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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集(恋愛・異世界等)

錆びついた剣の行く先は

作者: A

 レイア・フォン・ヴァルキュリア。

 辺境の領主の娘である私は、父譲りの剣の才と、母譲りの優れた容姿を持って生まれてきた。

 少女と呼ばれる頃には、美貌は領内で知らぬ者などおらず、剣の才は周りの騎士と比するほどに。

 女性と呼ばれる頃には、美貌は国で知らぬものなどおらず、剣の才は誰にも負けないほどに。

 

 出陣の度に領民達がこぞって押し寄せ、そして、社交界に出る度に貴族達が婚姻を取りつけようと詰め掛けてきた。


 きっと、あの頃の私は調子に乗っていたのだろう。

 

 当然、そんなつもりは決してなかった。

 しかし、最近になって振り返ってみると、ついそう思ってしまうのだ。


 失って初めて、自分というものがどれだけちっぽけな存在だったか知ることができたのだから。








◆◆◆◆◆








 遠く朧げな記憶。

 何度も見た夢に、私は自分が眠っているのだということを理解した。 







 確か、私が十三、四歳の頃。

 数人の護衛とともに領地の警邏をしていた私の前に突如一人の少年が現れた。



「手合わせを願う」


 

 相手は少しだけ私よりも幼いくらいだろうか。

 隣国の生まれであることを示す黒い髪と瞳を携えた彼は、唐突にそんなことを言い始めた。


(どこから……いや、確か王都に使節団が訪ねてきているという噂があったな)


 長きに渡る同盟国として存在する隣国は、定期的に王都を訪れている。

 今回の顔ぶれがどのような者達だったかを私は知らないが、その中の子どもの一人なのだろうと当たりを付ける。



「どこぞの子息様でしょうか?」



 見慣れないながらもその腰に差した剣と、身に纏った服は一目で高価な物だとわかるものだ。

 もしかしたら、伯爵に過ぎない我が家よりも高貴な生まれかもしれない。

 粗野な言葉遣いと態度、それでもにじみ出る洗練された所作は、少なくとも同等以上の格をもった生まれであることを暗に示していた。

 


「問答は不要。俺は、手合わせに来ただけだ」



 しかし、相手はそれに対してただ剣を構えるのみ。

 そして、さすがに見過ごせないと前に出た護衛達が、とんでもない速さの踏み込みとともに振るわれた剣で倒れ込むのが見えた。



「手合わせを願う」

「……ふっ。いいでしょう」



 再び投げかけられた言葉。いっそ清々しいまでの徹底ぶりに思わず、笑いがこみ上げてきてしまう。

 それに、私も今のものを見せられてじっとしていることなどできない。

 もはや、手合わせできる相手がいなくなってしまった私にとって、それは願ってもない申し出だったのだから。



「いくぞ」

「こい」



 礼儀は不要、ただ剣で語るのみ。

 お互いがそれを理解し、剣戟の応酬が始まる。

 

(真っ直ぐな剣筋だ。これは、騎士の剣だな)


 相手の剣は魔物との戦いを想定した、泥臭いものではない。

 綺麗な――それこそ、宮廷剣術と呼べるような美しい剣筋だった。


(……なら、期待はできんか)


 確かに、強い。しかし、それだけだ。

 見栄えを重視した騎士の剣と、実践的な戦士の剣、相手がどういった手合わせを願っているのかわからないが、本気を出してしまえばあっという間に決着はついてしまうだろう。



「……本気を出せ」

「いいのか?」

「出し惜しみはなしだ」


  

 その迷いが見えたのだろうか。相手は距離を大げさに取ると、唸るようにそう伝えてくる。

 相手が望んでいるのなら、それをするのみ。

 私は、剣を握り直すと相手に一歩踏み込んだ。


(……………………合わせてくるだと?信じられん才能だな)

 

 フェイントを織り交ぜ、時には足まで使っているにもかかわらず、相手の動きはそれに瞬時に対応していく。

 そして、徐々に最適化されていったそれは、やがて私の剣と同等の輝きを持ってそれに応え、ほぼ互角と呼べるようなものにまで昇華されていった。

 


