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茜編 part2:撮影

 誠の家の前には、大きな黒い車が停まっていた。


その前に、時雨さんが立って待っている。


玄関では茜が腕を組んで待っていた。


「ねえ、誠お兄ちゃん、まだ~?」


「ごめんね、茜ちゃん。多分、もう少しだと思う。兄さん、早くしてよ」


 湊が玄関から大きな声を上げた。


「も、もう少しで終わる」


 居間から誠の声が響いた。


今日から茜と映画の撮影が始まる。


それにもかかわらず、誠はまだ出発の準備ができていなかった。いつものことだが、どうして改善されないのか、頭を抱えてしまう。


「よ、よし、お待たせ」


「もう、誠お兄ちゃんはいつも遅いんだから。時間にルーズな人は嫌われるんだよ。ね、湊お姉ちゃん」


 茜は頬を膨らませて文句をいった。


「はは。私はもう慣れたよ。兄さんのぐうたらは直らないもん」


「悪かったな……」


 一同は車に乗り込むと、撮影場所に向かっていった。


「今日はまず、現地に着いたら皆さんに挨拶をお願いします。それから宿泊場所と撮影場所を紹介します。それから午後一時から撮影開始です」


 時雨の説明を聞き、誠はガクガクと足が震えていた。


 しょうじき、責任が重大すぎる。もし失敗したら怒られるんだろう。迷惑かけたらどうしようか。そんなことを考えると、震えが止まらない。


 そんな誠を見て、茜が話し掛けてきた。


「大丈夫だよ、誠お兄ちゃん。そんな心配しなくても、誰も迷惑に思わないよ」


 茜が満面の笑顔でいってくる。


そんな言葉が心に染みて、安心感が溢れてくる。でも、やっぱり緊張は解けなかった。


 現地に着くと、まずは挨拶をしに行った。すでにみんなはホテルの広場に集まっており、各自話や食事を摂っていた。


「うわ~、なんか場違いなところに来てないか?」


 誠は出入り口で中を覗いていた。後ろには茜たちがいる。


「なにしてるの? 早く入りなよ」


 茜が後ろからいってくる。


「で、でも、まだ心の準備が……」


「もう、男なら覚悟決めなさい!」


 茜が誠の背中を押し、その勢いでドアを開けて中に入った。


「ちょ、ちょっと茜!」


 その瞬間、周りの人たちみんなが誠の方を見てきた。


「お、この人か」


「あの秋野茜が選んだ人ね」


 みんなざわざわと誠の話をする。誠はどうしたらいいのかわからず、その場に固まっていた。


「なにしてるの? 私は挨拶とかあるから行くけど、ゆっくりしていってね」


 茜は時雨と一緒に前の方へ歩いていった。


「兄さん、大丈夫? なんか顔色悪いよ」


 湊が誠の体を揺すって聞いてきた。


すでに誠は緊張がピークに達し、硬直状態のままで、湊の声はまったく聞こえていなかった。


 その間に、茜はステージに登ると、マイクを持って中央に立った。


「みなさん、こんにちは。主演兼監督を務めさせていただきます、秋野茜です。この度、映画『さよならの前に』の撮影の開会式にご参加いただき、ありがとうございます。今日から一ヶ月、撮影時間も極端に短いので忙しいことになると思いますが、皆様のご協力をよろしくお願いします」


 茜の挨拶が終わり、スタッフや他の出演者たちは大きな拍手で応えてくれた。


それを確認し、茜が再びマイクを口に近づけた。


「え~、それと、一つ皆様にお知らせがあります。すでにご存じだとは思いますが、今回の撮影には、演技には素人ではありますが、私の知り合いが参加します。主役の、清水誠くんです」


 名前を呼ばれた瞬間、スポットライトが誠に当てられた。


ようやく緊張が解き、お腹が空いたので、テーブルにある豪華な料理を食べていた誠は、スポットが当てられたことに気づくと、今どういう状況なのかわからなくなり、混乱してしまった。周りの人たちはみんな誠を見ている。


