20,「あともう一階だけ」。
私が6歳のとき、叔父さんが死んじゃった。
死因は、お酒の飲みすぎ! アルコール中毒だったのだ。お酒がなくては生きられない生活をしていた。
あのころ、私は理解できなかった。中毒するという状態が。自分の寿命を縮めるだけの、なんて、なんて有害なことなのだろうと。
しかし──今なら、分かる。
中毒状態の、この死ぬほど夢中になっているときの、逆にいまやめたら死ぬからね私、という感覚が。
私にとって、中毒対象はこの【覇王魔窟】です。
やめどきが分からなくなった。というか、やめたら死ぬよ私。
57階の魔物に、魔改造鍬〈スーパーコンボ〉を何度も、何度も叩き込んでいると、魔素となって消えてしまった。
「あれぇぇ、もう逝っちゃったんですかぁ? もっと遊んでくれればいいのに。さぁ、次に行きましょう。次は、はは……58階……ここは58階に来ましたよ~」
頭がくらくらする。最後に、まともな食事をしたのはいつだろう。それより水分補給は? 50階の魔物が、やたらと血を流していたので、なんかニンジンジュースみたいでゴクゴク飲んだけど。色合いはニンジンジュースでも、あれは不味かったなぁ。だいたい魔物の血液って水分補給になるのかな?
58階には、岩根のように頑丈そうな巨躯を誇る魔物。〈魔物図鑑:視覚版〉によると名は、〈巨人鬼〉。武器は、巨大なるハンマー。これは正面から激しい戦いとなりそうだ、ね?
ふと視線をさげると、〈巨人鬼〉の足元にもう一体いた。こちらはとても小さくて、見た目も老人、それも200歳くらいの。しわくちゃの顔の中、なかなか意地悪そうな目が光っている。こちらの名は、〈歪爺〉というようだ。
新しい魔物が、二体同時出現? これまでは魔物が複数同時に出現することはあっても、それより前のどこかの階で、一体ずつ出現してからだったが。
新たなパターン。
あぁ、これは脳に甘美な刺激だよねぇ。あれー、ところで私の右腕が、くるくる回っているよ?
見ると、〈歪爺〉が小枝のような杖を回していた。私の右腕と連動している。
さては、これは〈歪爺〉の固有スキルか。
そして、私の右腕がくるくる、回っちゃいけないところ、関節ではないところもくるくる回り出した、だから骨がみしみし砕けていく、だって回っちゃいけないところがくるくる回り出すのだから、砕けて、砕けていくぅぅぅぅぅぅぅぅ!!
「ぎゃぁぁぁぁあああ!!!」
痛みのあまりひっくり返ると、そこを〈巨人鬼〉の巨大ハンマーの一撃をくらう。解放済みパネルの『使用者の防御力UP(防御Lv.3)』──の防御力をもってしても、大ダメージ。
視界が真っ赤に染まる。
そしてこんどは、私の左足がくるくる回り出した。関節ではないところが、骨と筋肉が撹拌し、グチャグチャになりながら、回る回る。グチャグチャに回る!
「いゃぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあああ!! あぁぁぁあこの感じ、なんかぁぁぁぁ懐かしい気持ちがしますねぇぇぇぇぇ!! そうですっっっ、ココから始まったんですよぉぉぉ!! 私は、こういうところから始まったんですってぇぇぇぇ!! こういうどん底の、痛みだらけのところからぁぁぁぁぁああ!!!すっっっっっがりぁぁぁ初心を忘れていましたぁぁぁぁぁぁ!! ありがとうですっ、ありがとう、ですっっっ!!」
『射程』領域の解放済みスキルパネル《操縦》で、〈スーパーコンボ〉を空中へと飛ばし、動かす。そして、〈巨人鬼〉の後頭部に激突させた。
〈巨人鬼〉が体勢を崩し、その足元にいた〈歪爺〉が慌てて逃げる。
この隙に、私は57階への階段を転がり落ちる。
這って帰ろう。這って、帰るのだ……あは、あははははははははははははははは。
────
深い闇から、一気に光のもとへ引き上げられた。
パッと目が醒める。
うーん。長いあいだ眠っていたようだ。伸びをしようとしたが、右腕と左足がぴくりとも動かない。見やると、私の右腕と左足が固定されている。
そうだった。〈歪爺〉の固定スキルで、右腕と左足の骨を粉砕されたんだった。粉々になったのに、ちゃんと元に戻るかなぁ?
ベッドのそばでは、椅子に座ったジェシカさんが、呆れた様子で見ていた。どうやらジェシカさんが、病院まで運んでくれたようだ。
「キミさぁ、一度【覇王魔窟】に入ってから、8日間も帰ってこなかったんだよ。で、戻ってきたと思ったら、今にも死にそうになって這ってきた」
「えへへ。58階まで一気に行っちゃいました」
「地道プレイがキミの信条じゃなかったっけ?」
「そのはずなんですけど。なんというか、一度ハマると抜け出せなくなって。いえ私も、もう帰ろうと思ったんですよ。今回の攻略はここまでにしようって。どうせ、まだまだ1000階どころか100階にさえ臨めない。そんな実力はない。だから引き返すなら今だって──ところが、すぐにこう思うんですよ。あともう一階だけ、あともう一階だけ」
「わぁ。完全に中毒症じゃん」
「ライオネルさんは、中毒になった者だけが、真の〈挑戦者〉と言っていました」
「まぁ、言いたいことは分かるけど、限度ってものがあるでしょ。キミは地道プレイが好きなんだから、そこはプレイスタイルを変えちゃダメ──
まぁ初っ端、何の準備もなく、ボロの鍬片手に【覇王魔窟】へ挑んだことを思うと。案外、そっちが本当のキミなのかもだけど。無茶するのが、さ」
「地道プレイと無茶プレイですか。人間とは複雑なものですよ、ジェシカさん」
まだ寝足りない。
あぁ、早く完治させて、一日でも早くまた【覇王魔窟】に挑みたいなぁ。
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