表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/36

茜編 part4:後悔

 再び撮影が始まった。


残り少ない時間で進めなければならない。ノンストップで作業を急いだ。


 それに伴い、誠をはじめ、他の出演者たちも気合いを入れ、演技に取り組んだ。


 しかし、茜だけは違った。


簡単なところでミスをしたり、覚えていたはずの台詞を忘れたりと、どこか様子がおかしかった。


そのせいで、茜は監督にも関わらず、助監督に厳しく叱られた。




 休憩時間に、誠は椅子に座って落ち込んでいる茜に話し掛けた。


「大丈夫か、茜ちゃん」


 誠はしゃがみこみ、茜の顔を覗く。


「……誠お兄ちゃん」


 茜の瞳に活力が見えなかった。そうとう重症に見える。


「どうかしたか? 具合悪そうだぞ」


「ううん。大丈夫。ありがと」


 茜は無理に笑顔を作る。しかし、すぐにうつむき、元に戻った。


「茜ちゃん」


 誠はそっと茜の頭に手を乗せ、優しく撫でた。


「元気出せよ。そんな落ち込んだら、俺まで悲しくなるぜ。いつもの、幸せそうな笑顔を、俺に見せてくれよ」


 誠の言葉に、茜はうなずくとニコッと笑みを見せた。その笑顔は、いつもの茜の笑顔だった。


「その意気だ。じゃ、次も頑張ろうな」


 誠は立ち上がると、軽く手を振って、湊の下に戻っていった。


 茜はその後ろ姿を見届けると、そっと笑みを浮かべた。


 やはり誠は優しい。どの言葉よりも心に染み、そして不思議と元気が沸いてくる。


それだけでなく、悩んでいたことがバカみたいに思える。


 本当に、誠はすごかった。


 でも、こればかりはどうしようもできない。あれからずっと迷っている。


 自分は、どうすればいいのだろうか……。




 休憩が終わり、後半のシーンから始まる。


誠、湊、茜の三人は、家の中で楽しく食事をする。


茜は声が出せないので、表情だけで表現しなければならない。伝達手段は紙に字を書くのだ。


 それから少し進み、茜が初めて声を出すシーンが始まる。


茜は誠と一緒に遊園地で遊んでいたが、途中で迷子になる。そのとき、いかにも悪そうな男が茜をさらうのだ。


そのとき、咄嗟に助けを呼ぼうと、茜は声を発するのだ。


「よし、始めるぞ! スタート!」


 助監督の合図で始まった。誠と茜は実際に遊園地をロケに、演技を始める。


最初は普通に楽しく過ごし、そのあと、自然と別れる。


 茜は誠と離れると、不安そうな顔で辺りを見渡す。声が出ない分、演技でその人の心情を伝えなければならない。


茜は少し潤み始めた目で慌てる。キョロキョロと辺りを見渡し、誠を探す。


 誠は少しして、茜がいないことに気づくと、慌てた様子で人ごみを掻き分け、茜を必死に探す。


 その間に、茜は泣きそうになりながら、行き交う人の顔を見て探す。だんだんと不安が募り、恐怖心が芽生えてくる。


 そのとき、茜を浚う役の人が茜に気づき、後ろからそっと近づく。


 茜は肩を叩かれ、安堵したような表情で後ろを振り向いた。しかし、そこには誠ではなく知らない男。


その瞬間、茜は口を抑えられ、男に襲われてしまった。


 パニック状態に陥った茜は暴れ出す。それを男は力づくで抑える。


その間に誠は走り回って探すが見つからない。


「クソ。どこだ、どこにいるんだ」


 男は茜を連れて出口へと向かう。そのとき、茜は男が口を抑えている手を噛んだ。


「いて!」


 男は咄嗟に茜の口から手を離す。口が自由になった瞬間、茜はおもいっきり叫んだ。


「助けて! お兄ちゃん!」


 その声を聞いた誠は不意に立ち止まった。


「今……」


 そして誠は茜を見つけた。知らない男に捕まり、出口に向かって走っていく。


「助けて! 助けて!」


 誠は足に力を込め走り出した。誠に気づいた男も逃れようと懸命に走る。しかし、茜を抱えている分、誠の方が速い。


「お兄ちゃん!」


 茜が手を伸ばして誠に助けを求める。


 すぐに誠は男に近づくと、茜向かって手を伸ばした。そのとき、男は振り返り、誠の体をおもいっきり蹴り飛ばした。


「うっ」


 誠はその場に倒れると転げ回った。もちろん、本当に蹴ったわけではない。


「お兄ちゃん!」


 誠は傷みに耐えながら起き上がる。そしてもう一度走り出そうとした。


