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悪の嚢  作者: 髪槍夜昼
第三圏 ジュデッカ
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第五十二話


「………」


ビーチェは病的な程に白い部屋に閉じ込められていた。


ルビカンテが出ていった扉はあるが、何故かビーチェが触れてもびくともしない。


何らかの魔爪か魔道具が使われているのか、あの扉はビーチェには開けられないようだ。


ルビカンテ曰く、この場所は魔王ジュデッカの領地らしいので不思議ではない。


(ジュデッカ…)


その魔王についてビーチェは殆ど何も知らない。


有名なのは魔道具の発明者だと言うことくらいだ。


個々の能力である魔爪とは異なり、魔道具は誰が使っても同じ効果を発揮する。


非常に便利な道具であるので、他の魔王も少なからず所有していた。


ヴェンデッタがアンテノーラへ仕掛けた際にも、透明化の魔道具が使われていた。


(…アレは確か、ルビカンテがジュデッカの所から盗んできたんだっけ?)


ルビカンテがジュデッカの眷属だと言うのなら、魔道具はジュデッカ自身がヴェンデッタに流していたのだろう。


ヴェンデッタに他の魔王を倒させる為に。


(そこまでして他の魔王を排除したかった理由は何…?)


四大魔王は皆、仲が良いとは言えない。


欲望に忠実な悪魔の王である彼らは、互いに嫌悪し合っていた。


アンテノーラがそうだったように、他の魔王も機会があれば同じことをしただろう。


(でも、ただ魔道具を作ることが趣味な魔王が、そんなに他の魔王を気にするのかしら?)


ジュデッカの魔道具は他の魔王も有用であると考えていた。


彼が趣味に没頭することを邪魔するとは思えない。


それとも、何かジュデッカには別の目的があったのだろうか?


他の魔王が決して無視できないような何かが…


「!」


その時、思考に耽っていたビーチェは扉の開く音を聞いた。


ビーチェが触れてもびくともしなかった扉を簡単に開き、中へ入ってきたのは一人の少女。


「―――」


それは、純白の少女だった。


髪も肌も、眼球さえも陶器のように白一色で黒目すらない。


彫刻染みた顔には一切の感情が無く、人形のようだった。


染み一つ無い作り物染みた手には、トレーが握られていた。


「…食べ物?」


肯定スィ。食事をお持ちしました」


真っ白な唇が動き、少女は機械的に告げた。


トレーの上には幾つかの食事が並べられている。


質素だが、ビーチェが普段食べている物に比べればかなりマシな方だろう。


「…あなたもジュデッカの眷属なの?」


肯定スィ。私はアンジェロです」


(アンジェロ…? 男みたいな名前ね)