「ははっ。こんな楽しい戦いは久しぶりだ」

「…………くっ、余裕だな」

「ふふっ。さすがに、すぐに追いつかれるようでは困る」



 数十合に及ぶ剣戟の応酬は、もはや剣を交えることすら少なくなってしまった私にとって楽しい時間だった。

 受け流し、交差し、あまりの速度に散っていく火花。

 恐らく、どちらかの武器が粗雑な作りのものであれば、勝負がつく前に砕け散っていただろう。


 しかし、どんなものにも終わりは来る。

 やがて、疲れからか一瞬ブレた相手の剣を弾き飛ばし、そのまま切っ先を突き付けると、玉のような汗をかいた少年が緊張の糸が切れてしまったかのように崩れ落ちるのが見えた。



「……………………届かないか」

「なかなか楽しかったぞ?お前には、才がある」



 経験の差は歴然だ。

 だというのに、余裕などほとんど無く、危うく殺してしまいそうになるほどだった。

 もしかしたら、この子は私を超えるかもしれない。

 そう思う程度にはその剣筋は才能に溢れていた。



「…………気休めは良い」

「ふふっ、そうではないのだが。でも、よい。ほら、行くがいい」



 自分達の周りには、気絶させられた護衛達。

 先ほどからうめき声をあげている彼らが、目を覚ましてしまう前には逃げて貰った方がいいだろう。

 誰かが死んだわけでも無く、大きな傷を負ったわけでも無い、その完璧すぎるほどの手加減に、問題を大きくするつもりは毛頭なかった。



「…………情けをかけたつもりか?」

「そうではない。ただ、この晴れ晴れとした気持ちを、台無しにしたくないだけだ」


 

 普通にいけば、厄介事になるのは想像に難くない。

 幸い、目撃者はごく少数。護衛達に対する口止め込みの手当を払えば、彼らも護衛としてのプライドから大っぴらにそれを語ることはなくなるだろう。



「…………いつの日か、本気のお前に勝ってみせる」

「そうか。なら、待っているとしよう」

「…………ああ、待っていろ。必ずな」

 

 

 擦り切れた私の記憶の中で、ほとんどの者の顔や表情は靄がかかったように思い出せなくなった。

 しかし、去って行く前に交差した視線、その先にある鷹のような鋭い瞳は、今でも何故だか印象に残っていた。 

 








◆◆◆◆◆






 



 目を覚ますと、部屋の中には既に太陽の光が射しこみつつあり、明るくなってきていることがわかった。



「……………………女々しいことだ」


 

 それは、恐らく最も自分が輝いていた頃であり、既に忘れかけつつある幸せな記憶の一つだった。


(過去の残光。もしかしたら私は、惨めにもそれに縋っているのだろうか)


 自嘲とともに、鏡の前に向かう。

 これは、ある意味では儀式だ。

 夢を現実だと勘違いしてしまわないための――自分がどういう存在か思い出すための。


 

 かつて聖女、剣姫などと呼ばれていた頃の自分はもうどこにもいない。

 父譲りの剣の才も、母譲りの優れた容姿も、全て無いのだ。



「…………レイア。もはや、過ぎたる夢は抱くな。ただ、受け入れるほかないのだから」


 

 毎日のように自分に言い聞かせる残酷な言葉。

 投げかけられた先に映っているのは、魔物の呪いによって半身を蝕まれた女だった。

 ところどころを蛇のような外皮に覆われ、さらには特徴的な縦に割れた黒色の瞳。

 利き腕である右手は、日常生活には支障はないものの以前のように振るうことは出来ない。

 

 領民を守るために出陣し、天災とも呼べるような存在の討伐と引き換えにこの呪いを受けた時、最初は皆が必死で動いていた。慰めるような、励ますような声をかけてくれながら。

 しかし、結局どんな治癒師でも直すことができないと匙を投げ、期待が全て消え去った瞬間、私は全てを失った。 


 顔を顰めてしまうほどに舞い込んでいた縁談は、パタリと来なくなり。

 笑顔で囲んでいたはずの領民達は、引き攣った顔で距離を取り。

 もはや、両親にすらも半ば見放される様な形となっている私に残っているものなど何一つない。


 かつては誇りだった剣の腕すらも、今では徴兵された民兵と伍するのが関の山であると自覚している。


 

