2,エルフさん。
あれは、幼いころの記憶。
まだセシリアちゃんが、〈開華のタネ〉を食べてスキルツリーが覚醒する前のこと。
私とセシリアちゃんは、神殿跡で結婚式を開いたのだった。はじめは遊びだったけど、私はそのとき初めて自分の気持ちに気づいた──私が恋していることに。
───
目を開けると、ニヤニヤ笑っているエルフさんの顔がアップ。わぁ、このエルフさん、可愛いっっっ! というか、さっきのエルフさん? あれ、私まだ死んでない?
「お目覚めかなぁ?」とエルフさん。
驚いて立ち上がる。あれ? 立ちあがれた。見ると、私は琥珀色に輝く液体に、裸で浸かっていた。そして五体が満足だ。切断されたり溶かされたりで破壊されていた手足が元に戻っている。
「私、まだ生きているんですね。カブを収穫できるんですね」
ふいに視線を上げると、顔の半分が破壊された女子がいた。とにかく顔半分がグチャグチャなのだ。
「きゃぁぁあああ!! 化け物っっっ!! じゃなくて、これは顔の半分が溶けたせいでグチャグチャになった私の顔が、鏡にうつっているだけですか。なーんだ、安心──じゃないですよ! 安心できないですよ、こんな顔じゃぁぁぁ!」
お腹をかかえて笑い転げているエルフさん。これ、睨んでもいいよね?
私が睨んでいると、エルフさんは笑いすぎの涙をぬぐった。
「ごめん、ごめん。あんまりに反応が笑えたものだから。あぁ、笑い殺す気~?」
「……あの、顔の傷も治してもらえませんか? 凄く顔の半分が気の毒なことになっているんですけど」
「あ、それ無理。〖女神の泉〗がキミに使える分の資源は、ぜんぶ使いきったから」
「〖女神の泉〗?」
「そ、エルフ族が代々守ってきた治癒の泉の正式名称。ただし、それぞれの人を治癒できる分の資源は決まっていてさ。キミの場合、破壊された手足を再生したら、もう資源を使いきっちゃった。だから毒液で溶かされた顔の半分は、そのまま。でもさ、溶けた側の右眼の視力は戻っているでしょ? つまり機能的には問題なし」
「……機能的には問題なくても、美的に、というか見た目的に問題ありありなんですけど」
「うんうん、そう言うと思って、キミにこれをプレゼントしてあげるよ!」
と言って、エルフさんが、テンション高く差し出してきたのは、右側だけの仮面だった。しかも、もとは通常の仮面を、不器用な手つきで半分だけ破壊しました、という感じの。
とりあえず、この右側だけ仮面をかぶれば、溶けてグチャグチャの顔半分は隠せるけれども。
「こんな顔じゃ、セシリアちゃんに会えないよ………」
「乙女心というやつ? あのさ、人間さん。えーと、名前は?」
「アリアです。あ、まだ助けていただいたお礼を言ってなかったですね。ありがとうございました。おかげで、またカブを収穫できます」
「ボクの名前は、ジェシカ。可愛い少女の見た目だけど、これでもう568歳。キミの人生の大先輩だからね。敬意を払いたまえ。といっても、エルフの中じゃ、ボクもまだまだガキなんだけどさぁ」
「エルフさんって、絶滅したのかと思っていました」
「うん。まぁ、その話はおいおい。ところで、ボクがキミを助けてあげたのは、ただの親切心じゃないんだなぁ。利害の一致があったのさ」
「利害の一致、ですか」
「そ。キミさ、なんでか知らないけど、ダンジョン塔【覇王魔窟】の最上階に行きたいみたいじゃん。ボクたちエルフ族も『とある理由』から、【覇王魔窟】の最上階に行かなきゃならないわけ。ところがこれまた『とある理由』で、ボクたちは【覇王魔窟】に入れない。というか、あのダンジョン塔は人間さん限定だからねぇ。
だからボクはずっと、支援できる【覇王魔窟】挑戦者を探していた。個人のチャレンジャーをさ。つまりさ、組織的に挑もうとする奴らは、多いわけ。バックに国家とかギルドとかがいる奴らは。
だけど、そういう組織の息がかかっている挑戦者に、用はない。ところが今時、死亡率100%ともいわれる【覇王魔窟】に挑もうという、『単独の人間』なんて滅多に出てこない。そーいう大バカ者は。ボクも久しぶりに見た。キミだよ、キミ。アリア」
「はぁ」
「だからボクは、キミを助けてあげたのだ。わざわざ〖女神の泉〗のある祠まで連れてきてね。あ、ついでに言っておくけど、この祠はエルフの極秘情報だから。本来なら、人間が知ったら、速攻で口封じに殺されるから」
「えぇっ! 私、エルフさんたちに命を狙われるんですか?」
ジェシカさんが、また楽しそうに笑い転がりだした。この人の性格、だいたい分かってきたかも。
「大丈夫、大丈夫。キミは、ボクが支援する〈挑戦者〉だからね。ま、祠のことを口外しなきゃ問題なし。キミ、ぺらぺらお喋りする性格じゃないでしょ?」
「はぁ。あの、秘密ということでしたら、絶対に話したりしません。たとえ相手がセシリアちゃんでも。ところで〈挑戦者〉とはなんですか?」
「ああ。ダンジョン塔に挑む死にたがりの呼称。冒険者とか勇者みたいな感じの。というか知らないの? これを名付けたのは、人間さんたちだよ? 便宜上、ボクたちも使っているだけ。あ、そうそう。これを返しておこう」
そう言ってジェシカさんが取り出してきたのは──なんと、【覇王魔窟】に置いてきてしまったはずの、曾祖父から受け継がれてきた鍬だった。
「私の鍬ですね! もしかしてジェシカさんが【覇王魔窟】から取ってきてくれたんですか? あれ? でもエルフさんたちは【覇王魔窟】には入れないはずじゃ」
「そーだよ。だからボクたちが取りにいったんじゃなくて、鍬が自力で出てきた」
「え? 鍬が? だけど、これ、ただの鍬ですよ?」
「この鍬、ただの鍬じゃないねぇ。元はただの鍬だったんだろうけど、あまりに長い年月、使いこまれてきたものだから、ついに魔素を取り込み始めたんだよ。ただし、まだまだ武装Lv.は1でしかないから、これという強化もスキルも発現していないようだけど。だけど、農具が魔素を取り込むなんて、前代未聞。これは見込みがあるかもよ」
うーむ。私の鍬が褒められているようなので、それは素直に嬉しいけれど。
「あの、武装Lv.って、魔素って、なんのことですか?」
するとジェシカさん、あからさまな溜息。
「キミは、何も知らないんだなぁ。仕方ない。キミの後援者として、基本だけ教えてあげよう。そこからどう成長していくは、キミ次第だ──というかさ、まだ確認していなかったけど」
「はい?」
「キミ、半殺しの目にあった上に、顔の半分がグチャったけど、まだ心は折れてないよね? たかが1階でボコボコにされたくせに、【覇王魔窟】の最上階1000階を、目指すんだよねぇ? キミを切断しまくった蠍型魔物の、100万倍は強い魔物が、上層階では跋扈しているんだけど。それでもキミは、目指すんだよねぇ?」
私はついクスっと笑ってしまった。
「やだなぁ、当たり前じゃないですか。『結婚できないバグ』を直すまでは、私は生首だけになっても行きますよっっっ!」
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