第三十一話
「よォよォ、ネロってのはテメエだろうォ?」
ウェルギリウスとの会話を終えて、ビーチェと二人で料理を楽しんでいたネロは見覚えの無い金髪の男に声を掛けられた。
逆立った髪と狼のように刺々しい歯を持つチンピラ染みた雰囲気の男だ。
ヴェンデッタのメンバーにこんな男は居なかったと筈、とネロは首を傾げる。
「オレァ、トロメーアの眷属。名はグラッフィだ」
「トロメーアの眷属…?」
「いや、元眷属だなァ。今は違ェし、奴に忠誠を誓った覚えもねェ」
気にするな、と言うように手をひらひらと振るグラッフィ。
僅かに身構えたネロを見て、勘違いを察したのだろう。
別に、トロメーアの仇を討とうなんて気は欠片も無い。
「ウェルギリウスに聞いたぜェ。お前がトロメーアの野郎をぶっ殺したんだってなァ」
ジロジロとグラッフィは無遠慮にネロの顔を眺める。
興味深そうに、嘲笑を浮かべながら。
「ハッ、その割には随分と弱そうな野郎だ。ウェルギリウスに斬られて弱った魔王に止めを刺しただけじゃねェのか? なァ?」
「………」
グラッフィの挑発するような言葉にネロは答えない。
怒りを隠している、訳では無い。
元々強さに何の拘りも無いネロにとって、グラッフィの言葉など気に留める理由が無いからだ。
まぐれだと言うなら、別にそれでも構わない。
ネロはビーチェを守る為、彼女の無念を晴らす為だけにトロメーアを滅ぼした。
魔王を討伐したこと自体は、別に誇ることでも無い。
「…さっきからうるさいんだけど、そこのチンピラ」
しかし、隣で聞いていたビーチェはそうもいかない。
ネロ自身が何も気にしていなくても、その功績を否定されることは我慢ならない。
ネロは自分の為に死に物狂いで不可能を可能としたのだ。
その事実は、誰にも否定させない。
「そう言うあなたは戦いの時、何をしていたの? ウェルギリウスの隣で魔王相手に怯えていただけじゃないの?」
「…へェ? 言うじゃねェか?」
逆に挑発される形になったが、グラッフィは不敵な笑みを浮かべた。
反応が薄いネロにつまらなそうにしていたが、ビーチェを見て好戦的に笑う。
「お前は確か、トロメーアの娘だったかァ?」
「…違う。私の父親はあんな下種じゃない」
「そうなのかァ? まァ、んなことはどうでもいい」
バチバチと小さな紫電を纏いながら、グラッフィは嘲笑を浮かべる。
「オレァ、女が嫌いなんだよォ。特に、お前みてェな男の後ろに隠れてピーピー文句を垂れる弱虫はよォ!」
「ッ…!」
弱いことにコンプレックスを持っているビーチェは顔を歪める。
トロメーアとの戦いでもほんの僅かしか援護が出来なかったことを思い出し、唇を噛み締めた。
それを見て、グラッフィはニタリと嗤った。
「俺の主を馬鹿にするな」
「な…」
しかし、その嘲笑はすぐに凍り付く。
グラッフィの首筋に影の刃が触れる。
冷たい刃の感触に、グラッフィの頬から冷や汗が流れた。
(いつの間に…!)
見えなかった。気付かなかった。
いつ影から刃を抜いた?
いつグラッフィの傍まで近付いた?
ネロがその気になれば、今の一瞬でグラッフィは首を刎ねられていた。
「チィ!」
バチッ、と雷光が放たれ、グラッフィはその隙に距離を取る。
自身から離れるグラッフィを見て、ネロも刃を影の中に収めた。
「俺のことはどれだけ馬鹿にしても構わんが、ビーチェを馬鹿にすることは許さない」
「…ハン、随分と主人に懐いているじゃねェか、犬野郎ォ」
負け惜しみと自覚しながらも、グラッフィはそう吐き捨てるしか無かった。
「…チッ」
テーブルの上から酒瓶を奪い、グラッフィは荒々しく去っていった。
「やれやれ、一時はどうなることかと思ったよー」
トラブルが収まった頃を見計らい、アリキーノがやってきた。
「…どうしてトロメーアの眷属がここに?」
「ボスの提案さ。グラッフィだけじゃない。魔王への復讐を望む眷属達は皆、ヴェンデッタに迎え入れたんだよ」
合理主義のウェルギリウスらしい提案だとアリキーノは思う。
トロメーアの眷属は四大魔王の眷属の中でも、特に武闘派が多い。
弱肉強食と実力主義を掲げていた為、純粋な戦闘能力の高い者が多いのだ。
彼らを仲間に加えれば、ヴェンデッタの戦力はかなり向上する。
「とは言え、あの調子だと馴染むにはまだまだ時間が掛かりそうだねー」
他の眷属達もグラッフィ程では無いが、我の強い者ばかりだ。
総じてウェルギリウスのことだけは認めているようだが、それ以外のメンバーと仲良くできるか不明だ。
「アリキーノ様! 追加のお食事が用意できました!」
「おおー、ようやくか。既に空いた皿も結構あるからジャンジャン追加しちゃってー!」
「了解です!」
そう言って部屋へ入ってきたメイド少女、チリアットは新たな料理をテーブルに並べていく。
小柄な体で元気よく働く姿は小動物のようで、見ている他の者達を和ませていた。
「チリアットちゃん! こっちもお願い!」
「こっちも! 酒のお代わりをー!」
「はーい! 分かりました!」
次々と上がる声に一つ一つ笑顔で応えていくチリアット。
それを眺めながら、ネロは隣のアリキーノに視線を向ける。
「彼女、随分人気なんだな?」
「付き合いが長いからねー。皆のマスコットなんだよー」
微笑ましそうにチリアットを見つめつつ、アリキーノは言う。
「少し頑張り過ぎる所が心配なんだけどねー。出来れば彼女にはオレっちの傍で、ただ笑っていて欲しいんだよ」
「………」
その言葉は、どこか恋人に向ける言葉にしては違和感を覚えた。
どちらかと言えば、妹や娘。
対等な立場、と言うよりは守るべき相手に向けるような言葉に聞こえた。
(…まあ、愛の形はそれぞれか)
だが、それほど悪い雰囲気はしなかった為、ネロはそれを指摘することは無かった。
二人がこの関係を気に入っているのなら、特に問題は無いだろうと。




