第三十三話
「うん。コレも上手に出来ている、美味しいわ」
「本当ですか?」
ネロとアリキーノが模擬戦を行っていた頃、ビーチェはチリアットと会っていた。
椅子に座ったビーチェの前のテーブルには、様々なお菓子が並べられている。
どれも形が綺麗であり、美味しそうな匂いを漂わせていた。
「次はこのクッキーを試食して下さい! 新作なんです!」
「…ねえ、チリアット」
「何ですか? もしかしてもうお腹がいっぱいでしたか?」
チリアットは新しいお菓子を並べながら小首を傾げる。
幼く見える仕草だが、子犬のような雰囲気を持つチリアットに似合っていた。
「色々ご馳走してもらって私は嬉しいけど、そんなに心配しなくても良いんじゃないかしら?」
不思議そうにビーチェは言った。
チリアットが料理上手なことはこの間の祝勝会の時から分かっていた。
お菓子作りも同様であり、試食を頼まれたお菓子はどれも非常に美味しかった。
あまり裕福では無かったビーチェには、初めて食べる物も多かった程だ。
それなのに、チリアットはどこか不安げだった。
ビーチェが美味しいと告げる度に、安堵の息を漏らし、次の試食を渡してくる。
これだけ高い技術を持っているのに、どこか自信なさげなのだ。
「アリキーノだって、いつも美味しいって言ってくれるんじゃないの?」
そう、ビーチェがチリアットの試食に付き合っているのはアリキーノの為だった。
アリキーノが喜ぶお菓子を作る為に協力してほしいと言われ、ビーチェがそれに答えたのだ。
「…アリキーノ様は、お優しいので」
やや暗い顔でチリアットは呟いた。
その言葉でビーチェはチリアットの言いたいことを理解した。
アリキーノは確かに優しい。特に女には。
例えチリアットの料理が下手であっても、アリキーノは喜んでそれを食べるだろう。
だからこそ、逆にアリキーノの評価は当てにならないのだ。
「…厄介な男。不味い時は不味いと正直に言えば良いのに」
「その優しい所が、アリキーノ様の良い所なのですよ」
「健気ね。あの男には勿体ないくらいよ」
別にアリキーノのことは嫌いでは無いが、女性関係と言う一点に於いてビーチェはアリキーノを認めることが出来なかった。
仲睦まじい両親の下で育ったビーチェは、悪魔にしては珍しい純情だった。
恋人を五人も侍らせる女癖の悪い男は気に入らない。
その内の一人がこんなに健気な女の子なら尚更だ。
「…私は、アリキーノ様に返し切れない恩があるのです」
「恩?」
「私は非常に弱い悪魔です。とても一人では生きられない。誰かに、守ってもらわないと」
チリアットは悲痛に顔を歪めた。
どうしようもない無力感。
ただ強者に怯え、震えるしかない弱者。
「………」
その苦悩は、ビーチェにもよく分かった。
「子供の頃は姉さんが私を守ってくれた。でも、その姉さんも…」
続きは言わなくても察することが出来た。
この世界では珍しくも無い話だ。
非力な少女の姉が、理不尽に殺されることなど。
「一人ぼっちになった私を、アリキーノ様は拾って下さった。私をヴェンデッタに迎え入れて、ずっと守ってくれました」
アリキーノがいなければチリアットは死んでいただろう。
彼は命の恩人だ。
だから、その恩を返す為にチリアットは彼に尽くしているのだ。
「私はアリキーノ様の為なら何だってします。どんなことだって…」
「………」
そう告げるチリアットの表情に、ビーチェは危うさを感じた。
アリキーノとチリアット。
一見仲睦まじい二人は、どこかズレている。
そのことがビーチェの心を不安にさせるのだった。




