72,呪い型。
ふいに、視界に数字が表れた。
201と。
その数字が減っていく。200、199、198と。
カウントダウンのようではありませんか。試しに、これが0になったらどうなるのか想像してみる。やっぱり爆発かな?
しかし、まだ3分強もあるので、ひとまず意識をイズラ卿へと向ける。年齢は40代、男に興味はない私だけれど、この人は俗にいうところの『ダンディ』にあてはまるのでは。少なくとも、見た目は。やっていたことは、変態鬼畜だけれども。
この世から35人もの処女を奪うとは、許しがたい罪だよね。
だが私もひとの子。処女さんの全てが美しい、とは言わないのだ。期待もしていない。
美醜問題というものは、遠い昔、この惑星が誕生したときからあるのである。
私が百合だからといって、女ならば誰でもいい、と思ってもらっては困るのである。同性だからこそ、私の美的ハードルは高くなる。
私がそんなことを考えていたら、ベルトさんが勘違いした。
「アリア。その難しい表情からして、イズラ卿を見ただけで、何か重要な情報を感じ取ったのだな?」
「え?」
そういえばイズラ卿のことは、すっかり何も考えていなかった。意識を戻すと、視界のカウントダウンが100を切っている。
これ、私の『死』へのカウントダウンだったりして。
そのとき、ゾッとした。
ここで死んだら、私は男ばかりに囲まれて息絶えることになる。女の子が、ここには一人もいないっっっっ!! ミリカさん、ベロニカさん、助けてーーーっっっ!!!
という内心の動揺は抑えて、イズラ卿へと問いかけた。
「のっぺらぼうが、いますね?」
てっきりイズラ卿は、のっぺらぼうが見えているものと思った。〈死霊魔術師〉のイズラ卿が、己のスキルで作りだしたものだとばかり。ところがイズラ卿は、傲慢そうに笑い出す。
「意味のわからぬことを言って、我を混乱させようということだな? なんという浅はかな尋問トリックだ。ふん。あの下賤な王め、もっとマシな尋問官を連れてこい」
うーむ。とぼける熱演をしているわけではなく、本当に見えていないようだ。すると、どういうことだろう? のっぺらぼうを見えているのは私だけで、イズラ卿はなんかムカつく。
ところで炭酸飲料は、どーこ?
私の視界の数字が、ついに30を切った。
私は息をのんだ。これで私が死んだとしたら、とんでもなく強力な攻撃スキルだ。いや、攻撃系統のスキルで、そんな芸当ができる?
どちらかというと、デバフスキル? だけどデバフって、ようは『嫌がらせ』だよね。殺したら、もう嫌がらせの範囲を超えているぞい。
いよいよ10を切る。9、8、7、6、5、4、3、2、1。
死んだ。
イズラ卿が。
愉快そうに笑っていたと思ったら、いきなり尋問机に突っ伏して。
看守が慌てて、イズラ卿を起き上がらせる。だがそのときには、もう息絶えていた。イズラ卿が急死したのは、私の視界の数字が0になったのと同時。
では、あのカウントダウンは、イズラ卿の死だったのかぁ。
騒然とした地下監獄から出る。ベルトさんもすっかり驚き、私が言うまで王に報告しに行くのも忘れていたほどだ。
ベルトさんを待つ間、私はいまさらながらイズラ卿の資料を呼んだ。
イズラ卿の生まれとか、教育環境とか、そんなものは興味はない。ただ『死から蘇った』経緯は興味深い。
処女連続惨殺で有罪となったイズラ卿は、アーテル国に代々伝わる貴族への処刑法を行われた。槍で頭からお尻まで串刺しの刑。わぁ、グロいなぁ。
こうしてイズラ卿は、死んだ。
死んだはずだったが、3日後に墓地から這い出し、燕尾服を着て王宮に戻ってきたとか。
私はてっきり、そのあとも王はイズラ卿を『殺した』のだとばかり思っていた。ところがイズラ卿が復活してきてからは、ずっと地下監獄に入れているだけとか。
というのもアーテル国には、『一度処刑した者は二度と処刑してはいけない』という法律があるため。うーん。そういう法律があるのは結構だけど、王様なんだから無視して、イズラ卿をさまざまな方法で殺してみたら良かったのに。
まぁ、今回こそ死んだようだけど。
ベルトさんが戻ってきて、私はお役御免となった。口外無用の件を念押しされてから、ミリカさんと合流。ミリカさんも空気を読んで、とくに聞いてはこなかった。
王宮の馬車で、カブギルド本拠地まで送ってもらう。
疲れた。
サラさんが案内してくれた居室で、私は一人となった。
いやぁ、厳密には一人ではないんだよねぇ。
だって、のっぺらぼうがいるし。私の目の前に。
ここまで来るとき、誰も何も言わなかった。スキルツリー覚醒者のミリカさんでさえ、この〈のっぺらぼう〉は見えていないのだ。
私は魔改造鍬〈スーパーコンボ〉を手に持ち、〈のっぺらぼう〉に叩き込んでみた。意外や意外。感触がある。幻覚ではないと。しかし、ダメージを与えた様子はない。
「呪い、の類かな」
呪術スキル、と解釈するのが妥当だろう。
ならば、発動者がいる。イズラ卿を殺したのも、この〈のっぺらぼう〉スキルなのだろう。つまり、私はいま、何者かに攻撃されている。
ところで──なぜイズラ卿は死んだのか? 私の視界でカウントダウンが始まったから。ではカウントダウンは、どのタイミングで始まった?
私が〈のっぺらぼう〉を見た瞬間から──それが、死の発動条件か。
つまり──誰かがこの〈のっぺらぼう〉を見たとき、私も死ぬわけだ。
「おや、おや」
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