第三十六話
カルカの来訪の翌日。
アジトの会議室には全てのメンバーが集まっていた。
議題は当然、アンテノーラと手を組むか否か。
魔王を倒す為に別の魔王と協力する。
そのリスクとメリットを言い合い、議論は白熱していた。
大前提として、ヴェンデッタのメンバーで魔王に憎まない者はいない。
リスクだけでなく、心情的な意味でも魔王と共闘することを嫌う者は多かった。
そして、アンテノーラとの同盟に最も強く反対した者は…
「有り得ない。奴らはオレ達を畜生のように思っている。同盟など結んだところで騙し討ちされるに決まっているだろう」
アリキーノだった。
普段の飄々とした態度は崩れ、珍しく怒りを顔に浮かべている。
「ウェルギリウス! まさか、本当にあの女と手を組むなんて言わないよな!」
いつもボスとして敬意と信頼を向けているウェルギリウスにさえ、アリキーノは声を荒げていた。
そんなことは絶対に認められない、と目が語っていた。
「かはははは! お前、そんなにアンテノーラが怖ェのか?」
アリキーノを愉し気に眺めながら、グラッフィは言う。
困惑する周囲の空気など読まず、遠慮なしに嘲笑を浮かべる。
その言葉にアリキーノは鋭い視線をグラッフィへ向けた。
「…何だ、グラッフィ。それなら君はアンテノーラとの同盟に賛成だと? あの女が安全だと本気で信じているのか?」
「そうは言ってねェだろォ? 魔王は全員殺す。俺は俺を支配しようとする奴は皆殺しにすると決めているからなァ」
好戦的で自分本位なグラッフィらしい言葉だった。
どんな魔王だろうと、もう誰かの下につく気は無い。
ヴェンデッタに所属しているが、ウェルギリウスに忠誠を誓ったつもりは無いのだ。
「だが、魔王にも殺す順番がある。とは思わねェか?」
「殺す、順番?」
グラッフィの言葉にビーチェが首を傾げた。
ニヤリと笑みを浮かべ、グラッフィは得意げに言葉を続ける。
「まずはジュデッカをぶち殺す! そして油断した所で、アンテノーラを殺ればいい!」
「…なるほど。合理的、ではあるな」
ネロはグラッフィの考えを理解した。
良くも悪くも悪魔らしい考えを持つグラッフィは、勝利の為に手段を選ばない。
同盟に同意したふりをしてアンテノーラを利用し、その後でアンテノーラを暗殺すれば良いと企んでいるのだ。
そうすれば二人の魔王を少ないリスクで倒すことが出来る。
「つーか、どうせウェルギリウスも同じことを考えていたんだろう?」
「…そうだな」
ウェルギリウスは否定することなく頷いた。
この提案をされた時から、ウェルギリウスは同盟に乗る気は無かった。
考えていたのは、どこまでアンテノーラを利用できるかと言う一点。
罠の可能性も考慮しつつ、本気だった場合はどう行動するべきか。
最終的にはジュデッカもアンテノーラも殺すことは変わらない。
その過程をどうするかが重要なのだ。
「…例え一時でも、アンテノーラと手を組むのは危険だよ」
そんな二人の計画を聞いても、アリキーノは意見を曲げなかった。
「…アリキーノ。それは、私怨か?」
「ッ!」
ウェルギリウスの指摘に、アリキーノの顔が歪んだ。
怒りと悲しみが混ざったような複雑な表情だ。
「………」
ビーチェは、以前四大魔王の説明をしていた時のアリキーノを思い出した。
アンテノーラの名を告げた際の、どこか冷淡に見えた表情。
やはり、アリキーノはアンテノーラと因縁があるようだ。
ビーチェがそうだったように、アリキーノはアンテノーラを深く憎んでいるのだ。
「俺達は四大魔王を倒す。その為に手段を選べる余裕は無い……分かるな?」
それは暗に、アンテノーラと同盟を組むと告げていた。
一時的な物とはいえ、憎むべき魔王と手を結ぶと。
顔を苦痛に歪めながらも、アリキーノは何も言わなかった。
