第三十四話
その日、ディーテの街に二人の来訪者が現れた。
「………」
一人は寡黙な男。
雀蜂を模した不気味な仮面で顔を隠しており、その素顔を見ることは出来ない。
服装はスーツを身に着け、上からコートを纏っている。
しっかりとした服装の割に、その顔に付けた仮面が異様であり、アンバランスで歪な雰囲気を放っていた。
「…何で、私がこんな奴とこんな所まで」
もう一人は饒舌な女。
男と同じく蜂を模した仮面を付けているが、男の面とは異なり、デフォルメされた蜜蜂のような愛嬌のある仮面だった。
頭に引っ掛けるように被っており、表情豊かな素顔は隠れていない。
服も蜂をモチーフとしているのか、黒と黄色の縞模様のモコモコとした服に身を包んでいる。
「…ミリオーネ、無駄口を叩くな。アンテノーラ様の命令だ」
「分かっています、カルカ。でなければ、誰があなたなんかと!」
頭に血が上り易い性格なのか、ミリオーネはカルカを睨みながら言う。
それに対してカルカは面の下で小さく息を吐いただけだった。
「ああ、早くアンテノーラ様にお会いしたい! あの方の下へ帰りたい! こんな汗臭い男なんかと一緒に居るなんて耐えられません!」
「俺は汗などかいていない。お前の気のせいだ」
「いーえ! 男なんて男って時点で臭いんです! ああ、臭い臭い! それ以上近寄ったらアンテノーラ様に言いつけますよ!」
「………」
罵倒の嵐にカルカは再び一つため息をついた。
何故自分はこんな場所でこんなことを言われているのか、と自問する。
ここへ来たのはカルカの敬愛する魔王、アンテノーラの命令だ。
彼女の命令だけは絶対に果たさなければならない。
ならばさっさと命令を果たすことが出来れば、このうるさい女とも別れることが出来るだろう。
「…先に行くぞ」
「え?」
返事を待たず、カルカは地面を踏み締めた。
ドンッ、と地面が揺れて亀裂が走る。
次の瞬間にはカルカの姿は遥か遠くにあった。
「ちょっ!? 置いていかないで下さいよ! 私、あなたみたいに戦闘タイプじゃないんですから!」
慌ててミリオーネはその後を追った。
「着いたか。ここだな」
ミリオーネを置き去りにして、カルカは一人で目的地に辿り着いた。
ディーテの最下層。
隠されたヴェンデッタのアジトだ。
「…誰だ?」
アジトの入り口で立っていると、カルカの目の前に男が現れた。
影のように全身黒づくめの男。
侵入者であるカルカを警戒し、油断なく構えている。
「魔王アンテノーラの眷属。カルカだ」
「…また魔王の眷属かよ」
うんざりしたように男、ネロは息を吐く。
突然の事態だが、予想できた事態でもあった。
ヴェンデッタは四大魔王の打倒を目的としている。
既にトロメーアを倒している以上、他の魔王が動くのも時間の問題だった。
先に動いたのはアンテノーラ。
魔王が眷属をここへ送り込んだ理由など、考えるまでも無い。
「俺らを殺しに来たのか? たった一人で?」
ネロが見た所、カルカは強い。
魔王にこそ及ばないだろうが、バルバリッチャやグラッフィと比べても決して劣らない実力者だろう。
しかし、ここにはネロやウェルギリウスが居る。
ヴェンデッタを滅ぼすには彼一人では不可能だ。
「…察するに、お前がトロメーアを倒したネロか?」
「そうだが」
「ふむ」
カルカは納得したように頷く。
ネロがカルカの実力を測ったように、カルカもまたネロの実力を測ったようだ。
魔王のような威圧感は感じないが、底知れない何かがある。
トロメーアを倒したのはこの男で間違いないだろう、と判断した。
「最初に言っておく。我が主アンテノーラ様はヴェンデッタに敵意を抱いていない」
「へえ? それはどう言う意味だ?」
「アンテノーラ様は、お前を新たな魔王とすることを望んでいる」
「…魔王だと?」
予想外の言葉にネロは訝し気な顔をする。
何故そうなるのか分からない。
確かに、魔王を倒したからには魔王より強いことが証明されたが、それで何で新たな魔王となるのか。
「お前が魔王となり、ヴェンデッタはお前の眷属とするが良い。そうすれば、我らはお前に手を出さんと約束しよう」
「…何が狙いだ?」
ネロは警戒した目でカルカを睨みながら告げる。
ネロを魔王としても、アンテノーラには何の得も無い。
本当の狙いは一体何なのか、と。
「…俺は回りくどいことが嫌いでな。単刀直入に、アンテノーラ様の望みを告げよう」
カルカは仮面を付けた顔をネロへと向けた。
「我らと手を組み、共にジュデッカを倒さないか?」




