17,攻略の中毒者。
【覇王魔窟】8階に上がる。
治療期間+500日前に、私の右足が食いちぎられた階だ。ちなみに右足の傷は、まだ残っています。こういう名誉の負傷痕は、残り続けるのだなぁ。
さて。5体の〈影鰐〉が、影の中に潜んでいる。ルドル卿は、謎の自信満々の様子で、《炎刃》を振り回しながら歩いていく。
「はっはっはっ! 〈影鰐〉など、すでに私が殺しているぞ!」
6階の〈影鰐〉は、ライオネルさんが半死まで追い込んだところで、ルドル卿がトドメだけさしたのだけどね。
ライオネルさんが、ちょっとウンザリした様子で言った。
「ルドル卿。あんまり動かないでくださいよ。化け物ワニが5体も、影に潜んでいるんですからね」
「ふん。あんな鰐など、私の敵では──」
ふいに3体の〈影鰐〉が、別々の影の中から飛び出し、ボンさんに襲いかかった。
あっという間に、ボンさんは引きちぎられ、憐れ、喰われながら影の中に引きずり込まれた。
ふむ。〈影鰐〉に喰いつかれていると、人間も影の中に入ってしまうのか。となると、もう生還は無理だね。
案の定、ぷかりと影から浮いてきたのは、ボンさんの残骸でした。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!」
ルドル卿、いきなり顔面蒼白になって震え出す。この人、面白い人?
「ラ、ライオネルぅぅぅぅ!! なんとかしろぉぉぉ!!」
〈影鰐〉の一体が飛び出し、ルドル卿の右手に食らいつく。あっ、ルドル卿が引きずり込まれる──
瞬間、ライオネルさんのカトラス〈バラクーダ〉が一閃。ルドル卿の右手を、肩のところで切断した。これで影の中に引きずり込まれることはなくなったけど。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!! ライオネルぅぅぅ!! 私の右腕がぁぁぁぁ!!」
ライオネルさんは舌打ちして、ルドル卿を抱え上げた。
「俺たちは、これで退散する。やはりこの坊ちゃんじゃあ、8階はきつかったな。いや、俺が迂闊だったよ」
私は、隣で震えているエミリーちゃんを見やった。
ところでエミリーちゃんは、あんまり会話したくないようだったが、断片的な情報からこういうことらしい。ルドル卿の領民で、お父さんが借金したので、『ルドル卿のため働いたら借金チャラ』という契約のもと、送り出されたらしい。とりあえず、14階の生贄要員なので、まぁ生きては帰れない契約だったけど。
「エミリーちゃん。どうやら、ここでお別れみたいですね。また、縁があったら会いましょう」
「え、あの、どういう──」
私は〈緊急脱出トンカチ〉でエミリーちゃんの頭を叩いた。【覇王魔窟】の外へ空間転移される。
これで、今回の攻略中は、〈緊急脱出トンカチ〉が使えなくなってしまった。ここから先は、私にとっては未踏階なのに。
だけど私には、どうやら地道にコツコツやりたいときと、スリルを求めて勢いだけで進みたいときがあるみたい。今の気分は、後者です。
「ライオネルさん。私は先へ進みますね」
「そうか。なら急いで14階の魔物について話しておこう。あいつは、おそらく初見殺しの部類に入るだろう」
「いえ、結構です」
ライオネルさんが驚いた様子で、
「なぜだ?」
「知ってしまうと、自分で探る楽しみがなくなりますから」
するとライオネルさんは、足元では〈影鰐〉が5体も泳ぎ回っているし、ルドル卿は絶賛出血中なのに、大笑いしだした。
「なるほどな。あんたは、〈挑戦者〉の素質があるようだ」
「素質、ですか? あ、分かりました。それは、どうしても叶いたい夢がある、ということですね。私は、どうしても『結婚できないバグ』を──」
「いや違うね。そういう奴は、たくさん見てきた。でっかい夢を抱えて、【覇王魔窟】に挑む奴らを。だが、そいつらは長続きしない。すぐに死ぬか、諦めるかだ。なぜかって? そりゃあ過程を愉しめないからだ。
考えてみな。1000階ものぼるんだぞ。のぼっている時のほうが多いんだ。というより、それで一生が終わるのが普通なんだ。だから、のぼっていくときを愉しめる者だけが続けられる。あんたは、その中でもぴか一だ。あんたはすでに、立派な【覇王魔窟】攻略の中毒者だよ」
「えー、中毒者ですかぁ? そんなことはないですよ。そりゃぁ、私の人生はすっかり【覇王魔窟】攻略に捧げちゃっていますけど。楽しすぎて、死なない限りはやめる気ないですけど。……うん?」
「やはり、これだけは言わせてくれ。14階の魔物は、理論上ソロプレイヤーでは攻略できない。あとは、まぁあんたなら、攻略できるだろう」
去ろうとするライオネルさんに、私は質問してみることにした。
「ライオネルさんならご存じかもですが。魔物の中には、人間と会話できるタイプもいるんですか? 自我を持つ魔物、という感じです」
私は〈寄生操魔〉のことを考えていた。
ライオネルさんは一考してから、
「俺は長らく【覇王魔窟】にのぼっているが、そんなのにはお目にかかったことがないな。だが──これは古参の〈挑戦者〉内で語られる都市伝説のようなもんなんだが。【覇王魔窟】が創られたとき、同時に6体のセーフティ魔物が創られたというんだ。別名、〈攻略不可能体〉だ」
「〈攻略不可能体〉ですか?」
「ようはチートすぎて、倒しようがないってことだ。なぜセーフティ魔物なのかというと、ようは【覇王魔窟】の創り手の本音は、人間どもに最上階まで到達して欲しくないというわけさ。願いを叶えたくないからだろ。
だが最上階まで来たのに『やっぱり叶えませーん』じゃ、そりゃあ神としての威厳にかかわる。だから『絶対に倒せっこない魔物』を6体、上層階に配置したのさ。そいつらは、別格。特別扱いの証拠に、自我をもち、人間たちと会話できるという」
「……なるほど」
ライオネルさんはルドル卿を抱えたまま去った。私は8階の中央で突っ立っている。いつ〈影鰐〉が襲いかかってくるかも分からない。
だが、私は深く考えていた。
そして気づいた。
彼らは寂しいのだ。
〈攻略不可能体〉さんたちが存在するなら、寂しいに決まっている。
自我を持っているのだから、当然だ。
そして長い、長い年月が経ったのに、誰も来ないのだから。せっかく人間を殺すために生まれたのに。チートなのに。殺す相手が来ないのだ。だから時には、下層階にやってくるのだろう。
私は心の中で、〈攻略不可能体〉たちに約束した。
大丈夫ですよっっ! 私が、いつの日か、ちゃんと殺しにいきますからねっっっ!!!
よろしかったら、ブクマ、評価、お願いしますー!