だが、男は走っておらず、茜に向かってナイフをつき立てていた。


「動くな! こいつが死んでもいいのか!」


 男がナイフを茜の首に当てる。あと少しで切れるというところだ。


誠は何もできず、その場に立ったまま動かない。


 男は少しずつ後ろに下がる。


周りの人たちも、何事かと思い、二人の光景を凝視する。そして状況がわかると、悲鳴を上げる者もいる。


 そのとき、すぐに警察が来た。


「お前、その子を離せ!」


「うるさい! 近づくんじゃねーぞ!」


 誠は怖がる茜をじっと見る。


助けてやりたいが、どうしようもできない。拳を固く握り、悔しそうに歯を食いしばる。


 このままでは、茜が死んでしまう……。


 誠はいきなり叫び出すと、男向かって突進をした。


「うおっ!」


 男が不意をつかれ、その場に倒れる。そのとき、男の持っていたナイフが襲ってきた。


誠は茜をかばうと、ナイフの軌道上に右腕を差し出す。その瞬間、おびただしい血がアスファルトの上に飛び散った。


「お兄ちゃん!」


 誠は傷みをこらえ、茜を抱えると男から離れようとする。その隙を狙い、警察が男を取り押さえた。


 その様子を見た誠は、安堵するとその場に座り込んだ。


茜は誠の服を掴み、胸の中で泣いていた。誠はぎゅっと茜を抱きしめ、良かった、と呟く。


 そこで助監督が声を上げた。


「オッケー! 良かったぞ!」


 その言葉で誠と茜は力を抜いた。


「けっこう疲れた」


「大丈夫? 誠お兄ちゃん」


 茜が心配そうに見る。


「ああ、大丈夫。まだまだいけるぞ」


 誠は軽く笑みを浮かべる。そのとき、湊が近寄ってきた。


「二人ともお疲れ様。迫真の演技だったよ」


 そういって二人にタオルを渡す。


「ありがと。でも、ちょっと怖かったな。ナイフが本物に見えたし」


 誠は腕についた血のりを拭く。


「ふふ。でも、兄さんかっこよかったよ」


「そ、そうか?」


 誠は照れ笑いを浮かべる。


 その間、茜は二人の様子を見てうつむいた。


「どうしたの? 茜ちゃん」


 湊が茜に声をかける。茜は顔を上げるといつものように笑顔を見せた。


「ううん。なんでもない。そうだ、次のシーンの台詞覚えなきゃ」


 茜は立ち上がると、誠たちから離れた。そして休憩室で椅子に座ると、ふっと息を吐いた。


 やはり二人は付き合っている。すぐにわかる。二人の間に恋人である空間が生じ、誰も近づけさせない。


 やっぱり、苦しい。切なく、悔しく、胸が締め付けられる。


この気持ちは変わらない。でも、なぜか二人を憎めない。自分の好きな人を取られているが、湊が嫌いだとか、いなくなればいいのに、などとは思えなかった。


 茜は顔を上げた。目の前に大きな鏡がある。その中に映っているのは、小さく、小学生のかわいい女の子。


今初めて後悔したかもしれない。スカイを使い、こんな子供になって……。


もし、元の姿で誠に出会っていれば、自分を選んでいたかもしれない。いや、きっとそうだ。自分はこんなにもかわいい。


でも、それは叶わない夢。スカイはもうない。元に戻ることはできない。


 茜は肩を落とし、視線を下げる。


 そのとき、休憩室に時雨さんが入ってきた。


「茜、さっきの演技良かったわよ」


 茜はうつむきながらぼそっと呟く。


「……ありがと」


 その様子を見て、時雨さんは茜の髪を直しながら口を開いた。


「あの二人の関係をじかに感じたのね」


「……私、どうしたらいい?」


 茜の目が潤み始める。拳を握り、体が小刻みに震える。


時雨さんはふと笑みを浮かべる。


「それは自分で考えなさい。私は、いくらでも協力するから」


 時雨さんは続けた。


「でもね、途中で諦めたら、この先ずっと後悔すると思うわよ。しないよりも、した方が、よっぽどいいからね」


 自分の母親の言葉に、初めて深みを感じた。


たしかにそうだ。どうせ後悔するなら、して後悔した方がいい。


その先に待っている答えが、どのようなものであったとしても。


 茜は目を閉じた。


「私、頑張ってみる」


 その言葉に時雨さんはうなずいた。


「うん。その意気。さすが、我が娘」


「だって、私お母さんの娘だもん」


 二人はクスクスと笑い合った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