第六十九話
「足掻くな。藻掻くな。死を受け入れろ」
カイーナは右手の爪を振るう。
技術の欠片も無い、獣のように無造作な攻撃でありながら、恐ろしい殺傷力を秘めている。
努力も工夫も、力任せに叩き潰す一撃。
理不尽な程の格の差。
他の悪魔とはスタート地点が違う。
生まれた瞬間から、カイーナは絶対の魔王なのだ。
「くっ…!」
カイーナの猛攻を前に、ネロはただ回避し続けることしか出来ない。
カイーナに有効な手を持っていると思われたウェルギリウスさえ、防戦一方だった。
今までに様々な手を尽くして魔王を倒してきたヴェンデッタが、何の工夫も無い力を前に次第に追い詰められていく。
それを見ても、カイーナは何も感じなかった。
敵に勝つことなどいつものことだ。
否、勝利と言う自覚すら無いかもしれない。
カイーナにとって敵とは必ず死ぬものだ。
戦うまでもなく、爪の一振り二振りで死に絶える。
だからこの結果も日常茶飯事。
何も驚くことなど無かった。
「…時間だ」
「…?」
故に、ウェルギリウスの言葉を意外に思った。
その言葉が発せられた瞬間、ヴェンデッタの顔に希望が戻った。
勝機など欠片も無いと理解している筈なのに、その眼から光が消えない。
「やれ! グラッフィ!」
瞬間、地面に巨大な蜂のマークが浮かび上がった。
光り輝く地面から『それ』は出現する。
それは塔だった。
無数の文字が刻まれた巨大な塔。
魔道具『トッレ・ディ・バベル』だ。
ジュデッカが自身の能力を世界に発信する為に作り上げた筈のそれは、音を立てて起動する。
「何を、している?」
「ハッキングってやつだよォ」
カイーナの疑問に塔の下に立つグラッフィが答えた。
「前に妨害した時みたいに俺の電磁波で塔に干渉し、無理やり起動させたのさァ」
バチバチ、と紫電を纏いながら塔は駆動する。
無論、ジュデッカのように全悪魔から心を奪う為に起動させた訳では無い。
そもそもグラッフィでは能力が不足している為、そんなことは出来ない。
だが、
「一人くらいなら、それでも十分だよなァ…!」
そうグラッフィが叫んだ瞬間、塔の先端から一筋の光が放たれた。
それは真っ直ぐカイーナを貫き、胸の中へ消えていく。
「コレ、は…!」
「お前を数百年眠らせていたのは、ジュデッカの能力だ。殺すことは出来なかったようだが、お前にその能力は有効だと言うこと」
肉体では無く、精神に干渉する能力だった為か、ジュデッカの能力はカイーナを封印することに成功していた。
不死身であるカイーナに有効な能力。
それを利用しない手はなかった。
「同じ手が、二度も通じると…!」
「思っていないさ」
ウェルギリウスは淡々と答える。
カイーナも馬鹿ではない。
一度受けたジュデッカの能力が、再び通じるとは思えない。
「だが、これに抗いながらお前は俺達と戦えるか?」
「!」
そう、それこそがウェルギリウスの狙い。
カイーナの能力を少しでも封じ、その隙に殺し切ることこそが本当の目的。
初めから封印などで満足する気は無い。
「覚悟しろ。封印などではなく、今度こそこの手で殺してやる」
「ははは、考えたな」
カイーナの戦いを少し離れた場所から眺めながらルビカンテは嗤った。
『トッレ・ディ・バベル』による精神干渉。
それはカイーナも無視することは出来ず、抵抗に専念する必要があるだろう。
カイーナは生まれつき最強の生命体であるが故に、能力の応用がない。
力任せに敵を惨殺した経験しかない為、搦め手に非常に弱いのだ。
使い手がジュデッカ本人でない為、抵抗することは出来るだろうが、その分他の行動が疎かになってしまうだろう。
それこそがヴェンデッタにとって勝機となる。
「だけど、オジサンだってそれを黙って見ている訳ないんだよねぇ」
ここでカイーナが殺されては面白くない。
だからこそルビカンテはカイーナを守るべく動き出す。
「あの塔、オジサンの炎で今度こそ燃やしちゃおうかなぁ!」
狙いは当然、魔道具『トッレ・ディ・バベル』
ついでに傍に居るグラッフィも焼き尽くせば、作戦は失敗だ。
「さて、それじゃあ………うん?」
昏い炎を解き放とうとしていたルビカンテは、思わず首を傾げた。
視界を塞ぐように、幾つものシャボン玉が浮かんでいた。
否、シャボン玉ではなく、それは球状になった水の塊。
この能力は…
「君が動くことは読んでいたよ」
「…アリキーノ。それに」
現れたのはアリキーノだけでは無かった。
その隣に立つのはチリアット、そしてビーチェだ。
「オレら三人が君の相手さ。ネロちゃん達の邪魔はさせないよ」
「………」
ルビカンテは無言でアリキーノ達三人の顔を見渡した。
「女子供だけで倒せると思われるなんて、オジサンも舐められたものだよねぇ!」
壮絶な笑みを浮かべたルビカンテの身体から昏い炎が噴き出す。
それに対し、アリキーノは周囲を埋め尽くす程の大量の水を生み出して対抗する。
水と炎。
かつて共にヴェンデッタだった者の戦いが始まった。




