第二十八話
「ははははは! 死ね! 死ねェ!」
古城『フレジェトンタ』が揺れる。
天井が落ち、壁が迫り、床からは無数の槍が飛び出す。
城そのものがウェルギリウス達を殺そうと襲い掛かる。
「ヤベェ、一度撤退するぞ…!」
グラッフィは迫りくる攻撃を躱しながら叫ぶ。
状況が不利すぎる。
上下前後左右、全ての方向から攻撃が来る。
この城自体がトロメーアの支配下なら、自分達は既に彼の体内に居るも同然だ。
とにかく、一度城から脱出しなければ戦いにすらならない。
そう判断し、グラッフィは窓の方向を見る。
「逃がすと思うか?」
しかし、トロメーアはそれを予測していた。
先程まで確かにあった筈の窓はそこに無く、グラッフィ達の入ってきた入り口すら消えていた。
「どこにも逃げ場など無い。お前達はここで潰れて死ね」
「!」
地響きを立てながら古城が少しずつ縮んでいく。
捕らえた獲物を纏めて潰すべく、天井と壁が迫ってくる。
「ふざ、けんな…! この程度で俺が死ぬかよォ!」
叫びながらグラッフィは両手を前に突き出す。
揃えられた両手の指にバチバチと紫電を纏う。
グラッフィの最大出力。
古城全てを破壊する程では無いが、それでも城の一角を消し飛ばす程度の威力はある。
(トロメーアの声は向こうから聞こえた。今は壁に隠れて見えねェが、この方向に本体が居る…!)
そう、狙うのはトロメーアの本体。
この攻撃を本体にぶつければ、トロメーアもただでは済まない筈だ。
例え勝算の低い賭けだとしても、何もせずに殺されることなどグラッフィのプライドが許さなかった。
「放てェ!『バレーノ」』」
稲妻が放出される。
十本の指から放たれた雷の糸が交わり、一本の光となってトロメーアを狙った。
「…な」
しかし、攻撃を放った直後、それを遮るようにグラッフィの前にウェルギリウスが割り込む。
「テメエ、何を…!」
グラッフィは慌てて声を上げるが、既に放った攻撃は止まらない。
稲妻はウェルギリウスの背中、そして手にした純白の剣を貫く。
「『アイネイアース』」
その時、ウェルギリウスの口元が僅かに吊り上がった。
名を告げられた純白の剣が稲妻を呑み込み、光り輝く。
魔素を、魔爪を、残らず喰らい尽くし、咆哮を上げた。
(何、だ…? アレは…?)
トロメーアは目の前の光景が理解できない。
ウェルギリウスの能力は悪魔殺し…魔素を消滅させることでは無かったのか。
何だ、何が起きている?
こんな物は、今までに見たことが無い。
未知だ。
人生に生き飽き、あれほど求めていた未知だと言うのに。
それを前に、トロメーアは悪寒が止まらなかった。
「消し飛べ」
(…マズイ!)
純白の剣が振り下ろされる。
瞬間、稲妻は白い斬撃となって古城を破壊した。
天井も壁も床も全てぶち抜き、トロメーアの本体を消し飛ばす。
「カ…ッ」
胴体から下が蒸発したトロメーアの体が地に転がる。
残った上半身も余波で焼け焦げ、心臓も炭化していた。
本体が致命傷を負ったことで能力が解除され、古城が崩壊を始める。
「よくも、この俺を…! 魔王を…!」
「魔王は全て殺す。お前が最初の一人だ」
憎々し気に睨むトロメーアに対し、ウェルギリウスは冷めた表情で告げた。
冷ややかな表情だが、その眼にはトロメーア以上に深い憎悪が宿っている。
「…俺が、憎いのか…? そんなにも、俺を殺したかった、のか…?」
「………」
「は、ははは…それは………残念、だったな!」
瀕死の状態でありながら、トロメーアは勝ち誇るような笑みを浮かべた。
焼け焦げた口を大きく開き、そこから青白い光が放たれる。
一瞬、攻撃と考えたウェルギリウスだったが、それは間違いだった。
青白い光は崩れた天井を擦り抜け、空の果てへと飛んでいく。
「…俺にとって本体とは、最も多くの魂を宿した器の一つに過ぎない。この体と他の器に、魂の量以外の違いは、無い」
「…!」
「はははは! 今、逃がしたのは俺の魂さ! コレでこの体が壊されようと俺は死なない! お前の手は! 俺の魂に! 届かない! はははははははははは!」
