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悪の嚢  作者: 髪槍夜昼
第三圏 ジュデッカ
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第五十八話


大地が揺れる。


古びた研究所が崩壊し、中から巨大な建物が出現する。


「アレは…?」


それは、無数の文字が刻まれた巨大な塔だった。


木でも石でも無い素材で作られた機械的な塔だ。


「『トッレ・ディ・バベル』…それが私の魔爪であり、この塔の名です」


天を突く程の巨大な塔を見上げながら、ジュデッカは言う。


「かつて、世界が一つだった時代に作られた塔と同じ名前を付けました。この塔の再建が、再び世界を一つにすることを願って」


「世界を、一つにするだと…?」


「………」


ジュデッカは塔から視線を外し、ネロ達を見つめた。


「あなた達は歴史に興味がありますか?」


「…何の話だ?」


「歴史ですよ。世界の歴史。悪魔の歴史。何故、悪魔は生まれたのか? 何故、人間が滅んだのか? 気になったことはありませんか?」


ジュデッカはヴェンデッタの面々をゆっくりと見渡した。


彼らは皆、困惑した表情を浮かべているだけだった。


それを見て、ジュデッカは深いため息をつく。


「そう、あなた方は歴史になど興味を持たない。あなた方にとって世界とは己だけだから。己に関係ない存在など、興味がない」


呆れたように、ジュデッカは告げる。


ネロ達を見つめる眼には、隠し切れない侮蔑が宿っていた。


「…まさか、悪魔は魔界からやってきたなんて戯言、本気で信じていたのですか?」


悪魔の起源を知る者は少ない。


ジュデッカの言うように、悪魔には刹那的な性格の者が多く、歴史を調べようとする者など一人も居なかったからだ。


悪魔達が知るのは、千年前に四大魔王が人類を滅ぼしたこと。


人間を一人残らず殺し尽くし、この世界を支配したこと。


当時のことを知る者は魔王のみであり、他の悪魔達は眷属であっても詳しい事情を知らない。


悪魔はどこから現れたのか。


千年前、本当は何があったのか。


「…始まりはこの世に一つの『異物』が出現したことでした」


「………」


「それは穢れを生み、段々と世界を蝕んでいった。自然は枯れ、建物は崩れ、人は…悪魔となった(・・・・・・)


「何だと…?」


「悪魔は異界から現れたのではありません。魔素に蝕まれた人間の成れの果てが、悪魔なんですよ」


ジュデッカは今まで四大魔王が隠していた真実を語る。


悪魔とは、全て元は人間だった。


世界を魔素が覆い尽くした時、汚染された人間は悪魔と化した。


それに耐えきれなかった人間達は死に絶え、結果的にこの世には悪魔だけが残った。


「分かりますか? あなた方は成り立ちからして、歪んでいるんですよ。穢れているからこそ、欲望を抑えられない。生物として根本から間違っている」


「…だからそれを正したのか? その結果があの人形か?」


言葉に違和感を持ち、ネロはそれを指摘する。


悪魔の正体についてはネロも少なからず驚いたが、そもそもネロは悪魔ではない。


その真実よりも、目の前に立つ敵に関心を向けていた。


「アンジェロは手始めに過ぎません。私の計画はこれから始まります」


バチバチ、と音を立てて聳え立つ塔が紫電を纏う。


大気中の魔素が吸い寄せられていき、それが塔のエネルギーへ変換されているようだった。


「…何をする気だ?」


「言ったでしょう? 世界を一つにするのですよ」


そう言ってジュデッカは邪悪な笑みを浮かべた。


「足並みを揃えず、些細なことで争い、殺し合う。協調と言う言葉を知らない。お前達を見ていると私はいつも苛々した…!」


まるで整然とされていない本棚のように。


グチャグチャで、バラバラで、見るに堪えない。


それが欲望、自由意志と言うのなら、そんな物は必要ない。


「私の能力で全ての悪魔から心を奪い、無垢な天使へと変える」


それは自由なき平穏。


自我も無く、意思も無く、ただ生き続けるだけの人形。


欲望など無いのだから、争いが起きる筈も無い。


完全なる平和だ。地獄の如く。


「…出来る筈がない。例え魔王と言えど、その能力には限界がある」


ウェルギリウスはジュデッカの妄言を否定する。


どれだけ優れた能力を持っていようと、ジュデッカも一人の悪魔に過ぎない。


この世の全ての悪魔を支配することなど不可能だ。


「言った筈ですよ。全ての準備が整った、と」


誰よりも狡猾な魔王は薄ら笑みを浮かべた。


「私が何の為に大量の魔道具を用意したと思いますか?」


「…まさか」


ウェルギリウスは周囲に視線を向ける。


ヴェンデッタの面々が所有する魔道具。


ジュデッカから盗み出したそれが、薄っすらと光を放っていた。


「各地に散らばった魔道具を媒介に、私の『トッレ・ディ・バベル』は世界中に広がる」


(これは、マズイ…!)


ジュデッカの背後に佇む塔が光を放つ。


塔の先端から放たれた無数の光が、個々の魔道具へと伸びている。


「何も望まず、何も傷付けず、ただ植物のように緩慢に生きろ」


共鳴するように、魔道具の光が強くなっていく。


眩い光を見ている内に、段々とネロ達の意識が霞んでいく。


世界が光に包まれ、生まれ変わる。


「魔爪『バレーノ』」


瞬間、雷鳴が轟き、塔から放たれる光が途絶えた。


光に呑まれようとしていたネロ達の意識が戻り、慌てて前に視線を向けた。


「かははははははは! 俺様参上ォ!」


「グラッフィ…か?」


予想外の者を見て、ネロは困惑したように呟く。


何が起こったのか分からない、と言った顔のネロにグラッフィは愉し気に笑う。


「…電磁波ですか。私の計画を妨害しているのはあなたですね?」


「その通り! あの塔はお前の作った魔道具だろう? 人間の機械を真似て作った物なら、俺の能力で妨害できると思ってなァ!」


バチバチと手の平から電気を放ちながらグラッフィは告げる。


「お前の話が長くて助かったぜェ。その間に色々と仕込むことが出来たからなァ!」


「………」


ジュデッカの能力の正体は、特殊な電磁波による他者の洗脳。


塔は電磁波を増幅し、世界に発信する為の電波塔。


魔道具はその受信機だ。


そして、電気を操ると言う意味ではジュデッカとグラッフィの能力は同系統だ。


グラッフィの放つ電磁波がジュデッカの能力に干渉し、妨害しているのだ。


「ただの悪足掻きですね。あなたを殺せば済むだけの話…」


「それは、そちらも同じだろう?」


「ッ!」


ジュデッカは舌打ちをしながら、急いで首を下げる。


直後、ジュデッカの首があった位置を純白の剣が通り抜けた。


「お前さえ殺せば、その塔も止まる。それだけの話だ」


「魔王を倒せば全て解決。シンプルで分かり易いな」


ウェルギリウスとネロは共に立ちながら、ジュデッカを見つめる。


塔の動きが止まった今なら、十全に戦うことが出来る。


逆に、塔の方に力を割いているジュデッカは十全に戦うことが出来ない。


魔王が相手でも、勝機はある。

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