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悪の嚢  作者: 髪槍夜昼
第二圏 アンテノーラ
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第四十六話


「朽ち果てろ!」


純白の剣を振るいながらウェルギリウスは叫ぶ。


既にその体には再生しきれない無数の傷が刻まれているが、剣を振るう腕は微塵も衰えていない。


「ッ…!」


対して、体には傷一つ無いが、アンテノーラの顔に余裕は無かった。


その身に浮かぶ刺青のような物が、半分以下に減少している。


それは、半数以上の眷属が殺されたことを意味していた。


ヴェンデッタの奮戦の結果か。


或いは、それ以外の誰か(・・)の仕業か。


眷属の総数が減る度に、アンテノーラから能力と命が失われていく。


「この、私が…!」


ギリッ、とアンテノーラは歯を噛み締める。


女王蜂とは本来無力だ。


自身を守る働き蜂、使役する兵隊が居なければ何も出来ない。


同じように、アンテノーラの能力も眷属が居なければ何の意味も無い。


「青褪めたな、蜂の女王。群れを失うことが恐ろしくなったか?」


そう言いながら振るう剣がアンテノーラの身を貫く。


また一つ、眷属の命が失われた。


「他者を洗脳し、命を弄びながらも、自分を守る為にはその命にも縋り付く………お前は見るに堪えない程に醜悪だ」


心から嫌悪の表情を浮かべながらウェルギリウスは告げる。


自身が愛されていることを実感する為だけに眷属の死に悦楽していたくせに、追い詰められると他者の命に平然と縋ろうとする。


アンテノーラの厚顔さと醜悪さを、ウェルギリウスは心底侮蔑する。


「………醜悪?」


その時、追い詰められていたアンテノーラの表情が変化した。


ぴくり、と眉が動き、その眼が真っ直ぐウェルギリウスを見る。


「誰が?…私が? 私が、醜い…と言ったの…?」


一切の感情が抜け落ちた顔でアンテノーラはブツブツと呟く。


その眼の中に、深い狂気と憎悪が渦巻いていた。


「違う…違う違う違う! 私は醜くない! 私は美しい…! 美しく、なったのよ…!」


髪を振り乱しながら、アンテノーラは狂ったように叫ぶ。


バキバキと嫌な音を立て、その背から長い蜂の尾のような物が伸びる。


先端に付いた巨大な毒針が、ウェルギリウスへ向けられた。


「私は、私は愛されているわ! 家族・・に…!」








『どうしてお前だけそんなに醜いのか』


私の家族は皆、美しかった。


母も父も、姉も妹も、全て宝石のように美しかった。


私だ。私だけが、醜かった。


『こんな醜い女が、私の家族の筈がない』


誰もがそう言って私を認めなかった。


私の家族は皆、仲が良かったけれど、醜い私だけは嫌われていた。


私だけが、愛されなかった。


『………』


愛される努力はしてきたつもりだった。


姉の真似をしたり、妹の真似をしたり、出来ることは何でもやった。


それでも嗤われるだけだった。


何の意味も無かった。


私は出会う全ての者から嫌われ、蔑まれ、疎まれてきた。


私は誰からも愛されない。


『…ッ』


神様。どうかお願いです。


たった一人だけで良いんです。


どうか、どうか。


私を愛してくれる人を…








(毒針…!)


アンテノーラの背から伸びる巨大な尾の先端を見て、ウェルギリウスはその能力を見抜く。


先端に含まれるのはただの毒では無い。


恐らくは、アンテノーラの血液。


あの毒針に貫かれたが最後、強制的に血を注入され、忠実な眷属へと変えられるだろう。


「もう誰にも私を笑わせない…! 私を醜いと言う者は誰であろうと許さない…!」


錯乱したようにアンテノーラは叫び続ける。


かつてのトラウマが蘇り、心が狂気に支配されていた。


「もっと愛を! もっと命を! 眷属達よ! 私にその全てを捧げなさい!」


ドクン、ドクン、とアンテノーラの心臓が強く脈打つ。


鼓動が鳴る度にアンテノーラから放たれる重圧が増大し、魔素が増幅する。


「まさか、今生きている眷属達から命と能力を収奪しているのか…?」


血による縛りを利用して、全ての眷属から力を奪っているのだ。


今まで致命傷からの復活に使っていた命と言うエネルギーを、全て己の力に注ぎ込む。


ただウェルギリウスを殺す為だけに百を超える眷属の命を食い潰そうとしている。


「ははは…! 家族なのだから! 私を愛しているのだから! 全てを捧げて当然でしょう!」


狂ったようにアンテノーラは笑う。


かつて、家族に一度も愛されなかったトラウマ。


それ故に魔王となってからも『家族』を求めたが、その願いは歪んでしまった。


『家族』を求めながらも、虐げられた経験から『家族』を信じられなかった。


だからこそ、洗脳と言う能力を発現した。


アンテノーラが求めたのは自身を無条件で愛する家族。


馬鹿にせず、否定せず、ただ己の望むままに愛を囁き続ける玩具。


愛玩の魔王と成り果てた。


(これは少し、厄介だな)


剣を握り締めながらウェルギリウスは顔を歪める。


勝ち目がないとは言わないが、状況は先程よりもずっと悪くなった。


無数の命で強化された今のアンテノーラを殺すのはウェルギリウスでも骨が折れそうだ。


「よう、ウェルギリウス。ビーチェを見なかったか?」


「…再会して早々に言うことがそれか」


その時、部屋の扉を開いてネロが現れた。


相変わらずの態度にウェルギリウスは僅かに脱力する。


「無事だったようだな」


「ああ、こっちは終わった。手伝おうか?」


「そうだな。そうしてくれると有り難い」


淡々とした口調で言いながら、ウェルギリウスは改めて剣を握った。


ネロもまた影から出した剣を握り、ウェルギリウスの隣に並んだ。


「さて始めようか、魔王討伐だ!」

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