自身の感情よりも、魔王と同盟を組むメリットを選んだのだ。
その時だった。
「大変だ、アリキーノ! チリアットちゃんがどこにも居ない!」
会議室の扉が荒々しく開き、そんな声が飛び込んできた。
その後、すぐにアリキーノはチリアットの部屋へ向かった。
そこにはあらゆる私物が失われた空っぽの部屋と、一枚の紙切れがあった。
それは手紙だった。
内容は、ヴェンデッタを抜けること。
アリキーノの下を去ること。
そして、
これからは、アンテノーラの眷属となること。
「―――」
グシャリ、と音を立てて手紙が握り潰される。
怒りのままに紙を潰しながら、アリキーノは走り出す。
「どこへ行く気だ?」
「決まっているだろう! チリアットが誘拐されたんだ! 今すぐ助けに…」
「そう書いてあったのか? その紙切れに? 本当に?」
「ッ…!」
ウェルギリウスの淡々とした言葉に、アリキーノは歯を噛み締める。
書いてなどいなかった。
この手紙に書かれていたのは、チリアットが自分の意思でアンテノーラの眷属となること。
顔すら合わせることなく、アリキーノに別れを告げたこと。
「だって、おかしいだろう…! 昨日までは普通にしていたのに…!」
「…確かに、な」
どこまでも冷静に、ウェルギリウスは呟いた。
感情を抜きにして考えても、確かに不自然だ。
昨日までのチリアットに妙な様子は無かった。
それなのに、今日になって突然魔王の眷属になるなど不可解。
アリキーノの言うように誘拐された可能性も低くはない。
「だが、それがどうした?」
「…何だって?」
「仮に誘拐されたとして、お前はどうする? アンテノーラを敵に回す気か? 女一人の為に同盟を破り、死ぬつもりか?」
「そんなこと…!」
「…お前にとって、あの娘は命を懸ける程に大切なのか? 何人もいる内の一人に過ぎない。女を奪われたのは、初めてでは無いだろう?」
冷静冷徹な合理主義者。
それがウェルギリウスだ。
グラッフィとはまた違った意味で悪魔らしい。
情など無く、ただ目的の為に何が必要かだけを重視する。
「オレ、は…」
そしてアリキーノもウェルギリウスの言葉を否定することが出来なかった。
彼も悪魔だ。
自分の命より大切な物などこの世に存在せず、愛だの何だの口にしても己には代えられない。
チリアットは何人もいる恋人の一人に過ぎない。
奪われたのなら、潔く諦めるべきだ。
代わりの女など、他にも幾らでもいるのだから。
(…違う)
アリキーノは心の中で、呟いた。
違う。違うのだ。
何が違うのか、まだよくは分からない。
だが、そんな風にあっさりと相手のことを諦めてしまうのは、違う筈だ。
少なくとも、アリキーノが見たネロは。
己の命を懸けてビーチェの為に戦った彼とは、違うのだ。
「ウェルギリウス。俺もアリキーノの意見に賛成だ」
「…何を言っている。ネロ」
「よく分からんが、どうやら敵は相手を洗脳する能力を持っているようだ。あのカルカとか言う男か、別の奴かは知らんがな」
ネロは己の意見を呟く。
チリアットの行動は異常だ。
手紙はチリアット自身が書いた物に違いない筈だが、その行動は明らかに何者かに操られている。
「そんな能力を持った奴と肩を並べて戦うなど、恐ろし過ぎる。ビーチェが洗脳されたら、俺はどうなるか分からないぞ?」
「………」
アリキーノのような私怨ではなく、リスクを告げるネロ。
合理主義者であるウェルギリウスはその意見と可能性を思案する。
何の根拠もない推測に過ぎないが、矛盾は見つからない。
確かにこのまま同盟を結ぶのはリスクが高すぎる。
洗脳能力とやらでヴェンデッタの全員を洗脳されてしまう可能性すらある。
「…良いだろう。ならば、標的を変更だ」
ウェルギリウスは情も無く、冷静冷徹に告げた。
「次に狙う魔王はアンテノーラだ」




