第五十三話
「ジュデッカの本拠地が判明した」
ウェルギリウスは集まったヴェンデッタの面々に告げた。
「マーレボルジェ東方『コキュートス』に奴は居る」
「…やっぱり、そこか」
アリキーノは納得したように頷く。
かつてルビカンテをスパイとして送り込んだ場所もそこだった。
今となってはその情報も信用できないが、ウェルギリウスの調査で裏付けは取れた。
ジュデッカは今もコキュートスに居る。
ならばビーチェもそこに居る筈だ。
「…ビーチェの身が心配だ。すぐに向かおう」
「そのつもりだ。皆、準備は良いな?」
ウェルギリウスの言葉にその場に居る全ての者が頷いた。
準備は万端、闘志も十分だ。
「情報が確かなら、ジュデッカは最後の魔王。奴を倒せば、四大魔王は完全に滅びる」
それはヴェンデッタの悲願だ。
ビーチェを救うこともそうだが、ジュデッカの打倒もヴェンデッタの目的。
「この戦いが終われば、俺達は真の自由を得る。これが最後の戦いだ」
「「「応ッ!」」」
各々の武器を振り上げながら、ヴェンデッタの皆が叫ぶ。
ウェルギリウスのカリスマに率いられ、彼らはここまで来た。
四大魔王の打倒と言う不可能としか思えない目的を掲げ、走り続けた。
あと少しなのだ。
全ての魔王を倒し、自由を手に入れる時は。
「…相変わらず、人気者だな。ウェルギリウス」
熱狂する者達を見ながらネロは呟いた。
アンテノーラのように洗脳した訳でも無いのに、ここまで他者を魅了している。
魔王とは違うが、王の資質がウェルギリウスにもあるのかもしれない。
「皆の為にリーダーを続けるのは、辛くはないのか?」
「…辛くはないな。皆の為でも無い。俺は俺の為に、ヴェンデッタの結成しただけだ」
ウェルギリウスは表情を変えずにそう告げた。
ヴェンデッタの皆はウェルギリウスをリーダーとして頼っているが、ウェルギリウスもまた自身の為に彼らを利用しているのだ。
「自分の為だ、全て。俺もアイツらも。悪魔とはそう言うものだろう?」
「………」
「…お前は違ったな。ビーチェの為に戦っているのだった」
どこか複雑そうにウェルギリウスはネロの顔を見た。
「…その忠誠は、何があっても揺るがないのか?」
「当たり前だろう? 何を言っているんだ?」
質問の意味が分からず、ネロは首を傾げる。
例えどんなことがあっても、ネロがビーチェの為に生きることに変わりはない。
どれだけ異質だと、異常だと言われようと、絶対に。
「裏切られたとしてもか?」
「…裏切り? ビーチェが、俺を?」
ネロは目を丸くした。
それこそ、有り得ない話だ。
ビーチェがネロを裏切ることなど有り得ない。
ネロはそう信じている。
「…忘れてくれ、無駄なことを聞いたようだ」
そう言って、ウェルギリウスは強引に会話を打ち切った。
マーレボルジェ東方『コキュートス』
真っ白な雪と氷に覆われた土地に存在する人工物。
旧時代から存在するコンクリートで出来たそれは、かつて研究施設と呼ばれた物。
極寒の土地にぽつんと存在するそれこそが、魔王ジュデッカの本拠地だった。
「挨拶が遅れて、すみませんね」
研究所の一室。
ビーチェが監禁されている部屋に、魔王ジュデッカは姿を現した。
(…ジュデッカ。この男が)
ビーチェは警戒した目でジュデッカを睨む。
擦り切れた白衣を纏った男。
黒縁眼鏡をかけ、顔立ちは平凡だが落ち着いて見える。
首からは旧時代の物であるロザリオを下げていた。
正直、他の魔王に比べて地味な印象を受ける男だった。
「私はジュデッカ。今では最後の魔王となりましたが」
「…白々しい。ヴェンデッタを利用して他の魔王を殺しておいて」
