええ~! どうするの。もう明日だよ!」


「くっそ~!」


 そのころ、茜は時雨さんと共に空港に向かっていた。そのとき、時雨さんが問い掛けた。


「満足した? 想いを伝えて」


「うん! これで思い残すことはないよ」


 茜はバックから一枚のチケットを取り出した。それはアメリカ行きの航空券だった。


「お父さんが引越しの荷物は届いてるっていってたわ。当分は日本に帰ってこれないわね」


「でも、私あっちでも頑張る。誠が応援してくれると思うし、それに」


 茜は窓から青空を眺めていった。


「忘れないって、約束したもん」


 時雨さんはそっと笑みを浮かべた。


「そうね」


 茜はニコッと微笑む。そしてバッグから三人が映った写真を取り出した。


「ありがと、誠お兄ちゃん」

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