「清水誠くん、ステージに上がって、一言挨拶をお願いします」


「ほら、兄さん」


 湊に背中を押され、誠は混乱状態の中、誠はステージに上った。


「はい」


 誠は茜からマイクを受け取った。しかし、何をいっていいのかわからず、その場に立ち尽くしていた。


 そんな誠を見て、茜は耳元に囁いた。


「ほら、自己紹介と挨拶して」


「あ、ああ……」


 誠はよいやく理解すると、ステージの真ん中に立って、スタッフのみんなに向き直った。


「え、ええと、清水誠です。秋野茜の友人です。演技とか、そういうのは、本当にド素人で、皆さんに迷惑をかけるとは思いますが、これからよろしくお願います」


 誠は丁寧に頭を下げた。それに応え、拍手が湧き起こる。


 誠はほっと安心すると、マイクを茜に返し、ステージを降りていった。


「それでは、撮影は午後から入ります。それまで、皆様ご自由にご寛ぎください」


 茜も一礼し、ステージから降りていった。


 開会式を終え、誠はホテルのベッドに座った。


「ああ~、なんか開会式で疲れたよ」


 誠は重いため息を吐いた。


「大丈夫、兄さん? これから撮影だよ」


 湊が隣でいってくる。


「ははは。誠お兄ちゃん、緊張しすぎだよ。そんなに固くなってちゃ、撮影のときはもっと緊張しちゃうよ」


 茜は平気で笑っている。


「それでは、今から撮影場所に移ります」


 時雨さんの一言で、誠たちは移動を始めた。




 撮影場所は公園だった。ごく普通の公園で、他の人の姿は見えない。


それも不自然なので、それ役の人はちゃんといる。周りは住宅街に囲まれ、桜の木が並んでいた。


「今から撮影を開始します。各自準備をお願いします」


 茜が拡声器を使って指示を出す。それぞれ配置に着き、カメラや反射鏡などの調整を始める。


誠や茜などの役者は、スタイリストによってメイクされていた。


「誠お兄ちゃん、台詞覚えた? 全部じゃなくていいけど、パート5までは覚えてるよね?」


「あ、ああ、まかせろ! テスト前日の暗記なら得意だ!」


 誠は台本を読みながら、自信なさそうに親指を立てる。


すでに緊張ガチガチで、顔が引きつっていた。


茜はクスクス笑っていた。


 撮影開始である。


茜の両親が交通事故で亡くなるシーンから始まり、そのあと誠と茜の出会いのシーンだ。


さすがに役者として雇われている人たちはすごかった。ほぼNGなしで順調にスタートし、すぐに誠の出番が来た。


誠は通学途中で、ブランコに乗っている茜に気づき、話し掛けるというシーンだ。


「よーい、スタート!」


 助監督の言葉で始まった。


「兄さん、いってらっしゃい」


 湊が家から誠を出迎えた。


密かに湊も出演していたのだ。これも茜の計画の一つ。


湊は誠の妹役だ。誠と違い、落ち着きがあり、しっかりとした口調と自然な演技でこなしていく。


「あ、ああ、いってきます」


 誠は湊と違い、少しぎこちなさがあった。


しょうじきいうと、普通の人よりも演技が下手である。そんな誠に助監督は頭を抱えていた。


それとは違い、茜は公園の中でクスクス笑っていた。


 誠は少し緊張しているのか、ぎこちない足取りで歩いていく。家から公園へと歩いているのだ。


 このまま歩き、公園で茜を見つけ、話し掛けるのだ。


それまでにも自然とした演技が求められる。


公園で茜を見つけるには、さりげない感じが必要だ。最初からわかっているような感じでは、演技だとばればれである。


 誠は普通に学校に通っているように振る舞い、公園の前を通ろうとしている。


 誠の心臓は緊張で破裂しそうだった。


ここから本当の演技が試される。最初のシーンなので、うまく成功させたい。


 茜はブランコに座りながら、遠くから見える誠を見ていた。


「来た、来た」


 茜はふっと息を吐き、集中力を増した。


 これから自分の演技が始まる。誠が下手なのはしょうがない。


それをわかっているのにもかかわらず、誠を選んだのだ。だからその分、自分の演技力で補うのだ。


 茜が真剣な表情になると、役に入り込んだ。


今自分は、声の出せない子供だと。


 茜は目に涙を溜め、流し始めた。


 その間に、誠は公園の入り口の前を通り、茜に気づいた。


 ここからだ。二人の出会いの場面。大切な場面だから、しっかりとこなしたい。


 誠は茜がいるブランコに目を向けた。


「あの子……」


 誠はできるだけ自然に立ち止まり、茜にそっと足を向けた。


 誠は茜の前で立ち止まった。目の前では涙を流して泣いている小さな女の子がいる。


すごく上手だった。よく簡単に涙を流せるものだ。


わざとらしくなく、普通に泣いているように見える。さすがは人気アイドルだ。


 誠はそっと台詞どおり、茜に話し掛けた。


「どうしたの? こんなところで泣いて。どこか痛いの?」


 誠は優しく声をかける。その声に気づき、茜は顔を上げた。


 その顔を見て、誠は驚いてしまった。


茜の目は赤く、頬には涙の跡があった。さすがは人気アイドル。その演技力は大人顔負けである。


その演技に負けないよう、誠も続けた。


「ほら、泣き止んで」


 誠はポケットから白いハンカチを差し出した。優しく、満面の笑顔で渡す。


茜は鼻水をすすり、震える手でハンカチを受け取ると涙を拭いた。


 誠は軽く笑みを浮かべた。


「元気出しなよ。俺でよかったら、何でも相談に乗るよ」


 誠は素人にしてはまあまあの演技でこなしていく。そして十分に気持ちが伝わってきた。


 そんな誠を見て、茜はつい見とれてしまった。


 これだ。この優しさだ。誠の一番の良いところ。温かく包んでくれる優しさ。


この優しさが、自分を以前包み込んでくれて、癒された。


 その優しさに私は、感謝をしてもしきれないほど、救われたのだ。


 去年の夏の思い出が、自然と思い出され、次々に甦っていく。


 茜は顔を引きしめた。


 今目の前にいる、世界で一番好きな人。彼が、確かに自分の前でじっと見つけてくれている。


 すでに始まっているのだ。自分の計画。自分のやり残したこと。


 それを成し遂げるための道は、すでに出来上がっているのだ。


 茜は決意した。


 最後まで、そのときまで、歩いて行くと……。

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