52,無自覚。
「いまさらながら疑問に思いましたが。まぁ、これまでは興味ゼロだったので、致し方なきでもありますがね。ロクウさん。あなた、【覇王魔窟】は何階まで攻略したんですか?」
「最高記録は88階です先生」
「なるほど、88階ですか。えーと、なかなかの記録じゃありませんか。しかしなぜ88階で引き返すことに?」
「実は、パーティ仲間の一人が致命傷を負ってしまったため、拙者たちは勇気ある撤退をすることにしたのです」
「はぁぁぁ?」
私の『はぁぁぁ』が余程だったようで、ロクウさんは恐縮した様子で、その場で正座した。私はあえてそのままにしておく。
「ロクウさん。まさか、フルパーティで臨んだんですか? すなわち5人で?」
「もちろん、パーティで臨んだのですが──先生、何か拙者は過ちを?」
まさかこんな基本から教えることになろうとは。確かにロクウさんには、導く師匠が必要なのかもしれない。
「はい、とんでもない過ちです。パーティで挑むから、たかが88階どまりなのです。いいですか、ロクウさん。結局のところ、最後に頼れるのは自分だけ。パーティ構成で、やれアタッカーだ、やれディフェンダーだ、やれサポーターだなどと、役割分担が流行りのようですが。私に言わせれば、愚の骨頂です。ぜんぶ自分でやりやがれ、です」
「し、しかし先生! 誰しも得手不得手があります! 拙者は攻撃にこそ特化していますが、防御面には不安がある。しかし仲間のディフェンダーが防御してくれることで、拙者はのびのびと攻撃に集中することができるのでは?」
「得手不得手ですか? まったく、何を言っているんですかロクウさん。よく『得意を伸ばすか、苦手を克服するか』論争とかありますが。少なくとも【覇王魔窟】攻略に限っていうならば、得意を伸ばし同時に苦手を克服するが当然至極。
ロクウさんは攻撃力を高めつつ、己の防御の脆弱問題にも真っ向から立ち向かい、乗り越えていかねばならない。それなのに仲間のディフェンダーに頼ろうという、その甘ったれた根性が、88階どまりの情けない現状を産んでいるのです。
ロクウさん。自力で、すなわちソロプレイで【覇王魔窟】100階まで上がるのです。そして攻略記録ポイントを獲得したならば、また私のもとに戻ってきなさい。それができるまでは、あなたにはもう私を『先生』と呼ぶ権利はありませんよっっっ!!」
「先生っっ!! 承知しましたっっ!! このロクウ、ソロプレイによる100階攻略、この命にかえても必ずや成し遂げてみせますっっ!!」
「はい、どうもです」
そして駆けていったロクウさん。
ロクウさんに良い教えを授けることもできた。私は私で、魔改造鍬〈スーパーコンボ〉を強化するため、さっそく地下迷宮〈死の楽園〉探索に行こう──と思ったけど、そういえば、今はハーバン伯爵家の住み込み用心棒だった。
「うーーーん、行きたいなぁ。地下迷宮〈死の楽園〉で強化素材集めをしたいなぁぁぁぁ」
そこで私は邸宅内に戻り、ミリカさんに相談することにした。ところでミリカさんとベロニカさんは、指相撲で熾烈きわまりない戦いをしていた。
「何をしているんですか?」
「勝ったほうがアリアさんを嫁にできるのだ」
と熾烈な戦いのなかミリカさん。
「アリアは、あたしの嫁になるのっっ!」
と熾烈な戦いのなかベロニカさん。
私はといえば、
「………………………まぁいいや。ミリカさん、指相撲しながらでいいので教えてください。ハーバン伯爵家が弱体化している今、どこの貴族家が襲撃するかもなのですか?」
「え? ああ、基本的にそれは領地を接している領主のことだ。エルベン侯爵の他には、ドモ侯爵と、リトド伯爵だね」
「なるほど。ありがとうです」
その後、知り合いの騎士さんに道案内を頼んだ。馬に乗り、まずはドモ侯爵邸に向かう。騎士さんは無断でドモ侯爵の領地に入ったというのでビクビクしていたが、ちゃんと連れて行ってくれた。
「ちょっと、まっていてください」
〈スーパーコンボ〉にまたがり《操縦》で飛翔。ドモ侯爵邸に3階から入り、「こんにちは! こんにちは!」と声をかけたところ、守備隊が駆けつけてきた。
守備隊さんたちが「なにやつ! くせ者か!」と攻撃してきた。とはいえ向こうは仕事をしているだけなので、反撃する気はなかった。
それに(防御Lv.6)の身なので、通常攻撃は痛くもかゆくもない。そこで守備隊さんたちからの攻撃は無視して、廊下を進んでいく。
「な、なぜ攻撃がきかないんだぁぁぁ!」「コイツはなんなんだぁぁぁぁ!」「必殺の一撃でもビクともしないなんてぇぇぇ!!」「人間じゃないぞぉぉぉ!」「誰かぁぁ止めてくれぇぇぇ!!」と、まわりが煩いけど。
ようやく、顔面蒼白のドモ侯爵を見つける。
「ハーバン伯爵家の使いで来ました、アリアです。
先日の一件でハーバン伯爵家の軍は弱っているわけですが、ハーバン伯爵サイドでは、この機会にドモ侯爵が襲撃してくるのではないか、と心配しているわけです。ですから、私はそんなことはないと、ドモ侯爵が平和を愛していることを確認しにきたわけです。ところで──お子さんですか? 可愛いですねぇ」
ドモ侯爵の幼い娘さんが可愛かったので、私は椅子に座ってから、自分の膝の上にのせた。幼女もいい。幼女もいい。幼女もいいものだ。
「幼女もいいものだ」
と、つい口に出してしまった。
とたんドモ侯爵が顔面蒼白の度合いを増して、「ひぃぃぃ!」と叫んでから、なぜか土下座してきた。
「お、おおおおお、お願いしますぅぅぅ! どうか娘だけは助けてくださいぃぃぃ!! 必要なら、ハーバン伯爵家に、以前から揉めている水源地の土地を差し上げますからぁぁぁぁ!!!」
「え? いえ、私はそういうことをして欲しくて来たわけじゃないんです。ただドモ侯爵が平和な人だという確信を得るために来ただけで。それにしても」
膝の上の幼女さんから、ミルクの香りがする。ついくんくんと嗅いでしまった。
「幼女の匂いもいいですねぇ」
「おお、おおお、お待ちくださいぃぃぃ!! いま、あの水源地にはもう兵を送らないという書類にサイン致しますからぁぁぁ!! どうか、お許しをぉぉぉぉ!!」
「え? ですから、私はただ幼女さんを愛でているだけで、傷つける気などあるはずがなく──ちょっと聞いてます? ねぇ、ドモ侯爵? 私はただ平和の使者として」
「死者ぁぁぁぁ!?!?」
「え? そのシシャじゃなくて。ちょっと──」
結局、小難しい土地関連の書類を渡されるハメになった。こんなものを得るために来たのではないのだが。まぁ、せっかくなので、あとでミリカさんに渡しておこう。
「さて、次はリトド伯爵ですね。はたしてリトド伯爵にも、可愛い幼女がいるのかどうか」
結論からいうと、幼女ではなく、息子さんがいた。
私が落胆のあまり舌打ちしてしまうと、リトド伯爵がなぜか土下座して、「息子のお命だけはぁぁぁぁぁ!!」と叫んできたが。
ちょっと、私の心は傷ついた。
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