第六十二話
「カイーナ…! どうして、あなたが…!」
(…カイーナだと?)
ジュデッカの言葉に、ネロは青髪の女に目を向ける。
どこか異質な雰囲気を持つこの女を、ジュデッカはカイーナと呼んだ。
カイーナとは四大魔王の最後の一人。
既に死んだと言われていた謎の魔王だ。
「あなたは何百年も前に、私達の手で…!」
「全く酷いことするよねぇ。三人の魔王で寄ってたかってレディをイジメて、永遠に目覚めないように心まで縛っちゃうなんて」
口を開かないカイーナの代わりに、悪意に満ちた笑みを浮かべながらルビカンテは言う。
「オジサンこう見えてもフェミニストだからさぁ、つい助けちゃった訳」
「…そんなことは有り得ない。私は全能力を使ってカイーナを封印しました。あの封印を解くことなど不可能な筈!」
ジュデッカはカイーナのことを何よりも恐れていた。
世界を滅ぼした真の魔王。
他の魔王と力を合わせても殺すことなど出来なかった。
だからこそ、絶対に目を覚まさないようにその心を縛った。
他者の精神に干渉する能力を使い、カイーナを封印したのだ。
その封印を破ることなど、ジュデッカ自身にも出来ない。
「ジュデッカ。頭がお利口過ぎるのがアンタの欠点だよ」
「何だと?」
「眠り姫の呪いを解くのに、難しい知識なんて必要ないんだよ」
ニヤリ、とルビカンテは嗤った。
「殺せばいいのさ。眠り姫の体を燃やし、何もかも焼き尽くしてしまえば良いのさぁ!」
「な…!」
あまりにも狂った言葉にジュデッカは絶句する。
だが、同時に納得もしてしまった。
ジュデッカの仕掛けた能力ごとカイーナの体を焼き尽くす。
肉体が死ねば、確かに封印は解除される。
当然ながら、死んでしまえば封印を解いても無意味だが、相手はカイーナだ。
三人の魔王が手を組んでも殺すことが出来なかった正真正銘の化物。
肉体を焼き尽くした程度で完全に死ぬ筈がない。
「そんな、馬鹿な…!」
「…ジュデッカ」
長い髪が揺らぎ、カイーナの目がジュデッカを射抜く。
髪の中から覗くその眼は白黒反転しており、白目が黒く、瞳孔が白かった。
「死ね」
それは一瞬の出来事だった。
カイーナの長い髪が僅かに揺れた次の瞬間には、ジュデッカの胴から上が消失していた。
「―――」
獣に食い千切られたようなジュデッカの胴体がボロボロと崩れ、消滅する。
断末魔を残すことすら許されず、ジュデッカは死滅した。
「…ふむ。コレで少しはマシに、なったか?」
グチャグチャ、と肉を噛み千切るような音を立てながらカイーナは呟く。
喰っている。
同じ悪魔を、捕食したのだ。
「「「『パラディーソ』」」」
その時、主人の死に防衛機能が働いたのか全てのアンジェロがカイーナへ突撃した。
手にした白銀の槍を構え、カイーナに突き立てようと襲い掛かる。
「………」
迫る無数の槍に対し、カイーナは右手を軽く振るった。
それだけだった。
それだけで、全てのアンジェロは体の大半を抉り取られ、墜落した。
「…まだ、だな。思考が…霞む。長年の空腹を満たすには、不足のようだ」
一瞬でアンジェロを全滅させたカイーナの目がネロ達を見た。
ぞくり、とネロ達の背に悪寒が走る。
まるで、蛇に睨まれた蛙のような。
絶対的な捕食者を前にしたような気分だった。
(…何なんだ、コイツは…?)
ネロは自身の足が震えていることに気付いた。
ビーチェの為なら死すら恐れない筈の自分が、目の前の存在を恐れている。
強いとか弱いではない。
もっと根源的な感情。
本能で理解する天敵。
自分達は、目の前の存在から生まれたのだと。
「捕食する」
カイーナの右手が揺らぐ。
正体不明の攻撃が来る。
それを理解しながらも、ネロ達はどうすることも出来ない。
…その時だった。
「魔爪『アーペ』」
ネロ達の立っている地面に、蜂のようなマークが浮かび上がった。
(コレは…!)
それはカイーナの攻撃が蹂躙するよりも速く、ネロ達の体を光で包み込む。
光はネロ達の体を消し去り、どこか別の場所へと転送する。
「………」
「あらら…」
光が消えた時、そこにはカイーナとルビカンテ以外の姿は無かった。




