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悪の嚢  作者: 髪槍夜昼
第四圏 カイーナ
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第七十一話


「“スパーダ”」


「『アイネイアース』」


それぞれの剣を握り、ネロとウェルギリウスはカイーナへと向かっていく。


カイーナも迎撃するべく腕を振り上げるが、先程と比べてその動きは鈍い。


爪が振るわれるよりも先に影の刃がその腕を断ち切り、再生する間もなく純白の剣がそれを消滅させる。


「消し飛べ!『バレーノ』」


カイーナが怯んだ隙を見逃さず、頭上からグラッフィが雷の爪を振り下ろす。


五本の雷がカイーナの身体を貫き、その血肉を焼き焦がした。


「ハッハー! 明らかに再生力が落ちてる! 効いてるぜェ!」


グラッフィが勝ち誇るように笑った。


ウェルギリウスの作戦は成功だった。


塔による精神干渉は想像以上にカイーナに負荷を与えており、再生も攻撃も明らかに弱体化していた。


「………」


「おっと…」


無言で爪を振るうカイーナ。


しかし、それがグラッフィを捉えることは無かった。


攻撃が届くよりも先に、その姿が一瞬で転移したのだ。


「前に出過ぎないで! フォローする方の身にもなって下さい!」


「感謝しているぜ? 本当に」


苛立ちながら叫ぶミリオーネに、グラッフィは笑みを浮かべる。


ミリオーネの能力は空間転移。


本来は長距離を移動する為の能力だが、それを戦闘に応用すればこんなことも出来る。


ミリオーネ本人に戦闘能力は無い為、自分では使えないが、他者の援護に使えば一瞬で死角に移動する高速戦闘を行うことが出来るのだ。


「………」


苦戦するカイーナはただ不思議そうに自身の手を眺めていた。








「…そろそろ向こうに加勢しないとマズイかもねぇ」


段々と追い詰められていくカイーナを眺め、ルビカンテは言った。


もし万が一、カイーナが殺されてしまったら今までの苦労が水の泡だ。


早く彼女を助けなければならない。


その為には…


「さっさと死んでくれないかなぁ、お嬢ちゃん」


ルビカンテは嗜虐的な笑みを浮かべてビーチェを見つめた。


アリキーノとチリアットは既に気絶している。


あとは二人に止めを刺し、ビーチェを仕留めれば終わりだ。


「『ベスティア』」


「…無駄なんだよねぇ」


ビーチェの影から飛び出す狼を見て、ルビカンテは失笑を浮かべた。


軽く手を振るうだけで狼の体が炎に包まれ、灰に変わる。


「くッ…影よ…!」


「無駄だって言ってるでしょう?」


諦めずに次々と影の狼が生み出されるが、それがルビカンテに届くことは無い。


灰の山を踏み締め、ルビカンテはうんざりしたように息を吐いた。


「いい加減諦めてくれないかなぁ。オジサン、早くウェルギリウスの苦しむ顔が見たいんだけど」


「…あなたは」


「うん?」


「あなたは、本当にそんなことを望んでいるの?」


「…何を言うかと思えば」


ポリポリと頬を掻きながらルビカンテは言う。


「アリキーノとの会話を聞いてなかったの? 君らがどう思うと、俺にとってはそれが全て」


ルビカンテは悪意に満ちた笑みを浮かべた。


「ウェルギリウスだけじゃない。ネロも悪くないなぁ! 君を誘拐した時の彼なんて、最高に笑えたよ! ここで君を殺せば、彼はどんな顔をするんだろうねぇ!」


「…他者の苦しみが見たい、そんな欲望を満たすことしか、あなたには無いの?」


「無いね! だって俺は心が空っぽだからねぇ! この欲望しか俺には無いんだよ!」


自身の胸を抑えながらルビカンテは嗤う。


恍惚とした顔をして、片手をビーチェへと向けた。


「さあ、もう死んでくれ! 俺の欲望の為に! 俺の願いの為に!」


全てを呑み込む昏い炎が放たれる。


魔素も魔爪も焼き尽くし、悪魔を殺す炎が。


「…ルビカンテ。あなたは、悪魔よ」


「何を今更…」


言っている、と続けようとしてルビカンテの言葉が止まった。


ビーチェを焼き殺そうとしていた炎が消える。


ルビカンテの力が、跡形も無く消滅した。


「な…に…?」


慌てて炎を生み出そうとするが、発動しない。


どう言う訳か、何度やってもルビカンテは能力を使うことが出来なかった。


「な、何をした! どうして俺の『インフェルノ』が!」


「…何もしてないわ。私は」


ビーチェは冷めた表情でそう告げた。


「あなたが言ったことよ。恩寵とは神が人間に授けた力」


「…まさ、か!」


「故に、欲深い悪魔には(・・・・・・・)使うことが出来ない(・・・・・・・・・)


アンジェロが何故心を削られたのか。


それは、恩寵を使う為に悪魔から欲望を取り除く為。


逆に言えば、アンジェロが心と欲望を得て、悪魔に戻れば恩寵は使えなくなる。


「あ…あ…」


言葉を失うルビカンテの前で、ビーチェの影が形を変える。


巨大な狼の影。


恩寵が使えれば腕の一振りで潰せる獣だが、それは既に失われた。


「う、嘘だ…! こんな、こんなことが…!」


欲望があった。野望があった。


その為なら命を失っても良いと思っていた。


目的を果たしてカイーナに殺されるとしても、目的を果たせずにウェルギリウスに殺されるとしても、己の欲望の為に死ねるなら満足だった。


それなのに。それなのに。


「こんなつまらない死に方が、俺の最期…? そんな、こと…!」


「…絶望しているの?」


「ッ!」


巨大な狼が大きく口を開き、牙を剥く。


ルビカンテはそれを呆然と見上げることしか出来ない。


「その心を抱きながら、死になさい」


「待…ッ!」


グチャリ、と水気を帯びた音を立てて狼の口が閉じた。


それがルビカンテの最期だった。


心を持たずに生まれた男は、生まれて初めての絶望を味わいながら絶命したのだった。

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