第四十三話
「唸れ…『アイネイアース』」
純白の剣を手に、ウェルギリウスはアンテノーラへと迫る。
他の場所に転送された者達も気にはなるが、今は目の前の魔王が優先だ。
眷属達を強化しているのは全てアンテノーラの力だ。
ならばアンテノーラさえ滅ぼせば、眷属達は大幅に弱体化する筈。
「魔爪『アーペ』」
自身に迫るウェルギリウスを眺めながら、アンテノーラはそう呟いた。
瞬間、床に巨大な蜂を模したマークが浮かび上がる。
ネロ達を別の場所に転送した能力。
それを見たウェルギリウスの判断は速かった。
「消えろ!」
ウェルギリウスは手にした剣を床に突き立てる。
魔素と魔爪を殺す剣に触れ、能力の発動は打ち消された。
(まだ発動してないトラップがあったのか…? 若しくは…)
「面白い能力を持っているのね。トロメーアなら興味を持つかも」
そう言いながらアンテノーラは手の平をウェルギリウスへ向ける。
「魔爪『カラブローネ』」
「!」
手の平から毒針が射出される。
弾丸のような速度で撃ち出されたそれを、ウェルギリウスは剣で弾き飛ばした。
「…それが、お前の本当の能力か」
「情報不足だったようね。まあ、私はトロメーアやジュデッカほど活動的じゃないし、眷属達も殆ど外に出ないから情報が洩れる筈も無かったけれど」
ウェルギリウスが知っていたアンテノーラの能力は、眷属の強化。
己の血を含んだ蜂蜜酒を飲ませることで悪魔の力と能力を強化すること。
それに加えて自身に忠実な愛を植え付ける洗脳効果もあったが、それだけでは無かった。
与えると同時に、アンテノーラが受け取る能力もあったのだ。
「私は私が血を分けた家族の魔爪を自由に使用できるの。彼らが生きている限り、私は常に無敵よ」
何十もの眷属と同じ能力を使うことが出来る。
「『アルヴェアーレ』…それが私の能力の名前よ」
笑みを浮かべるアンテノーラの肌に無数の刺青のような物が浮かび上がった。
鈍く光るそれは、全て違う模様をしており、その数は眷属の数と等しい。
トロメーアのような圧倒的な個ではなく、群としての能力。
巣を統べる女王蜂の力。
それを目にして、ウェルギリウスは顔を歪めた。
「…たかが蟲の女王如きが、魔王を名乗るとは下らない」
ウェルギリウスは嫌悪感を露わにしながら、純白の剣を壁に突き刺した。
すると同時に、壁に蜂を模したマークが浮かび上がる。
「他者の能力を奪い、使用する。それが出来るのが自分だけと思っていたか?」
瞬間、ウェルギリウスの姿が消えた。
驚愕するアンテノーラの背筋に悪寒が走る。
「俺の剣は魔爪を消すのではなく、喰らう。この剣で斬った能力を使用することが出来る…!」
アンテノーラの背後に壁と同じマークが浮かび、その中からウェルギリウスが出現した。
咄嗟に毒針を向けるが、ウェルギリウスは一太刀でそれを切り裂く。
「死ね」
次の瞬間、アンテノーラの首が断ち切られ、地を転がった。
アンテノーラは他の魔王に比べて活動的ではない。
それは戦闘経験が少ないと言うことを意味する。
数多の能力を有しながらも、それを使った経験が殆どない。
だからこそ自身と同じく他者の能力を奪う敵がいると言う考えに至らず、隙を見せた。
「………」
ウェルギリウスは首を失ったアンテノーラの胴体へ剣を構える。
首を断った時点で致命傷だが、念の為に心臓の方も破壊しておこうと剣を振り上げた。
「魔爪『カラブローネ』」
しかし、剣を振り下ろすよりも先に、その体から無数の毒針が射出された。
咄嗟にウェルギリウスは剣で弾くが、全てを防ぐことは出来なかった。
防ぎ損ねた毒針がウェルギリウスの右腕に突き刺さり、毒が体内を蝕んでいく。
「…チッ」
小さく舌打ちをするとウェルギリウスは剣を左手に持ち替え、自身の右腕を躊躇なく切り落とした。
傷口から血が零れ、床を赤黒く汚す。
「毒が全身に回る前に腕を斬ったの? 無茶をするわね」
アンテノーラの体が動き、そう呟いた。
いつのまにか、その首には新たな頭部が復元されており、先程と変わらない笑みを浮かべている。
「首を斬った程度で、魔王を殺せると思ったの? トロメーアと戦った時のことは忘れたのかしら?」
「………」
ウェルギリウスの目がアンテノーラを射抜く。
その不死性の正体を見抜こうと全身を観察し、一つ違いに気付いた。
先程からアンテノーラの全身に浮かぶ刺青のような物。
それが一つ減っていた。
「…眷属が生きている限り、無敵だと言ったな」
「気付いたかしら?」
アンテノーラはまるで自慢するように自身の体に浮かぶ物を見せつけた。
