第七十六話
「え…?」
「何…だ? 何で、あの二人が戦っているんだ?」
互いの剣を打ち合うネロとウェルギリウスを見て、周りの者達が疑問の声を上げる。
何故この二人が戦っているのか。
仲間ではないのか。
もう戦いは、終わったのではなかったのか。
「俺の復讐? どう言う意味だ、ウェルギリウス!」
「…前にも言っただろう。俺は無駄口が嫌いなんだ。これ以上俺に喋らせるな」
怒るネロに対し、ウェルギリウスの表情は変わらない。
淡々と冷静に剣を振るっている。
「裏切るのか! ヴェンデッタはお前が作った組織だろうが!」
「…俺は裏切ってなどいない」
その言葉に、初めてウェルギリウスの顔が変化した。
抑えきれない怒りを滲ませ、ウェルギリウスはネロを睨む。
仇敵を見るような顔で。
「千年前のあの日から、俺の心は人類と共に在る」
「…人類、だと?」
「………」
ネロの剣を弾き、ウェルギリウスは距離を取った。
左手だけで握った剣を構え、口を開く。
「汝の罪は傲慢と裏切り。我が剣は明星を切り伏せ、嘆きの川に縛り付ける!」
「何…!」
「恩寵『エンピレオ・アイネイアース』」
ウェルギリウスは剣の本当の名を告げる。
それは魔爪ではない。
悪魔の持つ力ではない。
悪魔を滅ぼす為の力。
神が人間に授けた、恩寵と呼ばれる力。
「―――」
ウェルギリウスの傷が修復され、失われた右腕が完全に復元する。
両手で握られた純白の剣は薄っすらと光を放っていた。
「俺は『人間』だ。この世でたった一人の、生き残りだ…!」
ウェルギリウスは手にした剣を、全てを薙ぎ払うように一閃する。
その一撃はネロの構えた影の剣を魔素ごと削り取り、消滅させた。
「俺はお前達を仲間だと思ったことは一度も無い! お前達のような薄汚い悪魔のことなど!」
憎悪。
嫌悪。
あらゆる負の感情を剝き出しにして、ウェルギリウスは剣を振るう。
冷徹なリーダーの顔で隠して来た激情。
それは魔王に対する憎しみではなく、悪魔全てに対する復讐心。
「ウェ、ウェルギリウス…! 嘘だろ、やめてくれ!」
「…アリキーノ」
短く名を呼び、ウェルギリウスは剣を振るった。
純白の刃が隙だらけのアリキーノを切り裂く。
「…ウェルギリ、ウス…」
胴を斬られたアリキーノの身体がゆっくりと崩れ落ちる。
最も長く共に過ごした相手を斬り捨てることにも、何の躊躇いも無かった。
血と共に零れ落ちた魔素がウェルギリウスの剣に吸収された。
「…俺の『アイネイアース』は斬った者の全てを奪い取る。悪魔の寿命を喰らい続け、千年以上も生き永らえた…!」
屈辱の日々だった。
悪魔を憎みながらも、生きる為に悪魔を喰らう。
喰らう度に自身が穢れていくのを実感しながら、それでも生き続けた。
「全ては、復讐を果たす為に…!」
「“鎌”」
ウェルギリウスの振るう剣と影の鎌が衝突する。
その剣を止めることには成功したが、鎌は一度打ち合っただけでボロボロと崩れてしまった。
砕けた鎌を捨てながら、ネロは油断なくウェルギリウスを睨む。
「全ての悪魔に対する復讐。それがお前の目的か」
「そうだ。俺達の世界を滅ぼした悪魔共! 皆を殺したお前達を、どうして憎まずにいられる!」
憎悪と憤怒に染まった眼でウェルギリウスは叫ぶ。
ウェルギリウスは千年もの間、この想いを抱いてきたのだ。
忘却することなく、歪むことなく、ただ純粋に。
「四大魔王は既に倒した。お前の世界を滅ぼしたカイーナも、この手で倒したんだぞ!」
「だからどうした! この世界に生きる全ての悪魔を滅ぼすまで、俺の復讐は終わらない!」
「自分以外の全てを殺し尽くすつもりか!」
「ああ、そうだ! それこそが俺の正義だ!」
ウェルギリウスは純白の剣を掲げた。
刀身に無数の口が開き、大気中の魔素を吸収し始める。
周囲全ての魔素を吸収することで、ウェルギリウスの力は限りなく上昇し続ける。
「正義は必ず勝つ。例え千年掛かろうと!」
迷いはない。
どれだけ長く共に過ごした者達だろうと、殺すことに躊躇いは無い。
ウェルギリウスが仲間だと思っていた者達は既にこの世に無い。
居るのはただ、仇敵のみ。
「魔爪『オンブレ・チネージ』」
それを見て、ネロも決意を固める。
目の前に居るのは敵だ。
今までで最も強く、厄介な敵だ。
倒さなければならない。
全てを守る為に。
「ウェルギリウス。俺は、お前を殺す」
「やってみせろ! 汚らわしい悪魔如きが!」




