165，ラスボス。
我が友、サンディさん！
括りつけていたロープを外すと、不意をうたれたサンディさんは落下していった。
「アリアちゃぁぁぁぁん！！」
セシリアちゃんの大暴れぶりを、愛しそうに眺めていたルーンさんが、ハッとして視線を下げた。そして皇都内を整然と走る路地の一つへと落ちていったサンディさんを目撃する。
「アリア様？ お連れの方が落下されましたが？」
「あ、ご安心ください。いま落ちたサンディさんも、〈魔統武器〉とリンクした身。よってリンクした防御Lv.によって、ただ重力に引っ張られて落下した程度では、すり傷ひとつ負いませんよ。とはいえ、落としてまったので気を悪くしているかもです。拾いに行ってくるので、ルーンさんはお待ちください」
私は〈スーパーコンボ〉を降下させ、路地に大穴を開けたサンディさんのもとまで降りた。サンディさんは傷ついた様子で、私を見る。
「落とすなんて。親愛度カンストの話は、どーなったの？」
「酔いが醒めるかなと思いまして」
「酔ってないよ！ わたしは酒は飲んでも、飲まれない女」
それから上空で待機しているルーンさんを見やり、得心がいった様子で続ける。
「ははぁ。帝国の使者ルーンがいないところで、内緒話がしたかったわけだ。けどそれなら、『おしっこしたい』で済んだのに。女子のトイレにまで付いてこないでしょう」
サンディさんを落としたほうが手っ取り早かったから、とは言わないのだ。
「サンディさん、よく聞いてください。私は、ひとつのイヤーな懸念に行き当たったのです。これが杞憂に終わってくれればいいのですが──ところで、サンディさん。さっき、セシリアちゃんのことで、何を言いかけたのですか？」
「えーと。言っても、気を悪くしない？」
「大丈夫ですよ。しつこいようですが、サンディさんの親愛度はすでにカンスト済みです」
「アリアちゃんの親愛度カンストって、目的のために落とすことなんだね。あ、別に根にもってはいないよ。
とにかくさ、そこまで言うなら話すけども。偽名セシリアさん、つまりラザ帝国の女帝陛下を見ていて思ったんだよね。あの異常な強さと、それと同時になんというか──あの暴力性。その風格は、たとえていうならば、ラスボスみたい」
面白い考えかた。
気は悪くしないけれど──面白い。いや、面白くはない？
「セシリアちゃんが配下を使い、ミリカさんを拉致した疑惑があるのです」
「え、まって。つまり、えーと。ミリカさんが消失したのは、〈死の楽園〉との接続口が開き、ゾンビたちが王都で溢れかえった、あの日だよね。国家有事のときにミリカさんがいなくなってしまったものだから、アリアちゃんは仕方なく、〈つなぎの女王〉になったんだよね」
「セシリアちゃんならば、そこまでの構図を描くことも容易だったでしょう。とはいえ、どこまで〈死の楽園〉の接続口発生と関与しているかまでは不明ですが──」
サンディさんが、うーむと頭をかく。
「そこまでするセシリア、つまりラザ帝国の女帝の狙いって。まさかアリアちゃんをアーテル国の女王にしてから、政略結婚することなの？ 意味が分かんないんだけど」
「おそらく、女帝ともなっては、一般人とは正式に同性婚できないからでしょう。愛妾ならばともかく、正真正銘の女帝伴侶ということでは。そう、その相手が王国の女王ならば、話は別ですが」
「まって。全ては、ようはアリアちゃんと同性婚するため？ そのために、そこまで手段を選ばないことをする？ ………あ、するね。アリアちゃんの思い人だもの。アリアちゃん並みにぶっ飛んでいるのならば、それくらいの暴走はして当然かもね」
私は腕組みして、サンディさんを睨んだ。
「私は、手段を選ばないなんてことはないですよ。私は、常識人ですよ？ セシリアちゃんと一緒にしないでください。いまの仮説が正しければ、セシリアちゃんはやりすぎです」
なぜか絶句するサンディさん。それから声を震わせて言った。
「……………………………………え、まって。いま天地がひっくり返った？ 同性婚のために、人類が一度も攻略したことのない【覇王魔窟】最上階を目指したイカレっ娘ちゃんは、どこに行っちゃったの？」
なんという心外な話だろう。【覇王魔窟】最上階を目指した私の論理に、間違いはなかった。
セシリアちゃんと、堂々と同性婚するためには、やはりこの『結婚できないバグ』を改善するしかない。それも確実にコツコツやるのならば、それはもう【覇王魔窟】しかないだろう。まさしく揺るぎがない。
何よりも、これはソロプレイではじまり、ソロプレイで終われるところが魅力だったのだ。いまとなっては──どうもそうは言ってはいられなくなったけれども。
「いい加減戻らないと、ルーンさんが怪しみますね。とにかくサンディさん。どこかの時点で、何とかサンディさんが自由行動できるようにします。そうしたら、ミリカさんを捜してください」
「ミリカさんが囚われていると仮定して、この皇都にいるかな？」
「セシリアちゃんは、重要なことは手元に置きたがる人でしたからね。犯人がセシリアちゃんならば、ここにいるでしょう」
サンディさんは考え深げにうなずいてから、乾いた笑声をもらした。
「だけども、アリアちゃんのことは、手元に置いてなかったんだね」
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