第五十一話
「では、これより作戦会議を始める」
ディーテへ帰還したヴェンデッタの面々は休むことなく、会議室に集まっていた。
議題は当然、ビーチェを助け出す方法。
ルビカンテ及びジュデッカの討伐だ。
「まずは魔王ジュデッカに関する情報から」
ウェルギリウスは全員の前に立ち、コンクリートの壁に文字を書く。
「奴の下へ送り込んだスパイからジュデッカの情報は多く得られたが……そのスパイとはルビカンテだ」
「………」
その言葉にアリキーノは僅かに暗い顔をする。
裏切られたとは言え、ルビカンテと過ごした過去はアリキーノの心にまだ残っている。
愛想の良い男では無かったが、それでも仲間だと思っていた。
少なくとも、アリキーノは。
「ルビカンテが裏切った以上、奴から得た情報は信用できない」
ウェルギリウスはそう言うと、視線をグラッフィへ向けた。
「あ? 何でそこで俺を見るんだよ」
「トロメーアとジュデッカは度々小競り合いをしていたと記憶しているが?」
「ああー…確かに、そうだな。つーか、よく知っているなァ」
納得したようにグラッフィは頷く。
四大魔王、既に死亡しているカイーナを除いた三人の魔王。
その内、アンテノーラは自身の眷属にしか関心が無かった為、主に争っていたのはトロメーアとジュデッカの二人だった。
魔王同士が直接ぶつかることは殆ど無かったが、眷属同士の小競り合いは度々発生していた。
当然、トロメーアの眷属だったグラッフィも小競り合いに参加した経験はある。
「お前から見たジュデッカはどうだった?」
「…流石にジュデッカ本人と戦った経験はねェな。会ったこともねェ」
ひらひらと手を振りながらグラッフィは言う。
「だが、奴の眷属共と戦ったことなら何度かある」
「魔王の眷属か。ジュデッカの眷属はどんな奴だったんだ?」
話を聞いていたネロがグラッフィへ訊ねる。
眷属は良くも悪くも魔王の影響が現れる。
トロメーアの眷属は弱肉強食の実力主義。
アンテノーラの眷属は女王至上主義の狂信者。
それぞれの魔王の欲望を表した眷属達だ。
同じように、眷属の特徴からジュデッカの性質を把握することも出来るだろう。
「どんな奴、か…」
ネロの質問にグラッフィは答えに詰まった。
さっぱりとした性格のグラッフィにしては珍しく、何やら悩んでいるようだった。
「…敢えて言うなら、特徴が無いことが特徴だなァ」
「どう言う意味だい?」
よく分からないことを言うグラッフィにアリキーノは首を傾げた。
「ジュデッカの眷属はどいつもこいつも、不気味なくらい静かなんだ。手足を斬り落としても、心臓を貫いても、顔色一つ変えねェ。死ぬ時にさえ声も上げねェ」
「…それは、確かに不気味だな」
魔王の為に死すら恐れない所はアンテノーラの眷属と同じだが、彼らも感情を持たない訳では無い。
痛みを感じれば顔を歪め、死ぬ時には悲鳴を上げるだろう。
それすらないと言うなら、それは洗脳ですらない。
「トロメーアは奴らを人形兵と呼んでいたな」
(人形、か…)
感情なく、ただ命令に従い続ける人形。
直接見た訳では無いが、ネロは得体の知れない不気味さを感じた。
「…眷属と言えば、ルビカンテもその一人なんだろう?」
「言われてみれば、確かにそうだなァ」
ネロの言いたいことを理解し、グラッフィは頷いた。
ジュデッカの眷属であるルビカンテはどう見ても人形と呼ばれるような男ではない。
むしろ、他者よりも感情の振れ幅が大きく、表情豊かだった。
「…単独任務を命じられていた以上、眷属の中でも特別な存在なのだろう」
ウェルギリウスは淡々と告げる。
逆スパイとしてヴェンデッタに潜入すると言う重要な任務を与えられていた以上、ルビカンテはジュデッカに特に信頼されている眷属なのだろう。
他の人形兵とは様子が異なっても不思議ではない。
「…聞きたかったんだが、アイツの魔爪の能力は何なんだ?」
ネロはルビカンテの使っていた昏い炎を思い出しながら訊ねた。
付き合いの長いウェルギリウスやアリキーノなら知っているだろうと考えていたが、ネロのその予想は外れていた。
「実は、ルビカンテは魔爪を持たない悪魔だと言っていたんだ」
「魔爪を、持たない?」
「たまにいるんだよ。能力が未熟過ぎて、魔爪を発現できない悪魔が。ルビカンテもその一人だと今まで思っていたんだけど…」
「…こちらを欺く為の罠だったと言う訳か」
アリキーノの言葉にウェルギリウスはそう続ける。
いずれ裏切る時のことを考え、手の内を隠していたのだ。
「初めて見たよ。あんな、昏くて気味の悪い炎は」
それを恐れているような表情でアリキーノは呟く。
あの炎には見た者の心に恐怖を与える雰囲気がある。
誰であろうと、本能的にあの炎を恐れてしまうのだ。
「…少し、ウェルギリウスの剣に似ていたような気がするな」
ぽつり、とネロは自身の考えを言った。
ルビカンテの炎を見た際に感じた恐怖は、ネロが初めてウェルギリウスの剣を見た時に感じた恐怖によく似ていたのだ。
「…そうだな。恐らく、あの力は俺の『アイネイアース』に近い」
ウェルギリウスは腰に下げた己の剣を眺めながら言った。
「大気中の魔素すら呑み込み、悪魔を焼き尽くす底無しの炎。俺の剣と同じく、あの炎は悪魔の天敵だ」
ネロの体が上手く再生できなかったことも、それが原因だ。
大気中の魔素すら焼き尽くしてしまう為、炎が触れた部分は再生が遅れる。
魔素を利用して発動する魔爪も、あの炎の前では全て無力だろう。
「ともすれば、ジュデッカよりも厄介な悪魔かもしれないな。あの男は」




