116,後継者。
幼いころから、不作の年はなんとなく分かったものだ。別に予知スキルとかではなくて、単なる直感で。
普段は直感の鋭いタイプではなかったけども。それでも分かることは、分かったものなのだ。
ミィちゃんを発見したとき、何となく今回も分かってしまった。ロクウさんには悪いが、ミィちゃんこそが、私の『後継者』になるのだろうと。
とはいえ、具体的になんの後継者かと追及されると、まだ困る。私がこの時点で、何を成し遂げたのか。〈攻略不可能体〉を一体撃破し、その後釜へ強制的に入れられただけで。
だがこの先、私が【覇王魔窟】を完全攻略した暁には、それは初代完全攻略者となるのだろう。
とにかく、私がそんなことをフムフムと考えたのは、大きな理由がある。
現在進行形で、ミィちゃんが〈蠍群魔〉によって、四肢切断されているのだ。
私も、はじめて【覇王魔窟】に挑んだとき、〈蠍群魔〉の群れによって四肢を切断されたものだけど。懐かしい。
とはいえ、あのときの〈蠍群魔〉はコピー体に過ぎなかった。いまミィちゃんを痛めつけているのは、〈蠍群魔〉のオリジナル個体。こちらのほうが上等も上等である。
私は潜んでいた茂みから出て、ミィちゃんと〈蠍群魔〉から、20メートルほどの位置に立った。
ミィちゃんが私に気づき、助けを求めてきた。
だが私は動かない。ミィちゃんが後継者となるならば、私のところまで自力で逃げてこないと。あのとき私も、四肢切断されながらも自力で【覇王魔窟】から脱出できたため、ジェシカさんに発見され助かったのだった。
もちろん、あれは私の実力ではない。あれはただ運が良かっただけ。そう、まずはじめの試練はそこだろう。運があるのか、否か。
「ミィちゃん! ここまで、自力で這ってくるのです!」
厳密には手足がないと這えないので、転がるしかないけども。
と思いきや、ミィちゃんは這ってきた。
両手足の切断面を地面につけて這うのである。おお、これは凄い。四肢切断された身でなければ、手足の切断面で這うことの大変さは分からないのだ。
切断面は極上に痛いのに、それに体重をのっけて這うことの地獄というものを。
しかも転がるより遅いのに!
そのガッツに私の心動かされたのは、ある意味では、ミィちゃんに運があるということに相違はない。
私は飛び出し、魔改造鍬〈スーパーコンボ〉を振るう。ミィちゃんに毒針でトドメをさそうとしていた〈蠍群魔〉を吹き飛ばした。
「ミィちゃん、大丈夫ですか?」
この場合の『大丈夫ですか?』とは、ようは挨拶文である。または季語的な。つまり意味はとくにない。基本的に、手足を切断された人は、大丈夫ではないので。
ミィちゃんが口を開くも、すぐに血を吐いた。目や耳からも血がドロドロと流れ出す。手足を切断されたとき毒にもかかっていたらしい。〈蠍群魔〉オリジナル個体には、毒針だけではなく鋏肢にも毒効果があるようだ。
「さて、ミィちゃん。このままだと、ものの数分で死にます。人間として死ねるわけですが。ただし復活できるかもしれない道もあります。確実ではないのですが──」
〖女神の泉〗の正体は、大量の魔素液体だったという。おそらく生死の境をさ迷っている状態で、大量の魔素を浴びることによって、魔物化するのだろう。ミィちゃんにも、いまそれを試してあげることはできるのだ。ミィちゃんが望むのならば。
「魔物になる元気はありますか?」
いや、ここは『覚悟』かな? いやいや『覚悟』なんてものは、薄っぺらい。どんなときも、人を動かすのは元気があるかないか。
ミィちゃんは毒に苦しみながらも、言葉を出した。
「師匠……ミィは…………人間を、捨てる」
「素晴らしい元気ですっっっ!!」
私ははじめ、両手の手首を切った(自傷には防御力は発動しない)。
なるほど、血は噴き出す。だがこれでは足りない。もっと急激に、大量の魔素血液を、ミィちゃんに与えなければ。
だから手首をちょこんと切るのではなく、これはもう完全に両断する必要がある。
〈スーパーコンボ〉を《操縦》で浮かせて回転させ、私の両手を両断させた。物凄い勢いで血液が噴き出す。その噴出口を、ミィちゃんの口に向けた。
ミィちゃんが苦しそうに口を閉ざす。
私は言った。
「さぁ、口をあけてゴクゴク飲むのです。わが後継者よ」
ミィちゃんはうなずき、なんとか口を開いた。おそらく私の魔素血は、焼けるように熱いだろう。
こうして大量の魔素血をミィちゃんへと与えながら、ふと私は思った。もしかして、私はここで死ぬのかもなぁ、と。
こんなに多量に血液を失えば、〈攻略不可能体〉であったとしても、そりゃあ、死ぬというものだよね。
だけど、『結婚できないバグ』を直すこともなく死ぬの? セシリアちゃんと幸せ同性婚することもなく?
まぁ、でも──たいていのことは、夢のまま終わるものだ。意識が薄れていった。
おぅ、これは今度こそ死んだかな?
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