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悪の嚢  作者: 髪槍夜昼
第二圏 アンテノーラ
32/79

第三十二話


「さて、ネロちゃん。準備は良いかい?」


トロメーアとの戦いで負った傷も完全に癒えた頃。


ネロとアリキーノはアジトの一室で向かい合っていた。


そこはヴェンデッタの訓練場だ。


石造りの広い空間には的や武器などが置いてあり、普段ヴェンデッタの者達が戦闘訓練に使っている。


二人がこれから行うのは模擬戦だ。


当然ながら命のやり取りではなく、互いに加減をして戦う。


「…ああ、いつでもいいぞ」


あまりやる気が無さそうにネロは頷いた。


模擬戦を行う理由は、ネロの実力を確かめる為だ。


トロメーアとの戦いでネロは十分に実力を見せつけたが、その力の底は誰も知らない。


恐らくはネロ自身も自分がどれだけの力を得ているのか把握できていないだろう。


これから先、他の魔王と戦う上で仲間の実力を理解しておくことは重要だ。


そう判断したウェルギリウスによってこの模擬戦は行われることが決まった。


ちなみに、ウェルギリウスは二人の様子を見ているが、ビーチェの姿は無い。


たまたま別の用件があり、この場を離れているのだ。


「まあ、オレっちでは君に勝てないのは分かっているけど…全力は尽くさせてもらうよ!」


アリキーノはカラフルな銃を構え、引き金を引く。


水の弾丸の射出。


鉄すら貫く一撃を間一髪で回避し、ネロはその手に影の刃を出現させる。


「断ち切れ!」


「うおッ!」


躊躇いなく影の刃が振るわれ、アリキーノは慌てて頭を下げた。


避け損ねたアリキーノの髪が数本、ハラハラと地に落ちる。


「ちょ、ちょっと! 今、首狙ったでしょ!? 死ぬ! 死んじゃうから!」


「避けられる速度で斬ったから平気だろう。多分」


「そう言うの良くないと思うなー!? お兄さん、そう言うことする子嫌いだなー!?」


「うるさい。俺は早くこんな面倒臭いことは終わらせてビーチェの所に行きたいんだ」


ネロのテンションが低いのはそれが原因だった。


ビーチェと別行動していることが気に入らないらしい。


「本当に君は口を開けばすぐビーチェ、ビーチェとべた惚れだねえー」


「当然だろう。彼女は俺の恩人で、大切な主だ。他に優先すべきことは無い」


「悪魔とは思えないくらい一途だねー、君は!」


水の弾丸を乱射しながらアリキーノは距離を取る。


ネロは影の刃で弾丸を切り裂き、それを追った。


「でも、最近は何だかんだビーチェちゃんも君を憎からず思っているみたいじゃない? ひょっとしてもう『アレ』とか『コレ』とかしちゃった?」


「…? 何の話だ?」


「何って…ほら、好きになった女の子にしたいことの一つや二つあるだろう? 綺麗な雪原に足を踏み入れる、とか。美しい花の蜜を吸う、とか。言ってる意味分からない?」


「分からない」


「…君って、意外と純情だった?」


思わず攻撃の手を止め、アリキーノは不思議そうに呟く。


己の欲望を第一に考える悪魔とは思えない。


アリキーノも力づくで女を手に入れようなどと考えたことは無いが、それなりに欲はある。


五人も女を侍らせていることからそれは明らかだ。


「俺は別にビーチェに何かして欲しいと思ったことは無い。彼女が何の恐怖も無く、幸せに生きているのなら、それで俺も幸せだ」


ネロは真顔でそう言い切った。


愛した女の幸福が自分の幸福。


口にすると陳腐だが、それを心から告げることが出来る者など実在するのか。


正義や神と同じく、かつての大戦で滅んだ概念では無いだろうか。


「…俺、何かおかしなことを言っているか?」


「いや…いや、おかしくは、無い、と思うけど…」


悪魔としてはおかしい。


狂っていると言っても過言ではない程に異端の考えなのだが、アリキーノはそれを否定することが出来なかった。


(無償の愛…)


見返りを求めない愛。


ただ相手の幸福だけを望む心。


(…何だろう、この感覚)


何故か、アリキーノは苛立ちのような物を感じていた。


理由は分からないが、ネロの言葉を聞いていると心がざわつく。


無性に苛々する。


「…ふう。話はこれくらいにして、そろそろ模擬戦を再開しようか」


「そうだな」


気を落ち着かせるように息を吐きながら言うアリキーノに、ネロは影の刃を構えた。


そして再び戦いの音が辺りに響き渡った。








「コレは、予想外の結果になったな」


模擬戦が終わり、それを最後まで見届けたウェルギリウスは呟いた。


視線の先には二人の男が立っている。


一人は片膝をついて荒い息を吐き、一人はそれを驚いた顔で見下ろしている。


どちらが勝者かなど一目で分かった。


「…ネロちゃん。もしかして手加減、したのかい?」


アリキーノは呆然とした顔で言った。


そう、模擬戦に勝利したのはアリキーノだった。


魔王と互角に渡り合った筈のネロは、アリキーノに敗北したのだ。


「…分からない。どういうことだ?」


ネロも困惑したように自身の手を見つめた。


手加減した訳では無い。


だが、どう言う訳かあの時の力を使うことが出来なかった。


魔王トロメーアを倒した時の力が失われている。


「恐らく、ネロの力は非常に不安定・・・なのだろう」


「不安定…」


「時として魔王を上回るが、状況次第ではアリキーノに劣る」


ネロは一度の敗北後、急激に力を手に入れた。


何の代償も無く手に入れるには大きすぎる力だ。


ネロは一時的に魔王に匹敵する力を得たが、それを常に使える訳では無い。


(条件は本人のコンディションか? 最初からあまりやる気が無さそうだったからな)


チラリ、とウェルギリウスは観察するようにネロを見た。


気持ち次第、と言う訳だ。


正にネロ自身が言った想いの力を強さに変える、と言うふざけた理屈だ。


(…それとも)


ウェルギリウスは目を細める。


この場にはビーチェが居なかった。


ネロのビーチェに対する執着は病的だ。


近くにビーチェが居るかどうかでも力が増減するのかもしれない。


(他者に影響されて力が変化するなど、つくづく悪魔らしくない男だな)


呆れるべきか驚くべきか、ウェルギリウスは小さく息を吐いた。

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