第三十話
魔王トロメーアは倒された。
欲望のままに他者から奪い続けていた強欲の魔王は、その報いを受けることになった。
そしてそれは、千年続いていた四大魔王の支配が破られたことを意味する。
『大変なことになりましたね』
『面白いことになったわね』
トロメーアの死。
その情報はすぐに他の魔王の耳にも入った。
魔王同士を繋ぐ通信技術。
開発者であるジュデッカが『魔界通信』と名付けた魔道具によって、二人の魔王は言葉を交わす。
片方は厄介そうに。
片方は愉快そうに。
『魔王が凡百の悪魔に殺されるなど、前代未聞。異常事態ですよ』
『ふふ…異常事態ね』
深刻そうに告げるジュデッカの言葉に、アンテノーラは愉し気に笑った。
友人との会話を愉しむ淑女のような穏やかな笑みだった。
『何が可笑しいのです? 奴らは四大魔王の打倒を掲げ、トロメーアを殺した。次に狙われるのは私達なのですよ?』
ジュデッカは忠告するように告げる。
彼はトロメーアが殺されたことに怒りを抱いているのではない。
彼らは共に千年を生きた四大魔王だったが、他の悪魔がそうであるように仲間意識など欠片も無い。
むしろ、魔王同士は今の世界の覇権を争う敵同士であり、トロメーアが死んだ事実自体はジュデッカもアンテノーラも好都合と感じている程だ。
問題はそれを成したのが他の魔王ではなく、凡百の悪魔だと言うこと。
そしてその悪魔達は、ジュデッカとアンテノーラの命も狙っていること。
『…四大魔王ね。ねえ、前々から思っていたのだけど、私達っていつまで四大魔王と名乗り続けるのかしら?』
『………』
『トロメーアは殺され、それにカイーナは…』
続きを言いかけて、アンテノーラは口を閉じた。
多くは語らないが、四人目の魔王が既に機能していないことを暗に告げていた。
『二人しかいないのに、いつまでも四大魔王なんて滑稽だと思わない?』
『…何が言いたいんです?』
『これからは四大魔王と名乗ることをやめるか…』
愉し気な口調のまま、アンテノーラは告げる。
『新しい魔王を選出するのは、どうかしら?』
「さあ! 飲め飲めー! 食え食えー! 今日は無礼講だー!」
ディーテの最下層。
ヴェンデッタのアジトにて、アリキーノはグラスを手に叫んだ。
アジト内には全てのメンバーが揃い、酒を飲んだり、仲間と騒いだりしている。
それは祝勝会だった。
歴史上初の快挙。
魔王討伐と言う功績を祝い、彼らは共に勝利を喜び合っている。
誰もが魔王に恨みと憎しみを抱いているが故に、その喜びは強かった。
「本日の主役はネロちゃん! そしてウェルギリウスだー! 二人が居なければ魔王は倒せなかった! 今日は存分に楽しんでくれー!」
酔っているのか、普段以上にハイテンションなアリキーノがグラスを掲げる。
ヴェンデッタの面々が二人へと熱い視線を向けた。
アリキーノの言う通りだ。
ウェルギリウスがトロメーアを追い詰めたからこそ、彼らは勝利できた。
そして何より、追い詰めたトロメーアに止めを刺したのはネロだ。
「ネロ万歳! ウェルギリウス万歳! ヴェンデッタ万歳! わははははは!」
新参者だったネロだが、今回の活躍で彼らの目は変わった。
今ではウェルギリウスと同じくらい、ネロにも羨望の眼差しを向けている。
「そこまで褒められると悪い気はしないねぇ」
チビチビと酒を飲みながらネロは苦笑いを浮かべた。
言葉とは裏腹に、あまり喜んでいるようには見えなかった。
持て囃されることを嫌っていると言うよりは、戸惑っていると言った方が正しいだろう。
「折角認めてくれているのだから、もう少し嬉しそうに笑ったら?」
「ビーチェが褒めてくれるんなら、もっと嬉しいんだけどな」
「………」
ビーチェの言葉にネロは真顔で答える。
前々から分かっていたことだが、ネロにとっての優先順位はビーチェが常にトップ。
彼女からどう思われるかが一番重要であり、それが全て。
他の者達の評価など、あまり気にしていないのだ。
「…褒めてあげるわよ」
「本当に?」
「ええ、あなたのお陰で私は両親の仇を討てた…ありがとう。心から感謝している」
ビーチェは真剣な表情で礼を告げた。
自分が他人に感謝を告げることになるなんて、夢にも思わなかった。
だけど、コレは本心だ。
ビーチェは心の底からネロに感謝していた。
彼が味方で本当に良かった。
「…ハグしてもいいか?」
「調子に乗るな」
ペシッとネロの額を叩くビーチェ。
口元には笑みが浮かび、どこか雰囲気が穏やかになっていた。
復讐を果たし、怨敵を倒したことで少しだけ心にゆとりが出来たのかもしれない。
「楽しんでいるようだな、ネロ」
「うん? ウェルギリウスか?」
声を掛けられ、ネロはゆっくりと振り返る。
そこには食べ物の入った皿を持ったウェルギリウスが立っていた。
グラスも持ってはいるが、中には何も入っていない。
「グラスが空だぞ」
「このままでいい。俺は酒を好まない」
そう言って、ウェルギリウスはパクパクと皿に入った物を食べる。
何の料理か分からないが、何やら目が痛くなりそうな程に赤い物だ。
やけに辛そうだが、ウェルギリウスは飲み物も無しに平然と食べている。
「何だそれ?」
「好物だ。生憎と、理解を得られたことは一度も無いが」
それはそうだろう。
漂ってくる匂いを嗅ぐだけで鼻がツンと痛む。
こんな激辛料理を好むのは味覚がおかしい奴だけだ。
いかにも無趣味そうなウェルギリウスの意外な好物に、ネロは少し驚いた。
「…ネロ。お前は一体何者だ?」
手にしていたフォークを皿に置き、ウェルギリウスは訊ねた。
「は? どういう意味の質問だ?」
「言葉通りだ。お前の能力は、あまりにも不可解だ」
ネロはトロメーアを倒した。
一度は完膚なきまでに敗北し、命まで奪われた相手に勝利した。
善戦した、と言うだけではない。
むしろ、終始トロメーアを圧倒していたと聞いている。
最初にトロメーアと戦った時、ネロにそんな力は無かった。
再戦までの短期間で魔王に匹敵する程の力を得るなど不可能。
だからこそ、ウェルギリウスはネロの強さの秘密が気になるのだ。
「そんなこと言われても、俺にも分からん」
ネロは本音でそう語った。
ネロ自身、おかしいとは感じている。
だが、事実としてトロメーアと再戦した時から正体不明の力を得ていた。
訳も分からないまま能力を強化され、気付けばトロメーアの首を刎ねていたのだ。
「アレじゃないか? 怒りとか想いとかそう言う力でパワーアップ? みたいな?」
「有り得ない」
ネロの冗談に、ウェルギリウスは怖いほど低い声で否定した。
「ご都合主義の英雄譚など起きる筈がないのだ。少なくとも、この世界では」
断言するように、ウェルギリウスはそう告げた。




