第六十四話
「最初に悪魔となった人間…?」
ネロはウェルギリウスの言葉を繰り返す。
他の魔王と同じように、カイーナの力によって悪魔化した元人間。
それは、ウェルギリウスが千年以上前から生きていることを意味する。
「つまり、五人目の魔王ってこと?」
「…違う。俺は魔王ではない」
険しい表情を浮かべてウェルギリウスはビーチェの言葉を否定した。
「トロメーア、アンテノーラ、ジュデッカの三人は魔素によって特に強い力を得た悪魔だ」
個々の境遇に共通点など殆ど無い。
しかし、彼らには悪魔になる素質があった。
強大な力を得た三人はカイーナの目に留まり、四大魔王に選ばれることになった。
「魔素に適応できたのは魔王だけじゃない。一部の人間が魔素を取り込み、最初の悪魔となった」
「………」
「…俺は奴らほど強い力を得られなかった。だから、四大魔王が世界を蹂躙する間、ただ逃げ惑うことしか出来なかった」
ずっとそうだった。
人類が滅び、世界が破壊された後も。
ウェルギリウスは魔王の目から逃れ、ただ一人で生きてきた。
千年以上も。
「…俺は奴らを殺す為に力を蓄えた。トロメーアを、アンテノーラを、ジュデッカを………そして、カイーナを殺す為に」
千年の歳月はウェルギリウスに力を与えた。
魔王達が堕落している間に研ぎ澄まされた刃は、今や魔王に匹敵する程だ。
「お前が四大魔王に詳しかったのは、その為か」
「その通りだ。千年前のあの日から、俺の復讐は続いている」
それは紛れもないウェルギリウスの本心だった。
冷徹な表情の下に隠した感情。
この世の誰よりも強い憎悪。
「あと少し。あと少しなんだ…どうか手を貸してくれ」
ウェルギリウスはそう言って皆に頭を下げた。
四大魔王も残りはあと一人。
最強最後の魔王を倒す為、力を貸してほしいと。
「言われずとも、最初からそのつもりだ」
ネロは笑みを浮かべてそう告げる。
ビーチェも、アリキーノも、この場で居る者達の中で異論を口にする者は一人も居なかった。
「だけど、アレをどうやって倒すの? 何だか私達とも他の魔王とも、根本的に違う生物のような雰囲気だったけど」
「…カイーナの強さは、千年前に嫌と言うほど思い知らされた」
ビーチェの言葉にウェルギリウスは苦い表情を浮かべた。
「人間の科学兵器も、神の恩寵も、何一つ通用しなかった。奴にはどんな攻撃も意味を成さない」
「どんな攻撃も…?」
「そんな筈はないだろう。悪魔である限り、心臓と脳を潰せば死ぬ筈だ」
不死身に見えた他の魔王も弱点はあった。
様々な能力で身を守ってはいたが、本体を攻撃されれば例外なく死に絶えた。
カイーナとて同じ筈だ。
「奴は形を持った魔素そのものだ。流れる水のような物。水は斬ることも壊すことも出来ないだろう?」
「それは…」
「形が俺達と同じに見えるのは、ただ奴が人を捕食してその形を記憶しているだけだ。脳も心臓も見せ掛けだけで、重要な器官と言う訳でも無い」
悪魔となっても、人の名残は存在する。
心臓と脳が重要な器官であるのは、人間だった時代の名残だ。
だが、カイーナにその常識は通用しない。
そもそもカイーナは人から悪魔になったのではなく、悪魔が人を真似ているだけなのだ。
カイーナの本質は魔素そのもの。
人のような弱点など無い。
「じゃあ、どうやって倒すんだ?」
魔素を操る自分達が、どうやって魔素そのものであるカイーナを倒すのか。
自分達の扱う力の根源とも言えるカイーナを。
「…方法は、ある」
ウェルギリウスはそう言って自身の持つ剣を見下ろした。
「…あ。まさか」
「そうだ。俺の剣は、奴を殺す為に在る」
魔爪を、魔素を殺す純白の剣。
この刃ならば、届く筈だ。
肉体が魔素そのものであるカイーナを、殺すことが出来る。
「だが、俺一人では不可能。だから…」
ウェルギリウスはもう一度、皆の顔を見渡した。
「改めて言うぞ。手を貸してくれ」




