泉編 part1:回想
桜が舞い散り、綺麗な花びらが地面へと積もっていく。
寂しく立っている木だけで、枝には青葉が生っていた。
桜楼学園に通う三年生の誠は、今日もお気に入りの場所である小さな山を登っていた。
少し体を震わせるような風が吹きつけてくる。
空は綺麗に晴わたり、青々しい色がどこまでも広がっていた。太陽の日が照り、暖かい陽射しが当たられ心地良さが増した。
頂上に着くと、改めて回りを見渡した。
真ん中にある泉、近くにある木造ベンチ、さらさらとした芝生。
すべてあの頃と変わらなかった。
「懐かしいな……」
誠はそっと目を閉じた。
風のなびく音、小鳥のさえずり、木々のざわめき、さまざまな音色が耳に届く。
そして去年の思い出が甦ってくる。忘れられない、最高の思い出。
さっきこの山の持ち主である柏葉さんの家を訪れ、挨拶をしにいった。お年を感じさせない元気がある。そのついでに、綺麗な花束を持たされた。
誠は踵を返すと、周りにある雑木林の中を進んでいった。
雑木林の奥へとゆっくり進んでいく。木や葉の匂いが鼻をつき、枝には小鳥がとまって鳴いていた。
太陽の光を遮断し、中は薄暗く少し気味が悪かった。足を踏み出すたびに落ち葉が音を立てる。
誠はある場所へと辿り着いた。
目の前には2つの墓があった。木の枝を十字にし、土の上に刺さってある。
誠は左にある一つの墓の前に花束を添えた。そして、手を合わせ、そっと目を閉じた。
今日は、泉が死んでちょうど1年なのだ。
「泉、元気にしてたか? 俺はずっと元気だぞ。お前と別れて1年経ったんだ。俺は3年になって、いろいろ頑張ってるよ」
誠は目を開け、語り出した。
「もう知ってるかもしれないけど、俺、今湊と付き合ってるんだ。毎日楽しく過ごしてる。本当は湊も連れてきたかったけど、あいつ遠慮してな。また今度連れてくるよ。……お前との思い出は、忘れないからな。いつまでも、天国で見守っていてくれ」
誠はそっと笑みを浮かべ、泉の墓を見つめた。
頭の中では泉が最後に見せた幸せの笑顔が思い浮かぶ。あの笑顔を、もう一度見たかった。
泉の家族は毎日が苦しかった。
泉とその母親は、父親のせいで暴力を振るわれていた。父親は麻薬を所持し、それを売買していることが警察にばれ捕まった。
そのことが近所でも広まり、泉はそのせいで、学校でいじめられるようになった。
生きるのが嫌になった母親は、夜にこの山を訪れ、スカイを使って最後に泉の記憶を消した。そして自分は自殺をして泉の墓の隣に眠っている。
そこから誠と泉の物語が始まった。
透き通ったような綺麗な泉の前のベンチで出会い、話しかけ、小屋に住み、楽しい時間を過ごした。
家族に会いたがっている泉に、この世にいる唯一の家族である父親にも会わせ、最後は記憶が甦り、天国へといってしまった。
それまで、たくさんの思い出がある。
誠の目からつーっと一滴の涙が流れた。思い出すたびに出てくる。
袖でごしごし拭くと、すっと立ち上がった。
「じゃあな、泉。また来るからな」
背を向けながら軽く手を振り、元来た道を歩いていった。
雑木林の中から出た誠は、大きく背伸びをすると、ふっと息を吐いた。
そして綺麗な泉の先にある、古びたボロボロの小屋を見た。
「せっかくだし、あそこにもいくか」
小屋の中はやはり汚かった。何年もそのままので、いたるところは埃被っていた。しかし、布団だけは袋の中に入れていたので大丈夫だった。
誠は布団を敷くと、その上に座った。
「ここでもいろいろあったな」
この小屋の中にいるときは、誠と泉はまるで夫婦のようだった。
学校から帰って来ると、迎えてくれた泉と夕飯を食べ、そして日課である日記を書く。
楽しかったとき、幸せだった日々、次々に思い出される。
誠は泉の日記を取り出すと、ぱらぱらとページを捲った。
ほとんど、泉は誠のことばかり書いていた。そのことを知ったときは涙が出るほど、泉の想いが伝わった。
すると、あるところで誠の手が止まった。そのページを読むと、誠は可笑しそうにクスクス笑った。
「そうだった、そうだった。こんなこともあったな」
誠は日記をテーブルの上に置くと、両手を頭の後ろに回し、布団の上に寝転がった。
「あの時は本当に楽しかったな……」
誠はそっと目を閉じ、そのことを思い出した。
いつものように誠は、学校が終わったあと、泉のいる小屋に向かった。
この日もいたって空は晴れ渡り、日が傾き始め、空は茜色へと変わろうとしていた。
お気に入りの場所がある山を登り、泉の脇を通って、その先にあるボロボロの小屋の中に入った。
「ただいま、泉」
「……おかえりなさい」
泉は腰まで伸ばされた長い髪を垂らし、整った綺麗な顔立ちをして、ここらではあまり見ないような美少女である。
あいかわらず笑顔を見せないが、少し恥ずかしそうに、頬を赤く染め迎えてくれた。
そんな泉が可愛く思え、誠はつい口元を緩ませてしまった。
2人はギシギシときしむ音を立てるテーブルを囲み、泉の作った夕食を食べた。
熱々の肉じゃがはおいしく、凍てついた体を芯から温めた。
「今日もおいしいな。泉はやっぱ料理がうまい」
「……あ、ありがと」
泉は頬を赤く染め、うつむきながら礼を言った。
それから誠は学校であったことを楽しそうに話し、泉はその話を真剣に聞いて夕食を終えた。
一段落して、泉が今日の日記を書いている最中だった。
隣で誠は携帯をいじっている。そのとき、泉が誠を見てそっと口を開いた。
「ねぇ……誠くん」
「ん、なに?」
「あ、あのね、再来週の日曜日……暇?」
「再来週の日曜? ……今のところ予定はないな。どうかしたか?」
すると、泉はもじもじし、顔を真っ赤にしながらうつむくと、かき消されそうな小さな声で言った。
「え、えと、あのね……その日、私と一緒に出かけてくれないかな?」
言い終わった泉は、緊張したように体を硬直させ、固く目を閉じた。
誠はそんな泉を見て、ふっと笑みを浮かべた。
「ああ、いいぜ。その日は泉とデートな」
その言葉を聞いて、泉は恥ずかしそうにうつむきながら小さくコクッとうなずいた。
「あ、ありがと……」
泉は記憶がないせいか、感情を表に出さない。だが、内心すごく喜んでおり、はしゃぎまわりたいほど嬉しかったのだ。
この日から、泉の計画は始まった。