嘲笑を浮かべるトロメーアの体が完全に崩壊する。
だが、トロメーアはまだ死んでいない。
その魂はここではない場所へ逃げたのだ。
「何…?」
同じ頃、トロメーアの分身と交戦していたネロは声を上げる。
突然、空から青白い流星が現れ、それがトロメーアの分身を貫いたのだ。
青白い光は分身の体を傷付けることなく、その体内へと吸い込まれていく。
ドクン、と大きな鼓動が聞こえた気がした。
「危ない危ない。うっかり死ぬ所だったな」
分身の雰囲気が、威圧感が変貌する。
体から放たれる魔素の量が数倍になり、可視化した魔素が黒い霧となってトロメーアを包む。
直感的にネロは理解した。
目の前に居る男は、分身ではなくなった。
理由は不明だが、今ネロの前に立っている男こそがトロメーアの本体だ。
「コレでウェルギリウスの作戦は全て潰した訳だが…正直、あまり良い気分とは言えないな」
戦略的には勝ったとも言えるが、ウェルギリウスを相手に尻尾を巻いて逃げたことに変わりない。
本来の肉体を破壊されてしまったことも癇に障る。
「奪われてばかりと言うのも魔王の沽券に関わる。少しばかり、奪い返してやろうか?」
ギロリ、とトロメーアの眼がネロ達を見つめた。
ヴァンデッタ。
ウェルギリウスが率いる部下達を。
「勝利はくれてやる。代わりに、それ以外の全てを奪ってやろう!」
皆殺しだ。
ウェルギリウスを慕うヴァンデッタのメンバーを残らず虐殺する。
この場に居る者達も、都市に隠れている者達も、誰一人逃さない。
ウェルギリウスの持つ物を全て奪い尽くしてやる。
「『ファンタズマ』」
トロメーアの周囲から青白い腕が出現する。
炎のように揺らめく巨人の腕。
その数は十を超えていた。
「…ッ」
誰も逃げられない。
唯一魔王と戦えるウェルギリウスはここに居ない。
ネロも、ビーチェも、アリキーノも、ただ殺されるだけ。
その筈だった。
「『オンブレ・チネージ』」
トロメーアに立ち向かうように、ネロは告げた。
足下の影が蠢き、沼のように波打つ。
「ハッ、お前の不死性は確かに驚嘆に値するが、ただ死に難いと言うだけで俺に勝てると思っているんじゃないだろうな?」
今のトロメーアは器のような不死性を持たないが、それでも並みの悪魔に殺されるほど弱くない。
不死性を失った代わりに一度に使役できる腕の数は倍増し、殺傷能力は非常に強化された。
同時に、それは敵の接近を許さない防御でもある。
十の腕が常にトロメーアを守り、近付いた敵を瞬時に握り潰すのだ。
「コレが魔王、か」
ぼんやりとネロは呟いた。
初めて目にする魔王の力、その存在感を目に焼き付ける。
「ああ、理解したよ。こんな感じだな」
「何を…」
言っている、と続けようとしてトロメーアは言葉を失った。
ネロの姿が消えた。
己の影に沈み込むように、一瞬で掻き消えた。
(影に潜る能力…!)
器を操っていた時に何度か不意を打たれた攻撃。
自身の影に潜伏し、敵の死角から奇襲を仕掛けるネロの得意技。
それを理解したトロメーアはすぐに視線をネロの影へと向ける。
「遅い」
「な…に…?」
鮮血が宙を舞った。
トロメーアの左肩から先が千切れ、地に落ちる。
傷口を抑えることも忘れ、トロメーアは呆然とネロを見つめた。
「どうした? 随分と遅くなったじゃないか?」
皮肉気な笑みを浮かべてネロは告げた。
逆だった。
断じて、トロメーアが遅くなったのではない。
ネロの身体能力が、その速度が、トロメーアと同等以上まで強化されたのだ。
(何故、何故だ…!)
ギリッ、とトロメーアは歯を噛み締める。
この男も、ウェルギリウスと同じだ。
ただの悪魔でありながら、自分の存在を脅かす。
魔王となり、全てを支配し、奪う者となったトロメーアの地位を揺るがす。
「奪わせねえ、俺からは奪わせねえぞ…! 俺はもう失わない…! 何一つとして!」
トロメーアは憤怒の表情でネロを睨みつける。
全て全て奪い尽くす。
命も魂も、血も肉も骨も、その存在の全て奪って殺してやる。
奪われる前に、奪い尽くす。