「私はあなた方が目的を果たすことを支援しただけですよ。あなた方は好きでしょう? 利害の一致と言うやつが」
傲慢な性格が多い魔王にしては、丁寧な口調だった。
相手が遥かに格下の悪魔であっても、露骨に見下してはいない。
口元には微笑を浮かべ、愛想も良く見えた。
「どうして私を誘拐したの?」
「誘拐自体はルビカンテの独断ですが、用が無いと言えば嘘になりますね」
「…ルビカンテはあなたが私の能力に興味を持っていると言っていたけど、何の冗談?」
「冗談? 私は冗談など言っていませんよ」
「じゃあ、悪ふざけね。魔王が私なんかの能力に何の興味があると言うの?」
ビーチェは冷めた目でジュデッカを見た。
ルビカンテから聞いてはいたが、とても信じられなかった。
ビーチェの能力が弱いことはビーチェ自身が誰よりも知っている。
ヴェンデッタに入り、魔王と戦ってきたが、ビーチェは弱いままだ。
ネロやウェルギリウスに劣等感を抱いたことも一度や二度ではなかった。
「ふむぅ。これはまさか…」
ビーチェの言葉を聞き、ジュデッカは小さく唸った。
「…少し『検証』してみましょうか」
一人納得すると、ジュデッカは指を鳴らす。
すると、空間から滲み出るように、アンジェロが姿を現した。
「アンジェロ」
「肯定。マスター」
名を呼ばれたアンジェロが動き出す。
その背から天使のような純白の翼が生える。
「汝の罪は疑心と未練。我が光は禁忌に触れし者を浄化する」
陶器のような唇が淡々と言葉を紡ぐ。
それと同時に、アンジェロの手の中に光り輝く白銀の槍が出現した。
その光景に驚くビーチェを余所に、アンジェロは手にした槍を振るった。
「な、何を…!」
慌てて飛び退くビーチェが居た場所に槍が突き立てられる。
貫かれた椅子がボロボロと崩れ、塩の山となった。
(貫いたものを、塩に変える槍…!)
槍の能力を見抜き、ビーチェは戦慄する。
回避が遅れていれば、今の一撃だけでビーチェは絶命していた。
再生能力を持つ悪魔に対しては、天敵と言える能力だ。
「魔爪『ベスティア』」
だが、ビーチェだってむざむざ殺されるつもりはない。
己の影を一匹の狼を作り出し、アンジェロへと放つ。
「否定。無駄です」
飛び掛かる狼に対し、アンジェロは無感動に槍を振るった。
影の狼が槍に貫かれ、その体が塩の塊へと変わっていく。
「『ベスティア』」
ビーチェは再び能力を発動する。
影より新たな獣を生み出す。
しかしそれは、ビーチェの影からでは無かった。
「行け!」
狼の影。
影より生み出された狼の影から、新たな獣が生み出される。
ビーチェの影を警戒していたアンジェロの不意を打つように、アンジェロの足下から狼の牙が迫った。
「…ふむ。中々、己の能力を使いこなしていますね」
狼に足を噛まれ、倒れ伏すアンジェロを見下ろしながらジュデッカは感心したように呟く。
足を負傷して血を流すアンジェロのことは微塵も心配していないようだった。
「ですが、アンジェロが一体だけとは言っていませんよ?」
「…何?」
瞬間、ビーチェの背後から複数の気配がした。
振り返るよりも先にその体が抑え付けられる。
「…何なの、こいつらは?」
床に顔を付けたまま、横目で背後を見たビーチェは思わず呟いた。
ビーチェの背を抑える数人の男女。
その全てがアンジェロにそっくりだった。
陶器のように純白の髪と肌。
同じ白銀の槍を持ち、天使のような翼が生えている。
顔立ちに多少の個人差はあるが、浮かべている表情は全て人形のように無表情だった。
「彼女達は天使。悪魔の業から解放された者達ですよ」




