第三十八話
「はじめましての方ははじめまして。久しぶりの方は久しぶり。ルビカンテです」
ダルダルとしたやる気の無い態度でルビカンテは頭を下げた。
ヴェンデッタの面々の反応は様々で、懐かしそうに苦笑を浮かべる者もいれば、不思議そうにルビカンテを見つめる者もいる。
「…ウェルギリウスー。もう終わりで良いか? 誰もオジサンの自己紹介なんて興味ないって」
言いながらルビカンテは怠そうにその場に座り込んだ。
片方だけの赤い翼を体に巻いて、毛布のようにしながら寝そべる。
「数年ぶりだってのに、君は全然変わらないねー、ルビカンテ」
「はいはい。久しぶり………名前、なんだっけ?」
「アリキーノだよ。君と同じ初期メンバーじゃないか」
「オジサンももう若くないのだよ」
ゴロゴロしながら言うルビカンテに、アリキーノは苦笑いを浮かべた。
その態度に慣れているように見えた。
「彼はルビカンテ。ジュデッカの所に長年潜伏しているヴェンデッタのメンバーだよ」
首を傾げている面々に紹介するように、アリキーノは言った。
ルビカンテはアリキーノと同じく、ヴェンデッタ結成時のメンバーだ。
ヴェンデッタの古株だが、何年も前からジュデッカの眷属内にスパイとして潜り込んでいた。
ジュデッカの眷属に紛れ込むべく、ヴェンデッタとの連絡は最低限として、アジトに戻ることも当然不可能だった。
その為、後にメンバーに加わった者達の殆どがルビカンテのことを知らなかったのだ。
「…と言うか、ウェルギリウス。魔道具を送るだけじゃなくて、オジサンまで呼び寄せるとか何事? 厄介事の匂いがプンプンするのだけど?」
「トロメーアを倒したことは既に知っているな?」
「知っているさぁ。お陰様で、こっちはジュデッカが荒れて大変だったのよ?」
「次はアンテノーラに戦争を仕掛ける。お前がジュデッカの所で掻き集めた魔道具が必要となる」
「アンテノーラ? 次の標的はジュデッカの方だった筈じゃあ…」
そこまで言ってルビカンテは視線をアリキーノへ向けた。
怒りと悲しみを押し殺したようなその顔を見て、何かを察したように息を吐く。
「納得。珍しく情のある選択をしたねぇ、ウェルギリウス」
「無駄話は良い。それで、準備は出来ているのか?」
「準備は出来ているよ。オジサンこれでも、出来る男だからねぇ」
身を起こし、へらへらとした笑みを浮かべてルビカンテは言った。
「だけど分かっているよねぇ? オジサンの集めた魔道具を使えば、当然ジュデッカにはバレる。奴の所でスパイを送り込むことはもう出来なくなるよ?」
「問題ない。ジュデッカを倒す作戦は他にもある。今はアンテノーラが先だ」
「分かっているなら、オジサンは何も言うことは無いよ」
ルビカンテは笑みを崩さないまま、そう呟いた。
マーレボルジェ南方。
甘い匂いを漂わせる沼地が広がる大地の中心に、それは存在した。
既に滅びて久しい中世を思わせる立派な屋敷が一つ。
トロメーアの城に比べれば規模は小さいが、内装は豪華であり、巨大なシャンデリアが様々な調度品を照らしている。
その内部には蜂をイメージした仮面を付け、タキシードやドレスに身を包んだ悪魔達が美食や美酒を楽しんでいる。
悪魔達は皆、会話を楽しみ、時に音楽に合わせて踊り、常に笑い合っている。
争いはなく、痛みも苦しみもない。
それはまるで永遠に続く仮面舞踏会。
此れこそが魔王アンテノーラの領地。
『スティージュ』だった。
「…どうするつもりだ。ミリオーネ」
会場の端で、カルカはそう呟いた。
仮面に隠された視線の先にはミリオーネが居る。
「何の話ですか?」
「惚けるな。お前が連れてきたあの娘のことだ」
苛立ちを隠さずに言うカルカの言葉に、ミリオーネは思い出したように手を叩く。
「ああ、チリアットちゃんのこと? 彼女がどうかしたのですか?」
「…『蜂蜜酒』を飲ませたらしいな。あの方に無断で」
「それが何か? 彼女はアンテノーラ様のお眼鏡にかなうと思ったから、そうしただけです。それの何が問題ですか?」
「…あの娘は、ヴェンデッタの一員だった。連中はきっとあの娘を取り返しに来るぞ」
その事態を危惧するようにカルカは声を低くする。
魔王アンテノーラが倒されるとは思わないが、無用なトラブルは避けるべきだろう。
「おかしなことを言いますね? あの子は、アンテノーラ様の眷属になった。それ以上に幸福なことなんてこの世にありますか?」
熱に浮かされたような表情でミリオーネは言った。
冗談でも皮肉でも無く、本気の言葉だった。
チリアットを強引に眷属に迎え入れたことを、全て良いことだと本気で思っているのだ。
ミリオーネほど染まっていないカルカはその事実に顔を歪めた。
「お前は…」
「そんな隅っこで何をしているの?」
何かを言おうとしたカルカの言葉は、女の声に遮られた。
瞬間、二人の雰囲気が一変し、緊張が走った。
「折角のパーティーなんだから楽しみましょうよ。ね? 私の可愛い眷属達?」
それは、熟れ過ぎた果実のような甘ったるい匂いを漂わせている女だった。
黒髪に何本か長い黄色の房が混ざった、特徴的な髪。
外見年齢は十代前半程度で、ミリオーネよりも年下に見える程に小柄だった。
少女趣味なゴスロリ服を纏っており、無垢な少女のまま時が止まってしまったかのような印象を受ける。
「アンテノーラ様」
カルカは緊張した声で呟く。
その女こそが、アンテノーラ。
四大魔王の一人であり、トロメーアと同格の存在。
「チリアットの件なのですが…」
「チリアット? 新しく私の眷属になったあの子よね?」
アンテノーラは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「可愛くて素直よね。今は部屋に戻っているけど、本当に良い子だわ」
「………」
その笑みを見て、カルカは続く言葉を止めた。
眷属にとって魔王とは絶対だ。
アンテノーラが気に入った以上、今更チリアットの件で口を出すことは許されない。
「それよりも、例のヴェンデッタがそろそろ来るらしいわよ?」
「…それは本当ですか?」
「ええ。彼らは私の眷属になる訳じゃないけど、きっとあなた達と友達になれると思うの」
笑みを浮かべながらアンテノーラは言う。
心から嬉しそうに笑うアンテノーラを余所に、カルカは嫌な予感を感じていた。




