第二十六話
「本当の自由に得たい者は俺と共に戦え」
数多の眷属達を前に、ウェルギリウスは告げる。
「俺の為に戦えと言っているのではない。お前達の自由の為に戦えと言っている」
服従を求めている訳では無い。
力で従えるのなら、それは魔王のやり方と変わらないから。
ウェルギリウスが告げるのは命令ではなく、提案。
「俺は必ず魔王をこの手で殺すと約束しよう。だから、お前達の力も貸してくれ」
この一時の間だけの共闘。
魔王さえ倒せば、それ以降は自由だ。
ウェルギリウスは彼らを縛り付けたりしない。
「…それでも魔王の奴隷で居たいと言うのなら是非もない。俺の手で斬り捨てるだけだ」
血の気の多い眷属を数人斬り伏せながら、ウェルギリウスは言った。
魔王の眷属をあっさりと殺害する実力。
そして言葉から伝わる絶対の自信。
眷属達はそれに魅了され、ウェルギリウスの後に続いた。
熱狂は次々と伝染していき、ウェルギリウス達は数を増しながら城の中を突き進む。
「かははは! やるねェ! お前と組んで良かったぜ!」
グラッフィは上機嫌そうに笑った。
この男は相手の求める物をよく理解している。
トロメーアの眷属は力こそ全てと信じている。
圧倒的な強者と言うだけで、誰もが敬意を向けるだろう。
その上で、魔王トロメーアとは違う所を告げる。
眷属より強い実力を持ちながら、彼らを支配しない。
その言葉は、彼らの心によく響いた。
「トロメーアは、恐らく地下だ」
「地下ァ? この城に地下室なんてねェ筈だが?」
「知らされていないのは当然だろう。奴にとって眷属とは、単なる玩具に過ぎないのだから」
眷属とは言うが、決して心を許していない。
自分以外の全てを自分が愉しむ為の玩具と思っているトロメーアが、己の秘密を誰かに教える筈がない。
「奴の本体は必ず城の中に潜んでいる」
トロメーアにとって眷属とは、己の新たな肉体。
外で活動する為の『器』なのだ。
実力主義も弱肉強食も恐らくは、より強い器を選別する為のものだ。
ならばトロメーアの本体も城の中に潜んでいる筈だ。
常に眷属達の様子を探りながらも、彼らに決して見つからない場所。
例えば城の地下空間など…
「ハッ、眷属でもねェくせに俺ら以上にトロメーアのことを知ってやがる。お前は本当に何者だ?」
「ウェルギリウスだ。それ以外に名乗るべき名を持たん」
「そう言う意味で言ったんじゃねェよ、馬鹿が」
誤魔化しているのか本気で言っているのか。
やや呆れたようにグラッフィは息を吐いた。
「まあいい。それじゃあ、秘密の地下室とやらから魔王を引き摺り出すとするかァ!」
グラッフィは叫びながら、拳を振り上げた。
それに呼応するように他の眷属達も雄叫びを上げる。
普段は憎み合い、殺し合う仲だと言うのに、今だけは心が一つだった。
これもウェルギリウスと言う男のカリスマか。
眷属達は魔王トロメーアを倒すべく、己の武器を手に走り続ける。
『我が魂よ、踊り狂え』
その時、地獄から這い上がるような声が響いた。
地面から、青白い腕が伸びる。
一本や二本ではなく、十を超える巨人の腕が眷属達を包み込んだ。
グシャリ、と言う音と共に十数人の眷属が握り潰された。
魂そのものを破壊された彼らの血肉が腐り果て、一瞬で風化する。
「来やがったか…!」
攻撃を躱したグラッフィは警戒した顔で雷の爪を構えた。
ウェルギリウスもまた、油断なく純白の剣を握り締める。
『裏切りは、許そう』
地の底からトロメーアの声が響く。
『敵対も反抗も侮辱も、全て許そう』
暗く、冷たい声だった。
煮え滾るような怒りを無理やり抑え込んだような声だ。
『だが…』
ビキビキと音を立てて、城の床に亀裂が走る。
大地を破壊して魔王が地の底より現れる。
「奪うことだけは許さん! この俺から! お前如きが!」
それは、痩せ細った一人の男だった。
少年と呼んでも良い程の年齢に、小柄な体。
若々しい容姿に反して髪は老人のように白く、肌にも深い皺が刻まれている。
ボロボロの白装束と包帯だけを身に着けており、手足は枯れ枝よりも脆く見える。
にも拘わらず、弱々しいと言う印象を受けないのは浮かべている表情と雰囲気のせいだろう。
禍々しい程の魔素を纏った体は視界に入れるだけで嘔吐感を覚える程であり、顔に浮かぶ表情は正に悪魔そのもの。
これこそがトロメーアの本体。
隠し続けてきたトロメーアの本当の姿だ。
「俺の眷属を! 俺の物を! よくも奪ってくれたな、この俺から!」
トロメーアがウェルギリウスを睨みながら激怒する。
自分を裏切った眷属に対する怒りは無い。
普段なら裏切り自体を愉しみながら、惨殺する所だ。
だが、ウェルギリウスは言葉巧みに眷属達を従えた。
トロメーアの眷属を奪ったのだ。
他者から物を奪われると言うことが、何よりもトロメーアの逆鱗に触れた。
「奪うのは俺だ! お前じゃない!」
無数の巨人の腕を従えながら、トロメーアは叫んだ。