(所詮、私は英雄を気取っただけの、ただの女だったということだ)



 泣いて、泣いて、泣いて。

 悔しさで叫び回り、そして、声も、涙も枯れ果てた時。

 もう、死のうと思い突き立てた短剣は他ならぬ自分の右手に止められていた。

 

 そして、悟ったのだ。自分の手では死ねない。それも呪いの一つなのだと。



「……………………籠の中の鳥というのも、烏滸がましい表現かな?」


 

 乾いた笑い声が冷たい石の壁に反射されて響くのが聞こえる。

 それが最後に残された情か、それとも貴族としての外聞か、どちらかはわからないが両親は私を殺すことは考えていないようだ。

 しかし、同時に外に出すことも一切考えていないのだろう。

 

 鉄格子の嵌められた窓と、外側に鍵の付いた重厚な扉。

 逃げ出す気力すらない空っぽの自分には立派過ぎるほどの部屋で、私は毎日をただただ浪費し続けていた。 









◆◆◆◆◆







 

 

 

 あれからどれほどの時が経ったのだろうか。

 既に動くのさえ億劫だと思えるような日々の中、微かに鉄の擦れる音がして視線を向ける。

 

 どうやら、その音は、一度も開けられることのなかった鉄の扉の方から響いているようだった。



(…………今さら、外に出すのか?いや、もしかしたら、そろそろ終わりということか?)



 僅かばかりの期待。

 やがて、扉が大きな音を立てながら開かれると、そこには隣国の者と思われる兵士と文官がこちらに笑みを向けて立っていた。



「レイア・フォン・ヴァルキュリア様でお間違いないですかな?」

「………………そうですが。私に何の御用でしょうか?」


 

 投げかけられた問いかけに対し、まるで、会話を思い出すかのようにゆっくりと言葉を返す。

 他人の声を聞いたのはいつぶりだろうか。

 定期的に扉の隙間から放り込まれる食事、その時すらも言葉を交わすことはなく、その記憶は朧気だった。 



「貴方様をお連れしに参りました」

「………………わかりました」


 

 珍しい見世物として売られでもしたのだろうか。

 視線を奥の方に向けると、まるで媚びを売るような表情をした父が、代表者らしきものに頭を下げているのが見える。

 ならば、そこに私の意志など関係はないし、拒否をするつもりもさらさらない。


(どうせ、どこに行っても同じことだ)

 

 死を迎える以外は、同じ。

 全てを失ってしまった私には、こだわるものなど何もない。



「何か、お持ちされるものはありますか?」

「……………………不要です。何も」


 

 一瞬かけられた声、そして、その向けられた視線の先にあるものを見て、私は静かに首を振った。

 そこには、お情けで一緒に放り込まれていた自分の剣が横たわっている。

 錆びつき、もはや抜くことのできない、自分と同じガラクタが。










◆◆◆◆◆









 屋敷を出ると、すぐに風呂に入れられ、見慣れない衣服を着させられる。

 全てがされるがまま、何を聞かれても任せるとしか答えない私に周りは不思議そうな顔をするも、次第に何も聞いてくることはなくなっていた。


(どこへ行くというのだろう)


 見世物小屋にでも連れていかれるのかと思えば、大層立派な馬車に一人で乗せられ運ばれていく。

 状況を鑑みるに、どこぞの貴族に飼われるというのが一番可能性が高いのだろうか。

 

(こんな化け物を欲しがるとは、物好きなものもいることだ)


 腕の先まである袖、そして、付けられた眼帯。

 世話をしていた者達が、自分にもこれがうつってしまうのでは内心怯えていたことには気づいていた。

 もしかしたら、これは私の外見を取り繕うものではなく、彼女たちが少しでも身を守ろうと覆ったものなのかもしれない。


(…………私も、擦れたものだな)

 

 かつては、人の気持ちをもっと素直に受け止めていたはずだ。

 しかし、今はそれはできない。

 それは、体が異形となってしまったからなのか、それとも、私に余裕を持てるような何かがないからなのか。

 恐らく後者だとは思うものの、それに対する明確な答えはでそうになかった。












 そして、半月ほどの旅路を終え、ようやく目的地についたことが知らされる。



「ようこそおいでくださいました。さっ、こちらへ」


 