「トロメーアは肉体を複数持つことで不死を体現していたようだけど、私は『命』を複数持つことで不死を体現しているのよ」
「…眷属の命か」
「そうよ。私が致命傷を負った時、私を愛する誰かが代わりに死んでくれるの。だから私は無敵なのよ」
そう言ってアンテノーラは童女のように無垢で無邪気な笑みを浮かべた。
何の悪意も無い、それ故に残酷な笑みだった。
眷属を洗脳し、自身に忠誠を誓わせ、命まで捧げさせる。
正に、魔王に相応しい邪悪さだった。
「…お前は、眷属が死ぬことを何とも思わないのか? 洗脳したとは言え、お前に愛を語る者が死ぬことに何も感じないのか?」
思わず、ウェルギリウスはそう口にしていた。
何か思う筈も無い。何か感じる筈も無い。
罪悪感など感じるなら初めからこんなことはしない。
それを理解していながらも、問わずにはいられなかった。
「…何も感じない筈ないじゃない。あの子達は私の愛する眷属なのよ?」
アンテノーラは口元を震わせ、そう答えた。
「私を愛する眷属達が! 私の為に命を投げ出す! それこそ最大の愛情表現だと思わない? 嗚呼、だから私はあの子達が死ぬ度に嬉しくて堪らない!」
歓喜に声を震わせてアンテノーラは叫ぶ。
「私の為に家族が死ぬ! その度に私は! 私がどれだけ愛されているのか実感できるのよ! あはは! はははははは!」
狂気だった。
己の存在価値、己がどれだけ愛されているか実感する為だけに愛する家族を殺す。
アンテノーラの語る愛は、一方的な愛。
眷属とはその飢えた心を満たす為だけの玩具に過ぎない。
『愛玩』の魔王。
それがアンテノーラの本質だった。
「…やはりお前達は存在自体が罪だ。塵一つ残さず殲滅する」
吐き気を催すような表情でウェルギリウスは吐き捨てる。
これ以上言葉を聞いていることさえ堪えられそうにない。
誰よりも深い憎悪と殺意を込めて、ウェルギリウスは魔王へ剣を向けた。
「俺がビーチェに洗脳されている…?」
ポカンと口を開けてネロは言う。
それほど予想だにしない言葉だった。
「お前はどうしてビーチェを愛している? あの女に忠誠を誓う理由は何だ? 答えられるのか?」
「………」
カルカの問いにネロは答えられなかった。
ネロはビーチェを守ると誓った。
彼女の苦しみと悲しみを知ったから、あらゆる敵から彼女を守りたいと思った。
だが、その想いは本当に本物か?
誰かに植え付けられた物では無いか?
「お前も、ここの者共も、愛に酩酊した狂信者に過ぎない。正直、憐れみを禁じ得ないな」
愛に疑問を持たない。忠義に理由を持たない。
それは全てアンテノーラの眷属と同じ性質だ。
アンテノーラに洗脳された眷属と。
「………」
それがどんな意図があってかは知らないが、ネロはビーチェに洗脳されている。
その愛も忠誠も、彼女から植え付けられた偽物の感情だ。
そう告げられたネロは無言でカルカの顔を見た。
「…カルカ、お前意外と饒舌なんだな」
「…何だと?」
「喋ることが嫌いと言っていた割には、結構喋るじゃないか」
「…何を、言っている?」
唐突に訳も分からないことを言いだしたネロに、カルカは訝し気な顔をする。
困惑するカルカを笑いながら、ネロは言葉を続けた。
「それとも、お前自身何か思う所があったのか? 次々と眷属を洗脳して増やすアンテノーラに」
「…ッ」
その返答は毒針で返された。
心臓を狙った鋭い一撃をネロは影の剣で受け止める。
「どうやらお前は他の眷属と違って洗脳されていないみたいだな。それなのに、アンテノーラに忠誠を誓う理由は何だ?」
「…それは」
「きっと俺がビーチェに抱く想いは、お前がアンテノーラに抱く想いと同じだよ」
ネロもカルカも洗脳などされていない。
その上で己より主人を優先するのは、その愛故にだ。
傍から見れば洗脳された狂信者と変わらないかもしれないが、本質は全く違う。
自分達は誰にも強制されていない。
「ビーチェは俺の光だ。俺の存在に意味を与えてくれた恩人だ。俺は俺の意思で、彼女の為に生きて死ぬと決めた」
「―――」
迷いなく断言するネロの目に、狂信の色は見えない。
違う。他の眷属達のように曇った眼ではない。
本当にネロは洗脳を受けていないのだ。
「…魔爪『カラブローネ』」
カルカは己の全力を込めて能力を発動した。
両手のみならず、全身の至る所から無数の針が生えてくる。
大小様々なそれは全て猛毒を含んだ毒針だ。
「俺にも、負けられぬ理由がある」
「女の為に、か。嫌いじゃないぜ、そう言うの」
楽し気な笑みを浮かべながら、ネロは右手に影の鎌を形成する。
互いに信じる者の為、両者は全力で衝突した。




