第六十六話
「何で私がこんなことを…」
マーレボルジェ東方『コキュートス』
ジュデッカの本拠地だった場所で、ミリオーネはブツブツと呟いていた。
「手を組むと言ったのは君の方だろう?」
愚痴りながら作業を進めるミリオーネを眺め、アリキーノは息を吐く。
「君一人だと危ないから、こうしてオレっちも来てるわけじゃないか」
一日経っているとは言え、カイーナがまだコキュートスに存在する可能性は十分にあった。
だから瞬間移動能力を持つミリオーネと、その護衛にアリキーノも一緒についてきていたのだ。
「…よりによって、何であなたなんですか!」
不機嫌な表情を隠そうともせず、ミリオーネはアリキーノを睨む。
アンテノーラの眷属だった頃に、彼とは色々あった。
別にアリキーノがミリオーネに何かをしたと言う訳では無く、むしろ色々やらかしたのはミリオーネの方なのだが、決して仲良くしたい相手ではない。
「仕方ないだろう。他の皆は忙しそうだったんだから」
「…はぁ。どうせならチリアットだったら良かったのに」
憂鬱そうにため息をつくミリオーネ。
「ああ、チリアットの笑った顔が見たい。癒されたい。侍らせたい…」
「………」
(…あとでチリアットに、ミリオーネには近付かないように言っておこう)
どう見てもソッチの気があるようにしか見えないミリオーネを見て、アリキーノはひそかに決心した。
アンテノーラの洗脳の後遺症か、元から素質はあったのか。
「…そっちの調子はどうだい? グラッフィ」
気を取り直して、アリキーノは別の作業をしていたグラッフィに声を掛けた。
「そう簡単に上手くいくかよォ! 俺は壊すのは得意だが、細かい作業は大嫌いなんだ!」
作業の手を止め、グラッフィは苛立ちながら叫ぶ。
「たっく、ウェルギリウスの奴も毎回毎回、無茶苦茶な作戦を立てやがるよなァ」
「でも、それが毎回上手くいくじゃないか」
「…だからムカつくんだよォ」
グラッフィは悔し気に舌打ちをする。
そもそも自分だけの力で魔王を倒す為にヴェンデッタを抜けた筈なのに、結局油断したせいで重傷を負い、おまけにカイーナに獲物を殺されてしまった。
「チッ…」
ウェルギリウスはグラッフィの脱走など無かったかのように、再びヴェンデッタに迎え入れた。
と言うより、カイーナを倒す為に使える者は誰でも使う気なのだろう。
ミリオーネが言ったように、カイーナと戦う為には仲間割れなどしている余裕は無い。
それはグラッフィも理解しているから、こうして文句を言いながらも協力しているのだ。
「…つーか、本当にコレが役に立つのかァ?」
グラッフィは不審そうに、それを見上げた。
このコキュートスに在る巨大な塔。
ジュデッカの最高傑作である魔道具。
『トッレ・ディ・バベル』を。
「ヒューッ、痺れるねぇ」
同じ頃、ルビカンテは愉し気に口笛を鳴らしていた。
目の前に広がるのは無数の死体。
カイーナによって虐殺された悪魔達だ。
「彼らは魔王の元眷属。決して雑魚ではない筈だけど…」
無残な遺体を眺めつつルビカンテは言う。
トロメーアやアンテノーラの眷属の内、ヴェンデッタに加わらなかった者達。
魔王から解放され、自由に生きていた彼らの人生は、本当の魔王に遭遇したことで終わりを迎えた。
元とは言え、魔王の眷属。
数を揃えれば、十分な脅威となる筈だった。
「まさか、一撃とはねぇ」
戦いにすらならなかった。
カイーナの爪の一振りで、全ての悪魔は惨殺された。
アンジェロを皆殺しにした時と同じ。
悪魔がどれだけ集まろうと、カイーナの敵ですらない。
「それで? 調子は取り戻せたのかな?」
「………」
ルビカンテの言葉には答えず、カイーナの己の手を見つめる。
数百年の眠りで鈍った肉体を元に戻す。
この虐殺はカイーナにとって準備運動のような物だった。
「…ふう」
カイーナは小さく息を吐いて軽く手を振るった。
瞬間、地割れのように大地が大きく裂ける。
「…駄目だな」
大地に刻んだ自身の爪痕を見て、カイーナは呟く。
災害の如き現象を起こしながらも、どこか不満そうに。
「本調子には程遠い」
「えー本当に? オジサン、ちょっと信じらんないなぁ」
「…見ろ」
そう言ってカイーナは自身の右手を見せた。
細く白いカイーナの腕は、僅かに亀裂が走り、皮膚の一部が黒い霧となっていた。
「ほんの少し暴れただけで、このざまだ。このまま放っておけば自壊するのも時間の問題だろう」
「なるほどねぇ。強過ぎるってのも良いことばかりじゃないんだねぇ」
強過ぎる己の力に肉体の方が耐えられない。
それは確かに問題だ。
「存在を補強する必要がある」
「…つまり、もっと多くの悪魔を喰うってことかい?」
「そうなるな。肉体が安定するまで一体どれだけの知性体が必要になるから分からん」
「いっそのこと悪魔も絶滅させる? 人間を滅ぼした時みたいにさぁ?」
「………」
カイーナは首を傾げながらルビカンテを見た。
「…お前は、不思議な男だな。私が同族を殺すことを何とも思わないのか?」
興味深そうにカイーナは呟く。
カイーナは人間では無いが、人間と言う生き物についてはよく知っている。
かつて世界を滅ぼした際も、多くの人間を殺した。
人間は家族だの、恋人だの、と同族と繋がりを持つことを好み、それを失うことを恐れる生き物だと思っていた。
この地表から自分とカイーナ以外の全てが失われるとしても、何も思わないのだろうか。
「俺はただ、悪魔らしく生きて、悪魔らしく死にたいだけさ。俺達は『悪』なんだ。派手で惨たらしい最期こそ望むところだよ」
獰猛な笑みを浮かべてルビカンテは言った。
「まあ、もし全部殺し尽くしてこの世が俺とアンタだけになったなら、その時は俺のことも殺してくれよ」
「………」
「出来るだけ苦しめて、殺してくれ」
誰よりも悪魔らしい笑みで、ルビカンテは嗤った。