目の前の少女には似付かわしくない名前にビーチェは首を傾げる。


まあ、世の中にはいろんな者がいるのだから女に男の名前を付ける者もいるだろう。


そう自分を納得させ、ビーチェはじろじろとアンジェロの姿を眺める。


「………」


慣れた手つきで食事をテーブルに並べると、アンジェロは無言になった。


瞬きすらせず直立不動を保つ姿は、よく出来た彫刻にしか見えない。


「…あのさ。アンジェロはジュデッカの眷属なのよね?」


肯定スィ。その通りです」


「ジュデッカの眷属は他にどんな悪魔がいるの?」


少しでも情報を得ようとビーチェは訊ねた。


今の所、ジュデッカの眷属はルビカンテとアンジェロのみ。


魔王の眷属がこの二人だけと言うのは有り得ないので、他の眷属の情報も得ておきたい。


否定。魔王ジュデッカの眷属はアンジェロです」


「…? それはもう聞いたわよ。私が言っているのはアンジェロ以外の眷属を…」


否定。魔王ジュデッカの眷属はアンジェロです」


壊れた機械のように同じ言葉を繰り返すアンジェロ。


言葉は淡々としており、相変わらず感情が込められていない。


「…はぁ」


ビーチェは思わずため息をついた。


こちらを馬鹿にしているようには見えないが、本当のことを話す気も無いらしい。


冷静に考えれば、魔王の眷属が魔王に不利なことを話す筈も無いだろう。


この少女から情報を得ることを諦め、ビーチェはテーブルの食事に手を付けるのだった。








「アンテノーラを倒したばっかりだってのに、次はもうジュデッカか……退屈しねェな」


作戦会議が終わった後、グラッフィは一人でアジト内を歩いていた。


現在はウェルギリウスの指示でジュデッカの住処を調べている所であり、グラッフィに出来ることは何も無い。


故に忙しく走り回る者達を眺めながら、グラッフィは自分に与えられた部屋へと戻ってきた。


「………」


軽く周囲を見渡し、辺りに誰も居ないことを確認してから扉を開ける。


「よォ。気分はどうだァ?」


「…最悪、ですよ」


部屋の隅に座り込んでいた女は言った。


黒と黄色の縞模様の服を着た女。


デフォルメされた蜜蜂の仮面を握り締めたその女は、ミリオーネだった。


アンテノーラの眷属。


チリアットを洗脳して誘拐した張本人であり、ヴェンデッタとアンテノーラの戦争の発端となった女だ。


アリキーノにチリアットの洗脳を解かれた後は行方不明となっていたが、何故かグラッフィの部屋に匿われていた。


「少しは俺に感謝しろよなァ。アンテノーラの暴走でゴタゴタしていた時にお前を見つけて、ここまで拾ってきたのは俺なんだぜ?」


「…アンテノーラ、様」


暗い表情を浮かべたミリオーネの口がかつての主君の名を呼ぶ。


しかし、以前のような熱はなく、その顔には絶望が浮かんでいた。


「…アンテ、ノーラ。私も…あの女に…洗脳されていた…騙されていた、全て」


そう、アンテノーラが死んだことでミリオーネは気付いてしまったのだ。


アリキーノの推測は正しかった。


ミリオーネもまた、アンテノーラの能力で洗脳された眷属だった。


「私は、私はどうすればいいの…? 信じていた者に騙されて、自分の心さえも偽物で、私はこれから何を信じて生きればいいのですか…?」


「………」


錯乱するミリオーネをグラッフィは無言で見つめる。


主君は違うとは言え、魔王の眷属だった者同士。


何か思う所でもあるのだろうか。


「ハッ、んなこと俺が知るかよォ!」


「な…!」


「何だ? 慰めて欲しいのかァ? 俺がお前の生きる意味になってやる、とか何とか甘い言葉でも欲しかったのかァ? かはははは!」


そんな筈も無かった。


微塵も同情した様子は無く、嘲笑を浮かべる。


あまりの言い草にミリオーネは絶句した。


「何故お前は裏切られたのか? 何故お前は絶望したのか?……それはお前が弱ェからだ」


「ッ!」


「力だけの話じゃねェぞ? 生きる意味を誰かに求める心が弱ェと言っているんだ」


グラッフィとミリオーネは共に魔王の眷属だったが、性格はまるで違う。


グラッフィは魔王に従いながらも反逆の機会を窺っていたが、ミリオーネは魔王に依存していた。


洗脳されていたから仕方が無いと言えばその通りだが、グラッフィはそうは思わない。


ミリオーネは洗脳されずとも魔王の力に依存していたと言う確信があった。


「…勝手なことばかり言って! あなたが私の何を知っていると言うのですか!」


ミリオーネの顔に怒りが浮かび、グラッフィを睨みつける。


それを見てグラッフィは笑みを深めた。


「かはは! 少しはマシな面になったじゃねェか。俺は女が嫌いだが、強気な女はそこまで嫌いじゃねェ」


そう言ってグラッフィは部屋の出口を指差す。


「ついてきな。お前に協力してもらいたいことがある」


「…私に、ヴェンデッタに加われと?」


「いや、違う。ヴェンデッタはもう関係ねェ」


「え…?」


予想外の言葉に驚くミリオーネに、グラッフィは笑みを浮かべる。


「強さを証明するのさ。俺とお前で、魔王をぶっ殺すんだよォ!」


グラッフィは獰猛な獣のように笑う。


魔王をこの手で殺した時、魔王の眷属だった過去を超えられる。


それこそが本当の自由。強さの証明だ。


「そんな自殺行為に従えと? 私に命令するのですか?」


「命令じゃねェよ。コレは提案だ。俺は自分の過去を超えたい。お前はそうではないのか?」


「………」


その翌日、グラッフィはアジトから姿を消した。


突然行方不明となったグラッフィをヴェンデッタは捜索したが、結局見つかることは無かった。

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