第六十五話
「ネロ。ここに居たの」
「…ん? ビーチェか」
ウェルギリウスの告白の翌日。
アジトの自室でゆっくりしていたネロは、部屋へやってきたビーチェに首を傾げた。
「皆がカイーナとの戦いの準備を進める中、サボりとは感心しないわね」
「適材適所ってやつだよ。俺は戦いはそれなりに得意だけど、細かい作業は苦手でね」
ひらひらと手を振りながらネロは言う。
言い訳に聞こえるが、それは事実だろう。
戦いが得意、と言うよりはネロは戦いしか知らない。
生みの親であるビーチェがネロに求めたのは敵を倒す強さのみ。
だからその存在理由から外れるとネロは非常に疎い。
「…はぁ」
深いため息をつき、ビーチェは部屋に置かれた椅子に座り込んだ。
「どうした?」
「…いつになったら、戦いは終わるのかしら」
疲労を顔に浮かべながらビーチェは言う。
「トロメーアを倒し、アンテノーラを倒し、ジュデッカを倒せば終わりかと思ったら、いきなりまた別の魔王が現れるなんて…」
思えば、アンテノーラ以降は戦い続きだった。
アンテノーラに勝利したことに喜ぶ暇もなく、裏で暗躍していたジュデッカにビーチェは誘拐され、そして今度はカイーナが現れた。
どれだけ敵を倒しても、新たな敵が次々と現れる。
この戦いに終わりは来るのだろうか。
そもそも、悪魔の世界に平和など本当に存在するのだろうか。
「…私達、元は人間だったのよね?」
ビーチェの両親は悪魔だ。
その両親の親も、また生まれながらの悪魔だろう。
だが、全ての悪魔の祖先に遡れば、それは人間だった筈だ。
かつてこの世界は人間の世界だった。
「千年前は、この世界も平和だったのかしらね」
「…さあね。俺はまだ生まれて間もない赤子だから、想像すら出来ないよ」
ネロは苦笑を浮かべて言った。
一年も生きていないネロにとって、千年前のことなど分かる筈も無い。
「何ならウェルギリウスにでも聞けばいい。彼は千年以上生きているらしいからね」
「ウェルギリウス、か」
その名前を呼び、ビーチェは難しい顔をした。
ずっと秘めていた真実を告げたヴェンデッタのリーダー。
「彼は千年間、魔王を倒す為に戦い続けてきたのよね」
四大魔王が世界を支配してから、幾度となく現れた魔王に対抗する勢力。
恐らく、その全てがウェルギリウスによるものだったのだろう。
何度敗北しても、決して諦めず、ウェルギリウスは機会を待った。
そして今、過去最高のヴェンデッタによって悲願が成されようとしている。
「…勝てると思う?」
「………」
言葉には出さなかったが、誰のことか分かり切っていた。
魔王カイーナ。
生まれから人間では無い、本当の悪魔。
ほんの僅かしか見ていないが、一瞬でジュデッカを殺傷した力は異常だ。
アンジェロを一蹴した時も、カイーナが何をしたのかさえ分からなかった。
「奴は、確実に俺より強いだろう」
ネロはしばらく黙った後、そう告げる。
「それでも。君が望むなら、俺は勝つ」
ゆらり、とネロの体が僅かに揺らぐ。
その存在は、常にビーチェの理想そのものだ。
ネロはビーチェの想いから生まれた。
理論上、その力に限りは無いのだ。
「俺の勝利を信じてくれ、ビーチェ。それが、何よりも俺の力になる」
ご都合主義の奇跡のように。
御伽噺の魔法のように。
信じる想いこそが、そのままネロの力となるのだ。
「…分かったわ」
深く頷き、ビーチェはネロの手を取った。
「何が起ころうと、私は諦めない。あなたを信じ続けると誓うわ」
悪魔では有り得ない想い。
善が失われた世界で起こる筈の無い心。
二人の間にあるそれは…
かつて『絆』と呼ばれた物だった。




