89,存在侵略。
ロクウさんに、〈擬態幻魔〉の名前が重なって表示されている。それが明滅しているのは、なぜか。
〈魔物図鑑:視覚版〉のバグでないのならば──いまロクウさんは、ロクウさんであって〈擬態幻魔〉でもあるということか。
哲学的な問答?
というより、ロクウさんの存在が、侵略されているのではないか?
それが〈擬態幻魔〉の固有スキル〈擬態遊戯〉の真髄か。存在そのものの乗っ取りが。
ゆえに姿形だけではなく、記憶や人格もモノにできる。しかもそれは同時に発動できる。つまりロクウさんだけではなく、いまミリカさんの存在も乗っ取ろうとしているのだから。
ふむ。手始めにミリカさんの存在を乗っ取るはずが、その作業途中で、私たちがやって来たわけか。
ミリカさんはただ、王に呼び出されて、自領から来ていたのだろう。
うーむ。ミリカさんには、王が〈擬態幻魔〉であることを黙っていたが。それが裏目に出たというわけか(まさか〈擬態幻魔〉がミリカさんを駒にしようとは思わず……いえ私の失態です。言い訳はすまい、迂闊でございました)。
「先生?」
ロクウさん(まだロクウさんなのかは微妙)が、不可解そうに首をひねる。
私は一歩、ロクウさんから離れた。そして脳内で、ジェシカさんへの感謝の嵐。
ジェシカさんには、ちょっと騙されたりもしたけど、やっぱり色々と世話になっているのだなぁ。この目玉に入っている、希少アイテム〈魔物図鑑:視覚版〉もそうだ。
これがなかったら、詰んでいた。
〈擬態幻魔〉が同時に複数の標的に擬態できる、すなわち『存在を侵略できる』とは、考えもしなかっただろう。
あぁ、ジェシカさん。まだ何とか戦えているのは、ひとえに〈魔物図鑑:視覚版〉のおかげです。
視線を転ずると、『存在侵略』を受けているミリカさんと、ベロニカさんがバトル中。禁書室内をメチャクチャにしながら、
「ベロニカ! いい加減にしろ!」
「うるさい偽物が!」
しかしベロニカさんの動きが鈍い。戦闘力でいえば、いまやベロニカさんが圧倒的に上。それなのに互角の戦いとなっているのは、やはりベロニカさんにも迷いがあるからだろう。
このミリカさんは、本当に偽物なのかと。
厳密には偽物ではないのだが、いまは止めている場合ではない。『存在侵略』のカラクリは分かったが、さて、どう対処したものか。
さらに視線を転ずると、壁にかかった鏡が目に入った。
鏡にうつる私が。
その私には、〈擬態幻魔〉の名前が重なって、明滅している。私の存在も侵略を受けている!
とすると、いまの私は、『本当の私の思考』なのかな? なんという、ややこしい話。哲学的問答だい。
サンディさんが、混乱した様子で私を見ている。
「アリアちゃん、敵はどこにいるの?」
私はサンディさんに微笑みかけた。
「物事は試してみてこそ、です」
魔改造鍬〈スーパーコンボ〉を持ち上げる。
法則1,自傷行為に【防御領域】の防御力は発動しない。
そこで〈スーパーコンボ〉を思い切り、自らの首へと叩き込む。
首、切断。
「きゃぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
と叫ぶサンディさん。
気づくと、私はどこかの床下にいた。
右手を伸ばして、突き破る。そして床穴から外へと這い出した。
そこは禁書室だ。
見ると、サンディさんの近くに転がる私の死体──ではなく、『存在侵略』されていた私の抜け殻が、首無しとなって転がっている。
それが姿を変えていき、〈擬態幻魔〉となった。
ほう。これが〈擬態幻魔〉本体か。実に貧相な身体をした、小人のような姿。
にしても、これはどういうことか?
おそらく『存在侵略』を受けたとき、その人物は再構築されるのだ。本体は、別のどこかに据え置かれる。
私は再構築されたほうで自害したので、本体に意識が戻った。
──と解釈してみたが。まぁ正直、私もよく分かっていない。なんで自分で自分の首をチョンパしたのかも、突き詰めれば『なんとなーく』だったし。
〈擬態幻魔〉が私のもとに歩いてきた。その目は憎々しげだ。
「自分で自分の首を刎ねるだと? オイラには理解できない、お前、どういう思考回路をしているんだ? この下等な人間のくせして!」
おやおや。結果的に私に出し抜かれたことで、お冠のようだ。しいていうなら、これが〈攻略不可能体〉の弱点かな。常に人間に対して優位にいるという、謎の安心感。それがぐらつくと、わりと脆そう。
「とっとと死ね!」
〈擬態幻魔〉が飛び掛かってくる。うげっ、速すぎ。
こっちは何とか《鎧装甲:地獄》を発動して、〈擬態幻魔〉のただの突きを受ける。ただの突きのくせして、凄まじい破壊力。そして連続して突きが繰り出される。
防御しきれないので、奥の手。取れる手段は、すべて取る。
「私が死んだら、〈倦怠艶女〉さんが激怒しますよー!」
〈擬態幻魔〉の動きが一瞬だけ鈍った。だが、すぐに強烈な攻撃スキルへと移行。
「いまさら知ったことか! 《螺旋突き》!!」
その突きスキルは、私の《鎧装甲:地獄》を容易く貫いた。
私の腹部だ。〈擬態幻魔〉の右腕が貫いて、背中側から突き出る。
〈擬態幻魔〉は勝利を確信した笑みを浮かべる。
私は、私で大いに確信した。
ああ、実に人間らしいではないか、〈擬態幻魔〉さん。
〈攻略不可能体〉は、特別だから、自我を与えられたという。
自我とは、すなわち人間的感情である。いうなれば、〈攻略不可能体〉にもちゃーんと、弱点を与えられていたのだ。
人間的すぎるという弱みが。
私は、〈擬態幻魔〉の右手をつかんだ。
「つかまえましたよ、〈擬態幻魔〉さん」
〈擬態幻魔〉が、私を見た。そして笑みが凍り付ける。
「お前は、なんなんだ? どうして、そんな目で笑っていられる?」
「はい?」
「その目のぎらつき、オイラは知っているぞ。自我をもつ魔物はそれにはならない。人間だけが、それになるんだ。お前の眼は、異常者の眼だ!」
こら、誰が異常者だい。
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