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悪の嚢  作者: 髪槍夜昼
最終圏 エンピレオ
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第七十七話


千年前のあの頃は、夢にも思わなかったことだろう。


想像できる筈がない。


あれほど平和だった世界が、一年も経たずに滅びるなど。


突然現れた最強最悪の魔王。


多くの人間が魔王に殺され、更に多くの人間が魔素に汚染されて死んだ。


人類もただ滅ぼされる時を待つばかりでは無かった。


あらゆる兵器を駆使して魔王に対抗した。


それが通じないと悟ると、今度は神の力すら借りて対抗した。


恩寵と呼ばれる奇跡は、魔王と戦うことが出来る唯一の力だった。


『………』


俺は、選ばれた存在だった。


誰よりも強力な恩寵を与えられ、魔王を倒す運命にある存在だった。


『………』


しかし、魔王は想像以上に強大だった。


恩寵を以てしても倒すことが出来ず、俺は敗北した。


俺は救世主にはなれなかった。


『…ッ』


その代償は、人類の滅亡だった。








「『アイネイアース』」


禍々しい変貌を遂げた剣を振るうウェルギリウス。


その力は以前の比ではなく、魔王すら凌駕する程だ。


(カイーナは、あの剣で止めを刺した…)


直接止めを刺したのはネロだが、握っていた物はあの剣だ。


アイネイアースは斬った者の全てを奪う。


今のウェルギリウスは、カイーナの膨大な魔素を得ているのだ。


(元々俺とアイネイアースは相性が悪い)


ビーチェの魔爪によって生まれたネロにとって、あの剣は天敵だ。


同様に、ネロが生み出す影の武器もあの剣に触れるだけで消滅してしまうだろう。


(ならば、質よりも量…!)