 目の前にあったのは、故郷のものとは異なり、木を中心に建てられた巨大な建物。

 建物に掲げられた旗を見るに、恐らく、これは隣国の王が住まう場所なのだろう。


 すれ違う者すべてが、足を止め頭を下げてくる。

 その歓待は、かつての記憶の中の自分のようで、なんとなく居心地が悪く感じられた。

 

(…………過ぎ去りし過去、か。)


 呼んでいるという者に会えば求めるものもわかるのだろう。

 もしそれが、終わりを告げるものであればいい。

 些細な期待に、私は久しぶりに人に会いたいと思った。








◆◆◆◆◆








 しばらく歩き庭園に出ると、やがて他の場所とは隔離された、離宮ともいえるような場所が見えてくる。

 恐らく、ここが目的地なのだろう。

 通路の最奥にたどり着くと、先導をしていた者が立ち止まり、丁寧に扉をノックをするのが見えた。 



「例の方をお連れいたしました」

「……入れろ」

「はっ」


 

 男性のものらしい低い声で許可が出ると、先導役から中に入るよう促される。

 そして、他の者を同席させるつもりはなかったのか、そのまま扉は閉められてしまった。



「まぁ、座れ」

「…………はい」 


 

 しかし、それきり男は何も言わず、ただ静かな時間が流れていく。

 その意図は読めない。いや、そもそも顔すらも見せない相手の胸中を察することは私にはできそうになかった。


(仮面をつけているのは、何か意味があるのか?)


 自分も眼帯をつけているままだし、詮索すべきことではない。

 だが、何も言わない相手と、話しかけていいのかわからない自分。

 暇な時間がどうでもいいようなことを私に考えさせていた。



「………………その呪い。恨みは残っているか?」


 

 唐突に切り出された質問に一瞬虚を突かれる。

 しかし、その問いに対しての答えはもう既に出ていた。



「ございません」

「…………お前が守った者達は、恩を仇で返してきたようなものなのだろう?」



 不思議なことに、他人への恨みはあまりなかった。

 ただあるのは後悔と、そして、自分への怒り。



「……あれは、私が自分自身の意志でやったことです。誰に命令されたでもなく、頼まれたでもなく、好き勝手したあげくに受けた報い。他人への諦めはあれど、恨む気持ちはほとんどありません」


 

 孤独の辛さに、女々しくも泣いてしまったことはある。

 手のひらを返すような態度に、恨みを思ったこともある。

 だが、最終的にはそれは全て自分に帰結した。

 かつての私は調子に乗っていたのだと、そう理解できたから。



「…………そうか」

「はい」



 これは、英雄気取りのちっぽけな私が手を伸ばした結果だ。

 愚か者の末路、そう言うのが相応しいと今では思っている。



「…………お前は、相変わらず気高いままであるようだ」

「気高い、ですか?」

「ああ」

「………………お言葉ですが、それは誤りです。何も成さず、何も生まず、毎日死を願うような女が気高いなどと、そんなことは到底ありえません」



 確かに、昔は気高いという表現もありえたのかもしれない。

 しかし、今はそうではない。

 抜け殻のように日々を過ごす私に、そんな言葉が相応しいとはとてもではないが思えなかった。


 まるで血を吐きだすようにして出された言葉、それは曲りなりとも続いていた会話すらも台無しにしまったのだろうか。

 相手は黙り込み、ただただ静寂が部屋を支配する。

















「………………私は思うのだ。お前という剣は、確かに錆びついている」



 それは、優しい声だった。

 威厳に溢れる、それまでの上位者としてのものではない。

 こちらを気遣うかのような、寄り添うかのような、そんな声だった。


 

「………………だが、未だにそれは真っ直ぐ折れずに残っていて」



 立ち上がった相手が手を伸ばし、こちらの眼帯に触れる。

 壊れ物を触るように、大事なものを慈しむように。

 明らかな情というものを滲ませながら。



「………………磨けば、また輝くのだと。たとえそれが、前より細く短くなろうとも、その芯にある輝きは何も変わらないのだと、私はそう信じている」

 

 

