第六十八話
「カイーナ…!」
「…やっと現れたか。待ちくたびれたぞ」
地上へと駆け付けたネロ達を見て、カイーナは退屈そうに呟いた。
身体に纏ったマントを揺らしながら、集まったヴェンデッタへ視線を向ける。
「前に会った時は挨拶も出来ずに悪かったな。寝起きで頭がぼんやりしていたんだ」
世間話でもするような気軽さでカイーナは言う。
前は目を合わせた途端に攻撃してきたにも関わらず、微塵も敵意を感じない。
「…それで? 今日は改めて挨拶でもしにきたって訳か?」
「それも悪くは無いが、今日は別件だ」
カイーナはそう言いながら、手の平をネロ達へ向けた。
「少し、食事に来ただけだ」
「ッ! 全員、伏せろ!」
ウェルギリウスが声を上げた瞬間、カイーナの右腕が動いた。
十分な距離が空いていたと言うのに、それを飛び越えてカイーナの一撃が振るわれる。
大気ごと切り裂くような斬撃を、ヴェンデッタの面々は身を屈めることで回避した。
「見えない斬撃…! それが奴の魔爪か…!」
ネロはカイーナを睨みながら叫ぶ。
ジュデッカもアンジェロも、今の攻撃で惨殺された。
見えず、一撃で敵を両断する能力。
それこそがカイーナの魔爪なのか。
「…魔爪、とは何だ?」
しかし、カイーナはネロの言葉に首を傾げた。
「…待て。ジュデッカの記憶にあるな。魔爪。魔素によって得た能力のことか」
額に手を当て、今まで喰らった悪魔の記憶を読み取るカイーナ。
そして冷めた目をネロ達へ向けた。
「魔爪など私にはない。敵を殺す為の能力など必要ない」
「魔爪が、ない…?」
「私にはこの爪がある。それで十分だ」
そう言ってカイーナは右手を振るった。
爪。
鋭く伸びたカイーナの爪が、大気を切り裂き、風の刃となって大地に爪痕を刻む。
「…そんな、馬鹿な」
あの攻撃は、何の能力でも無い。
ただ爪を振るっただけ。
カイーナが振るえばそれだけでも、魔王を殺す程の攻撃となるのだ。
「そもそも、私は『戦い』などしたことがない。この世に私の『敵』など無く、全てはこの爪を振るうだけで片が付く」
カイーナの右手がメキメキと音を立てて形を変える。
爪が鋭利さを増し、硬質化する。
「お前達も死ね」
「“銃”」
次の一撃が放たれるより先に、ネロの手の中に影の銃が出現した。
噴き出す火花と共に、弾丸が放たれる。
「銃など見飽きている。千年前の話だがな」
カイーナは爪を振るうことで全ての弾丸を弾き飛ばす。
「“棘”」
「…無駄だ」
頭上から降り注ぐ棘の嵐を見上げ、カイーナは片手を振り上げる。
嵐すら切り裂く一閃。
再び振るわれた爪の一振りで、棘は掻き消された。
「片手で…!」
「銃に棘か。魔爪とは、随分と多種多様なのだな」
カイーナは無傷の爪を見下ろし、そう呟く。
「しかし、そんな陳腐な小細工など私には必要ない。ただ一振りすれば良い。ただ一言告げれば良い」
「ッ…!」
「散れ」
振り上げられた右手が振り下ろされる。
魔王の爪が、獲物を切り裂こうと振るわれる。
「“鎖”」
「…む」
瞬間、カイーナの影から伸びた無数の鎖がカイーナの身体を拘束した。
肩と腕に絡みついた鎖に動きを封じられ、カイーナは爪を振るうことが出来ない。
「爪は、封じたぞ!」
カイーナの能力はシンプルだ。
魔爪を持たず、攻撃はただ爪を振るうだけ。
ならばそれを封じる方法もシンプル。
その腕さえ封じてしまえば、爪を振るうことは出来なくなる。
「…この程度で私を封じたつもりか?」
ギシギシ、と鎖が軋む。
爪を振るうことが出来ずとも、カイーナは身体能力も高い。
この程度の鎖なら、簡単に引き千切ることが出来る。
「そちらこそ、これで終わりだと思ったのか?」
「…何?」
鎖で拘束されたカイーナへとウェルギリウスが迫る。
その手に、純白の剣を握り締めて。
「断ち切れ『アイネイアース』」
カイーナの首を白刃が両断。
斬り飛ばされたカイーナの首が跡形も無く、霧散する。
「!」
しかし、その程度で魔王は死なない。
カイーナを拘束していた鎖が弾け飛び、頭部を失った胴体が暴れ出す。
振るわれる爪を躱しながら、ウェルギリウスはカイーナから距離を取った。
霧散したカイーナの頭部が集まり、元の形へと復元される。
「ハッ、もう首を切っても死なない程度では驚かないな」
ネロはカイーナを見て、呆れたように呟く。
今まで戦ってきた魔王達も、理不尽な程に高い不死性を持っていた。
今更、首を復元した程度では驚く筈も無い。
「“銃”」
それ故に、ネロは既に次の手を打っていた。
一度は防がれた攻撃だが、頭部を復元した直後なら防げない。
黒い弾丸が復元したばかりのカイーナの額を撃ち抜く。
「まだまだ!」
ネロは影の弾丸を連射する。
カイーナを蜂の巣にするように、その全身を無数の弾丸が貫いた。
「………」
全身に風穴を空けられたカイーナの身体が霧化し、傷跡が塞がっていく。
「…コレは」
再生では無かった。
生物の能力では無かった。
例えるなら、それは海。
どれだけ大きな穴を空けても、すぐに周りから海水が集まり、穴を塞いでしまう。
広大な海を殺すことなど、誰にも出来ない。
「全て、無意味」
黒い霧が集まり、カイーナの身体を作り上げる。
カイーナは生物ではない。
人間の形を真似ているだけの、魔素の集合体だ。
不老不死を体現した本物の魔王。
「我が血肉となれ、人間共」




