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悪の嚢  作者: 髪槍夜昼
第零圏
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第五話


「…眠れん」


深夜、ネロは床に寝転がりながら呟いた。


横になってから既に数時間が経つが、一向に眠くならない。


(…と言うか、そもそも『眠る』ってどんな感じだ?)


闇の中にいた記憶しかないネロにとって、眠ると言う行為自体が初体験だ。


知識としては何故か知っているが、何もかも未経験でよく分からない。


悪魔は睡眠や食事を取らずとも、何日も活動することが出来る。


それでも余程の変わり者でない限り、夜は眠り、毎日食事を取る悪魔が殆どだ。


それは生命として必要だからではなく、睡眠欲や食欲を満たす為。


欲望に忠実な悪魔にとって、我慢すると言うこと自体が強いストレスとなるのだ。


「………」


そう、欲望。


己の欲望こそが、悪魔の全て。


この世の何よりも優先されるもの…


その筈だった。


(どうして、俺にはそれ(・・)が無い?)


ぼんやりとネロは己の手を見つめた。


知識としては知っている。


だが、どうしても実感することが出来ない。


ネロは何かを欲すると言う感情が無かった。


悪魔にとって何よりも大切な筈の欲望を持たなかった。


記憶の欠落。


感情の欠落。


ネロは悪魔として不完全だ。


己の欲する物が、自分と言う存在が分からない。


自分は一体、何者なのか。


「…ふ…ぅ…ッ!」


「…?」


その時、ネロの耳に呻くような声が聞こえた。


ネロの声ではない、となると声の主は一人しかいない。


「ぐす……うくっ…」


それは、ビーチェの声だった。


ベッドで眠りながら、ビーチェは泣いていた。


ポカンと口を開けるネロの前で、ビーチェの口が開く。


「お母さん…お父さん…どうして…どう、して…?」


「!」


幼い少女のように呟かれた言葉に、ネロは呆然とする。


何故、ビーチェが泣いているのかは分からない。


しかし、彼女は両親を想って泣いていた。


「………」


悪魔にも家族はいる。


悪魔に寿命は無いが、悪魔同士の間に子が生まれることはある。


だが、人間とは異なり、悪魔の親子は憎み合い、殺し合うことも珍しくない。


情の薄い悪魔にとって、肉親などその程度の物だ。


「…お母、さん…」


それでも、中には例外もあるのだろう。


家族を殺す悪魔がいれば、家族の死に涙する悪魔もいるのだろう。


「………」


ネロは出来るだけ音を立てず、家の外へ出ていった。








「あ? 何だ、お前?」


家の外に出たネロの視界に、数人の男達が映った。


蝙蝠の翼と鋭い爪を持つ悪魔達。


男達は各々武器のような物を握り、ビーチェの家の前に立っていた。


「チッ、アイツ、男を連れ込んでやがったのか?」


「タイミングの悪い所で出てきやがって、寝込みを襲う計画が台無しじゃねえか」


聞いてもいないのに、男達はべらべらと自分達の目論見を語り出す。


どうやら、ビーチェの言った言葉は本当だったらしい。


この都市に安全な場所など無い。


ビーチェを狙っていた悪魔は、あの男達だけでは無かったようだ。


「…涙」


ぼそり、とネロは呟いた。


ビーチェは泣いていた。


今までに彼女はどんな不幸を味わってきたのか。


今までにどれだけ傷付いてきたのか。


弱肉強食の掟。


弱者はただ、強者に苦しめられるだけだ。


「…俺は決めたぞ」


ネロに欲望は無い。


しかし、願いならばたった今生まれた。


「俺は、ビーチェを全てから護る。彼女を悲しませる全てから…!」


ネロの背に生えた黒い天使のような翼が広げられる。


散らばる羽根の一枚一枚の影が、無数の刃となる。


記憶すら持たないネロが唯一持つ物。


敵を滅ぼす為の力。


その力を以て、ネロはビーチェを護ると心から誓った。


それこそが、ネロの唯一の欲望(願い)だと。

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