 独り言のような言葉。

 でも、それは私の心にじんわりと染み渡るように広がっていく。

 全ての人が諦め、見放した私。それでも信じているといってくれる人がいたことが何よりも嬉しかったから。



「………………何故、貴方様は。それほど優しい言葉を私にかけてくれるのでしょうか?こんな一領主の娘に過ぎない私に、化け物に片足を突っ込んだような私に――そして、初めて会うような私に」


 

 だから、つい聞いてしまった。

 その言葉に嘘はないと、不思議な確信がある。

 しかし、それ故思うのだ。

 この人は、どうしてこんなにも優しくしてくれるのだろうと。

 全てを失ってしまった私が、これほどの地位の方に返せるものなど何もないと、すぐにわかるはずなのに。



「…………すまんな。長子ではない私では、ここまで来るのに多くの時間がかかってしまった」



 そして、彼は自分の仮面を外すと穏やかな微笑みをこちらに向けてくる。

 鷹のような鋭い瞳に、真っ直ぐな親愛の情を乗せながら。



「忘れてしまったかもしれん。しかし、私達が会うのは二度目なのだ。まぁ、一度目は、憧れで会いに行ったのだがな」



 その瞳だけは、ずっと覚えていた。

 ただ前だけを見据える強い瞳。

 自分を見失い、全ての記憶が薄れていく中でも、それだけは何故かはっきりと。

 

 

「………………私に勝つことなど、もう造作もないことなのではないですか?」



 覚えていたことを驚いているのだろうか。

 その表情は少年のような幼さを感じさせ、まるであの頃に戻ったかのようにさえ思える。

 

 しかし、それは現実ではない。

 外に出ず、時間を気にしなくなった私にはどれ程の時が過ぎたかはわからない。

 それでも、見上げるほど大きくなった彼と、それとは対照的に細くなってしまった私。

 もはや、望むような戦いができないことは誰が見ても明らかだった。

 


「……………………そうだ。だが、その記憶は少しだけ違う」



 そっと伸ばされた手に眼帯が外され、その化け物じみた素顔が明らかにされる。

 もう既に誰かに見られることなど気にしないと思っていた。

 

(でも、今は……今だけは、もう少しあの頃のまま。そんな自分でありたい)


 しかし、そんな惨めなプライドを守ろうとする私を、どうやら彼は許してはくれないらしい。

 顎のあたりに添えられた手が、それを拒む。



「私は、本気のお前に勝つと、そう決めたのだ」

「…………それは、叶いません。この呪いを解くことは不可能なのです」


 

 国中のどんな治癒師でも直すことができず、匙を投げた。それが現実だ。 

 その分野では秀でているはずの祖国がそうであるならば、恐らく他の国では難しい。

 ならば、この呪いが解かれる日は――彼の言う本気の私が戻ってくる日は、二度と来ない。



「だが、万が一ということもあるだろう?なら、私はその機会を手放すわけにはいかんな」

「………………どういうことでしょうか?」

「決まっている。私の側にいろ。その約束が果たされるまで、ずっと」

「………………それが、一生果たされぬ約束になったとしてもですか?」

「そうだ。もしそうなるならば、来世にでも期待しておこう」

 


 おどけるように言ったその言葉の意味を理解し、涙が溢れていく。

 本当に回りくどくて、分かりづらくて、どうしようもないほどの言葉だけれど。

 この人は、私を一生離さないと、そう言ってくれている。



「…………とても、迂遠な言い方を、されるのですね」

「ふっ。宮廷育ちの真っ直ぐな私の剣を、泥臭い実戦的なものに変えたのはお前だろう?」

「…………そう、だったかもしれません」

「そうなのだ。私は、実を取る。たとえ、それが他人からどう見えようとな」

「…………酔狂な方だ」

「仕方があるまい?私は価値を見出してしまった。憧れは、初恋に、そして、思慕に。王位さえもその過程としか考えられないほどにな」



 包み込むように抱きしめてくる大きな体。

 唇に感じる暖かな吐息。


 日が暮れ、誰かが呼びに来るまで続いたその抱擁に、久しぶりの安らぎを、私は感じた。

 


















なんだか、誇り高い系の騎士を書きたくなりました。

しかし、久しぶりにちゃんとした短編書こうと思うとなかなか難しいですね。

異常に使った時間に対して完成度は以前のもののほうが高い気がします。


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