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茜編 part5:覚悟

 誠、湊、茜の三人は、家の中で演技をしていた。目の前には二人の老夫婦。


 今しているシーンは、茜を引取る人が見つかったという場面だ。


目の前の老夫婦が、茜の母方の両親で、茜を引取るとのことだ。


 誠と湊は困惑の表情をする。茜はうつむき、どうしようか悩んでいる。


老夫婦は頭を下げ、誠たちの元から去っていった。


 茜がこの家から出て行くまで残り一週間。それが、残された時間だった。


 そこで撮影が終了した。


次は、いろいろな思い出づくりとかで、あらゆる場所で遊ぶシーンがある。それが終われば、とうとうラストシーンが来る。


 そのシーンをおわらせると、誠たちはホテルに戻り、くつろいでいた。


「映画ももう少しで完成だな」


 誠はベッドに座りながら口を開く。


「うん。なんだかんだ大変だったけど、ここまで来たんだね」


 湊も誠の隣に座りながら答える。


「なあ、茜ちゃん。撮影終わったら、どこか遊びに行くか」


 誠は椅子に座っている茜に問い掛ける。しかし、茜は何か考え事をしているのか、誠の声は届いていなかった。


「茜ちゃん? お~い、茜ちゃん」


「え?」


 そこでようやく茜は気づいた。


「どうかしたのか? ぼーとして」


「あ、ごめん。ちょっと撮影のことで。そうだ、ちょっと助監督と打ち合わせしてくるね」


 そういって茜は部屋から出ていった。


 茜はドアの前で立ち止まると、背もたれにし、顔を下げた。


「次のシーンで、終わりなんだ……」


 誠と過ごした夏、この撮影が、もう少しで終わる。楽しかった今年の夏が、過ぎ去ってしまう。


 でも、去年と同じにはしない。今年は、去年とは違うのだから。


 茜は自分の部屋に戻ってきた。部屋の中には雑誌を読んでいる時雨さんがいた。


「緊張してるの?」


 茜に気づいた時雨さんが声をかける。


「……わかるの?」


 時雨さんは軽く口元を緩める。


「自分の子供の表情くらいわかるわ」


「そっか」


 茜は時雨さんの隣に座った。


「ねえ、お母さんは、どうしてお父さんを好きになったの?」


 そこで時雨さんはつい噴出してしまった。


「どうしたの、急に」


「ちょっと気になって」


 時雨さんは自分の指にはめている指輪を見ながら話した。


「そうね、何でだろう。気がついたら、好きになってた。恋ってそんなものじゃない」


「そうだね……」


「やっぱり、子は親に似るのね。実はね、私も昔はお父さんが好きで、追いかけたことがあるの」


「え?」


「一回は振られてるの。でも、諦め切れなかったから、わざわざあの人の家まで行って、もう一回気持ちを伝えた。そしたら、参った、君の気持ちは十分に伝わった、って。それから付き合い始めて、結婚したの」


「そうなんだ」


 茜の父親は、誰もが知っているトップモデルなのだ。それだけでなく、歌手デビューや俳優としても活躍し、今ではハリウッドで撮影中でアメリカに行っている。


「さっき、お父さんから電話があってね、頑張れって」


 茜はそっと笑みを浮かべた。


「そっか」


 茜は立ち上がった。


「私、ちょっと打ち合わせしてくる。最後だもんね」


 茜は胸を張って、部屋から出て行った。




 撮影も順調に進み、残りわずかとなっていた。夏休みも残り少なくなってきている。


今思えば、映画の撮影も大変なところもあるが、どちらかというと楽しいものだった。


映画の製作方法や、裏での仕事、影ではこんなにも大勢の人たちが協力し、一つの作品を作り上げている。一人では決してできない仕事だと思った。


 撮影もとうとう大詰めだ。皆ラストスパートだと思い、今まで異常に張り切っている。


 皆はある場所に向かっていた。それは海である。


ここが最後の撮影場所だ。


ここのシーンが撮り終われば、映画は完成する。


 誠たちは時雨さんの車に乗り、現場へと向かっていた。


その間、目の前に座っている茜はずっと口を閉ざし、何かを思いつめていた。


 誠は声をかけようとした。しかし、すぐに止めた。


何か集中し、覚悟を決めているようにも見えた。このままそっとしておくのが一番かもしれない。


「見えてきたわよ」


 時雨さんの声で、みな窓から外を覗いた。目の前には、この前休暇をもらったときにいった海が見える。場所も同じだ。


 茜はその青く広がる海を見ながらぎゅっと胸を締め付けた。


 いよいよだ。とうとう来てしまった。自分の、歩いてきた道の果てに。


 一同は車から降りると、さっそく撮影の準備を始める。


太陽は沈みかけ、だんだんと茜色の空が広がってくる。夜になる前に終わらせるようだ。


 誠と茜はメイクを終わらせると、浜辺に降り立ち、並んで海を眺める。


「とうとう、最後だな」


 誠が口を開く。茜は無言でうなずいた。そして海を見ながら、そっと目を閉じると名前を呼ぶ。


「誠」


 呼ばれた瞬間、ハッとして誠は茜を見た。


今茜は、誠、と呼んだ。お兄ちゃんをつけていない。つまり、これは茜が子供ではなく、元の姿、同い年の十七歳として呼んだことになる。


 茜は閉じていた目を開け、はっきりといった。


「私、伝えるから。……最後に、誠に」


 茜は踵を返し、海に背を向け、歩いていく。その後ろ姿を見ながら、誠はさっきの言葉と、時雨さんがいった言葉を思い出していた。


 この最後の撮影で、何があるのだろうか……。


 誠の耳に、潮の満ち引きの音がやけに響いていた。


「よし、始めるぞ!」


 助監督の声が上がる。みな配置に着き、撮影準備を完了する。


 誠と茜は向かい合う。


茜の目は、いつもの目と違い、真剣さがビンビンと伝わってくる。


 その様子を見て、時雨さんは湊と一緒に二人を見守る。


「茜……」


「ラストシーン、よーい、スタート!」


 助監督の言葉で始まった。


 茜は集中力を増すと、演技を始めた。そして、自分の作戦を実行する。


 それは、去年の夏の続きのような感じがした……。

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