「“フレッチャ”」


ネロは影を無数の矢へと変える。


雨の如く降り注ぐ黒い矢は、視界の全てを覆い尽くす程。


剣一本で捌き切れる数ではない。


「我が剣は明星を切り伏せる…!」


瞬間、ウェルギリウスの握る剣が膨張した。


振り上げられた純白の剣。


その刀身に開いた無数の口から、眩い光が溢れる。


「邪悪よ、滅びろ!」


溢れ出る光は収束し、一つの斬撃となって放たれた。


光の斬撃。


神話の如き一撃は全ての矢を断ち切り、魔素ごと浄化した。


「…ハッ、光の剣士か! それらしいじゃないか!」


アンジェロが使っていたような紛い物ではない。


これこそが正真正銘の奇跡。


悪を斬り、魔を討つ、神の力だ。


「だけど、俺も負ける訳にはいかない!」


ネロは地に膝をつき、己の影に触れる。


影が蠢き、大きく広がっていく。


「チッ」


影を踏み締めたウェルギリウスの足が沈んでいく。


底なし沼のように、少しずつ影の中へ飲み込まれる。


「無駄だ!」


ウェルギリウスは剣を地面に突き立てた。


本来剣で影を斬ることは出来ない。


しかし、この影は魔爪によって生み出された物。


それが魔素から生まれた力なら、アイネイアースはそれを滅ぼす。


地に広がった影が、燃えるように全て消滅した。


「くそッ…!」


「死ね」


次の瞬間、ウェルギリウスの剣がネロの首を断った。


「………」


崩れ落ちるネロには目もくれず、ウェルギリウスは地を蹴る。


致命傷は与えた。


だが、それで終わりではない。


故に、ウェルギリウスが狙うのは、


「お前だ、ビーチェ」


「ッ!」


魔爪であるネロは何度殺してもいずれ復活する。


殺すには元を絶つしかない。


ネロを生み出しているビーチェの命を。


今まで魔王を相手にしていた時と同じだ。


冷酷な程の合理的な判断で、ウェルギリウスは敵を殺す。


「させるか!」


「!」


しかし、純白の刃がビーチェを捉える寸前、その影からネロが姿を現した。


手にした影の剣で刃を受け止め、ウェルギリウスと睨み合う。


「…予想より復活が早い。ビーチェの心理状態が影響しているのか?」


「違え! 彼女を守ることが俺の存在意義だからだ!」


ビーチェの心は関係ない。


ネロ自身が何よりも彼女を大切に思っているから。


命に代えても守りたいと誓ったから、幾らでも強くなることが出来るのだ。


「…存在意義か。ハッ、悪魔モドキが笑わせる」


「………」


「ならば俺の存在意義は、お前達と言う悪を滅ぼすことだ…!」








『………』


全て、全て失われた。


人類は滅亡し、世界は崩壊した。


『………』


どうして、俺は魔王に勝てなかったのか。


どうして、俺は世界を救うことが出来なかったのか。


どうして、俺は…


たった一人、生き残ってしまったのか。


『………』


最初の十年は、出会った悪魔を全て殺した。


男を殺した。女を殺した。老人を殺した。子供を殺した。


殺して殺して、殺し続けた。


だが、それでも魔王にはまだ勝てなかった。


次の十年は、ひたすら刃を研ぎ澄まし、力を蓄えた。


能力を磨き、魔王を倒す為に己を鍛え続けた。


しかし、それを更に十年続けた頃、肉体の衰えを感じるようになった。


病や怪我ではない。


単なる老化だった。


まだまだ俺の剣は魔王に届かないが、もう俺には時間が無い。


復讐を果たせずに死ぬ訳にはいかない。


だから俺は、悪魔を喰らった。


奴らの寿命を奪い、無理やり生き永らえた。


『が…ああ…!』


無論、リスクはあった。


悪魔の命を取り込む度、精神が汚染されていくことを感じた。


意識を手放せば、自分が人間だったことも忘れ、身も心も悪魔と化すだろう。


それだけは、出来ない。


俺は奴らとは違う。


魔素に汚染され、魔王の下僕と化した亡者共とは違う。


俺は、どれだけ穢れようとも…


『人間、だ…!』








「悪だの正義だの、今の世界でそんな言葉にどれだけ価値がある!」


影の剣を振るいながらネロは叫ぶ。


「悪魔は元は人間だったんだろう? お前の言う仲間だって、悪魔になったんじゃないのか!」


「違う! アイツらは…! アイツらは、死んだ! 魔素に汚染されて、死んだんだ!」


悪魔と化した事実など認めない。認められる訳が無い。


記憶を失い、自分が人間だったことも忘れ、欲望のままに生きる悪魔達。


そんな物は、断じてウェルギリウスの仲間ではない。


「だから殺した! 全部殺した! かつての友と同じ顔をした怪物共を! 一人残らずな!」


「ウェルギリウス…! お前、は…!」


「俺は、俺は…! 全ての悪を滅ぼさなければならない! 彼らの為に…!」


怒りと憎しみに震えながら、ウェルギリウスは剣を振るう。


後悔と絶望。


もう戻れない。


もう止まれない。


全てを殺し尽くし、復讐を果たすまでは。


「…ウェルギリウス。きっとお前は正しい」


ネロは静かに、そう告げた。


もしこの場に神が現れ、善悪を問うならばきっとウェルギリウスが正しいのだろう。


かつての仲間を想い、一人でも戦い続ける姿は確かに正義だろう。


「だけど、もうお前の仲間は居ないんだ」


ウェルギリウスが守りたかった仲間達は、もうどこにも居ない。


彼と同じ正義を信じる者は、もう居ない。


この世に正義は無く、ここは悪魔の生きる地獄だから。


ただ一人正義を信じ、他者を殺し続けることは、この世界にとって悪なのだ。


「眠れ、ウェルギリウス。この地獄に、お前の居場所はない」


ウェルギリウスの剣を紙一重で躱し、ネロは剣を突き出す。


かつて感情を殺し、冷酷に振る舞っていたウェルギリウスだったなら、ネロに勝ち目はなかった。


しかし、ウェルギリウスは隙を見せた。


憎悪に支配されたことでウェルギリウスの剣は鈍り、ネロに反撃の機を与えたのだ。


「―――」


ネロの剣が、ウェルギリウスの胸を貫いた。

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