第七十四話
私にとってその男は、友人であり、恋人であり、家族であり、
そして何よりの『理解者』だった。
『………』
ジュデッカ。
私に名を与えた人間。
私は私なりに、彼に親愛を感じていた。
だからこそ、自分の自由にしてくれたあの日、私は彼の願いを叶えた。
病めることも、老いることも無い世界を作った。
何の悪意も無かった。
私はただ、奴の望みを叶えたかっただけだった。
『何故だ…ジュデッカ…? 何故、私を裏切った…!』
『…それが分からないから、あなたは怪物なんですよ』
ジュデッカは他の魔王と手を組み、私を封印した。
私を、裏切った。
どうしてだ、ジュデッカ。
どうして…?
「くそっ、本当に化物だな…!」
カイーナの首を斬り捨てながらネロは叫ぶ。
致命傷を負わせたのはコレで何度目だろうか。
十度殺しても、百度殺しても、カイーナは平然と立ち上がる。
いつになればこの化物は死ぬのか。
「削り取れ!『アイネイアース』」
肉体を再生している隙を突き、ウェルギリウスが剣を振るう。
霧散した魔素の一部が剣に吸収され、消滅した。
「無理はするな、ネロ! 少しずつだが、確実に俺達は奴を追い詰めている!」
「…ああ!」
元気づけるようなウェルギリウスの言葉にネロは頷く。
まだ諦めていない。
相対するだけで心が折れそうになるほどの化物だが、決して倒せない相手ではない。
百度殺しても死なないのなら、千度殺すまでだ。
「“鎖”」
影から飛び出した無数の鎖がカイーナを縛り上げる。
(すぐに破壊されるだろうが、ウェルギリウスが攻撃する時間は稼ぐ…!)
「…拡散」
全身を縛られたまま、カイーナは呟いた。
瞬間、カイーナの肉体が崩壊した。
形を失ったカイーナの肉体は霧状になり、周囲に拡散する。
(肉体を、魔素に変えた…!)
人の形を捨て、本来の姿へ戻ったのだ。
流動的な魔素と化したカイーナは、煙のように空へ上り、段々と形を変えていく。
「“流星群”」
「な…」
それは黒い流星だった。
それは灼熱の雨だった。
黒き流星群へと姿を変えたカイーナが、地上へ降り注ぐ。
大地を抉り、焼き尽くし、地獄へ変える。
「“剣”」
影の剣を生み出し、ネロは自身に迫る隕石を断ち切る。
しかし、一つ二つなら未だしも、天を覆う程の岩の雨を防ぎ切ることは出来ない。
捌き損ねた一つの隕石がネロの頭上に迫る。
「ネロ!」
だが、それはウェルギリウスの手によって破壊された。
大質量の隕石だろうと、元は魔素の塊。
ウェルギリウスの剣は魔素を元から断ち切る。
「ははははは! 隙あり!」
直後、断ち切られた隕石からカイーナが姿を現した。
完全に不意を突いたカイーナは、隙だらけのウェルギリウスへ爪を振るう。
鮮血と共に、ウェルギリウスの右腕が宙を舞った。
「が…あ…!」
切られた腕を抑え、ウェルギリウスの動きが止まる。
その頭上から、隕石が降り注いだ。
大地が爆ぜ、ウェルギリウスの身体が吹き飛ばされる。
「ウェルギリウス…!」
「勝負あり、だな」
叫ぶネロを見下ろしながら、カイーナは告げる。
今までネロ達が戦えていたのは、ウェルギリウスの能力があったからだ。
それが失われた今、ネロ達に勝ち目はない。
「諦めて私の物になるか? 今ならまだ間に合うぞ?」
「ッ!」
ネロの返答は、剣の一閃だった。
しかし、そんな攻撃はカイーナに通じない。
爪の一振りで防がれ、空高く弾き飛ばされてしまった。
「…もういい。そんなに死にたければ、死ね」
小さく息を吐きながら、カイーナは爪を振り上げた。
首を断つ。止めを刺す。
それを残念に思いながらも、躊躇いなくカイーナは腕を振り下ろした。
「…………何?」
瞬間、カイーナの右腕に亀裂が走り、陶器のように砕け散った。
攻撃を受けた訳では無い。
ネロ達が何か罠を仕掛けた訳では無い。
「コレ、は…」
以前も危惧していた肉体の自壊。
カイーナの肉体が、カイーナ自身の力に耐え切れなくなっている。
『戦い』と言う物を初めて経験したことで、思わず加減を忘れてしまったのだ。
「カイーナ!」
そして、ネロがその隙を見逃すことは無かった。
地を蹴り、武器を構え、カイーナへと向かっていく。
「例え肉体が不安定になろうと、お前の攻撃では…」
言いかけて、カイーナはネロが握る武器に気付く。
それは影の武器では無かった。
塩の柱を削って作ったかのような純白の剣。
腕と共に斬り飛ばしたウェルギリウスの剣だった。
(今、この剣に斬られるのは、マズイ…!)
カイーナは残った左腕を振り被る。
左腕一本でも、傷付いたネロなら十分殺せる。
今までずっと、カイーナは爪の一振りで全ての敵を滅ぼして来たのだから。
「させない!」
「何だ、と…?」
背後から聞こえた声と共に、カイーナの左腕が斬り飛ばされる。
カイーナの背後に、瀕死のウェルギリウスが立っていた。
入れ替えるように、その手に影の剣を握り締めながら。
「…まだ…!」
カイーナは目の前に迫るネロを睨む。
まだだ。まだ終わりではない。
両腕を失ったから、何だと言うのか。
カイーナの本質は魔素の集合体。
腕も足も、人を真似ているだけだ。
(形など、自由自在に変えられる…!)
ボコボコとカイーナの肉体が波打つ。
その腹部が形を変え、ネロを刺し殺そうと無数の鋭利な棘が形成される。
「この俺を、忘れてるんじゃねェよォ!」
だが、それは直前で停止した。
破壊された塔を辛うじて起動させたグラッフィによる、精神干渉。
それは一時的な肉体の麻痺だ。
すぐに塔は崩壊し、カイーナの麻痺も解ける。
しかし、その一瞬が致命的だった。
(塔の力…! ジュデッカ…!)
「終わりだ!」
ネロはその手に握った剣を振り下ろす。
純白の剣。
魔素を喰らう剣は、不安定だったカイーナの肉体を完全に崩壊させた。
霧散したカイーナの残滓は全て剣に吸収され、完全に消滅する。
最初の魔王、カイーナの最期だった。




