第七話
「………」
太陽が真上に昇った頃、ネロは一人でディーテを歩いていた。
特に目的は無いが、この都市に興味があったのだ。
記憶を持たないネロは好奇心が強い。
多くの悪魔が住むと言う都市に対する興味は尽きない。
「しかし、本当に治安が悪いな」
道を歩きながらネロは呟く。
ここに来るまで既に三人の悪魔に絡まれた。
路上に捨てられた死体を見たのも一度や二度ではない。
この都市は魔王の支配されない自由な場所らしいが、やはり安全な場所と言う訳では無いらしい。
誰にも支配されないが故に治安が悪い。
ある意味では魔王の支配下以上に無秩序かもしれない。
「…ん?」
興味深そうに視線を動かしていたネロの視界に、数人の男女が映った。
「い、嫌…!」
「いいからさっさと来い!」
「モタモタするとぶっ殺すぞ!」
男は二人、女は一人。
どうやら、その女を二人の男が無理やり連れ去ろうとしているようだ。
まるで先日のビーチェのような光景だったが、ネロはあまり興味が無さそうだった。
「………」
ネロはこれでも悪魔だ。
基本的に他人に対する情は薄い。
見ていて面白い物では無いが、特に興味を引かれる光景でも無かった。
自分には関係ない、と言う悪魔らしい冷酷さで視線を動かす。
「チッ、顔はまずまずだが、所詮この町の女か。この程度の女じゃ、トロメーア様は喜ばねえな」
(…トロメーア?)
ふと聞こえた名前が気になり、ネロは視線を男へ向ける。
それは見るからに凶暴そうな男だった。
頭髪を残らず剃ったスキンヘッドに髑髏の刺青。
ゴツゴツとした屈強な肉体をしており、マフィアのボスのような強面だ。
「バルバリッチャさん、ディーテであんまり派手なことをするとマズいのでは?」
「あ?」
「い、いえ、だってこの都市は四大魔王の誰も支配していない中立地帯じゃないですか」
取り巻きらしきもう一人の男の言葉に、バルバリッチャと呼ばれた強面の男は眉を動かした。
「それがどうしたってんだ。中立地帯? まだ誰も支配してねえってだけだろうが。先に俺達が手を出して誰が文句を言うんだ?」
「トロメーア様はこのことを…」
この独断行動が魔王の怒りを買うことを恐れているのか、男の声が震える。
「知らねえよ。だが、あのお方は他の魔王の顔色を窺うような臆病者じゃねえ」
「で、ですが、バルバリッチャさん…」
「おい」
再び何かを口にしようとした男の声を、バルバリッチャの言葉が遮った。
口を開くよりも先に手が伸び、その喉を掴み上げる。
「さっきから、この俺を馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえよ」
「う、ぐ…!」
「バルバリッチャさんじゃねえ、バルバリッチャ様だろうが!」
ギリギリと喉を締めた後、バルバリッチャはその体を地に投げつける。
激しく咳き込みながら、男は深々と頭を下げた。
「も、申し訳ありません…! い、以後気を付けます」
「ハッ、特別に許してやるよ」
バルバリッチャは悪意に満ちた笑みを浮かべる。
「以後、なんてもう無えがな」
「…え?」
瞬間、男の喉が燃えるような熱を持った。
その体から眩い光が放たれ、段々とそれは強くなっていく。
「あ、あああ…! お、お許し下さい…! お許し…!」
「爆ぜろ」
冷酷に告げられた言葉と共に、男の体が爆発した。
内側から弾け飛んだ爆熱は男の体を焼き尽くし、塵と灰の山に変えた。
「…あー、やっちまったな」
ちらりと視線を移し、バルバリッチャは呟く。
視線の先では爆発に巻き込まれ、捕えた女が死んでいた。
「まあいい。これだけ広い都市なのだから、もう少しマシな女も見つかるだろう」
些細な癇癪で二人の悪魔を殺しながらも気に留めることなく、バルバリッチャは歩き出す。
それを物陰から覗きながら、ネロはあの男の言動を思い返していた。
(…四大魔王、トロメーア)
話の流れから察するに、トロメーアとは四大魔王の一人。
となれば、あのバルバリッチャと言う悪魔は…
(魔王配下の悪魔、か)
思わぬ所で得られた魔王の情報に、ネロは視線を鋭くした。