第二十三話
「死ねェー! くそがァァァ!」
ある悪魔がそう叫びながら地を駆ける。
己の魔爪を研ぎ澄まし、全霊を以て目の前の敵へと振るう。
「ハッ! うぜェんだよ!」
迫る悪魔を見て、その男は笑みを浮かべた。
友好的な雰囲気など欠片も無く、肉食獣よりも凶暴な笑み。
浴びせられる殺気と殺意。
自分が狩る側だと思い込んでいる雑魚を男は嗤う。
「消し炭になりなァ!」
拳を振り被る敵に対し、男はただ人差し指を前に向けた。
バチバチと火花が散り、指の先端から光が放たれる。
「―――」
瞬間、雷鳴が轟いた。
男の指先から放たれた雷霆が敵を貫き、骨まで炭へと変える。
一瞬の出来事だった。
その悪魔は、己が何をされたか気付くことも無く、絶命した。
「かははははははは!」
炭化した焼死体を踏みつけながら、男は嗤った。
荒波のように逆立った金色の髪を持つ男だった。
耳にピアスを付け、手には指輪、首にはネックレスと、全身にジャラジャラと装飾を付けている。
ギザギザとした歯を剥き出しにした攻撃的な笑みは、本人の性格をよく表していた。
「調子に乗るなよ! 雷野郎が!」
「死にやがれ! くそが!」
戦いはまだ終わっていなかった。
別の悪魔達がそれぞれの武器を手に、男へと襲い掛かる。
血走った眼をした誰もが正気では無く、ただ目の前の敵を殺すことに執心する獣に過ぎない。
「かかってこい、雑魚共!」
男は敵の数を恐れることなく、それを迎え撃つ。
自分が負けることなど微塵も考えていない。
それは焼死体となって死んだ者も同じだった。
誰もが自分こそが強者と考え、それ以外は全て弱者と見下す。
この世は弱肉強食。
だから必ず、自分は勝つと信じている。
「かはははははは!」
彼らこそ、魔王トロメーアの眷属。
弱肉強食の理に染まった悪魔達。
誰もが自分こそ最強と信じているのだから、眷属同士の殺し合いは絶えない。
今の戦いだって、きっかけは本当に些細なことだった。
酒の取り合い、女の奪い合い、そんな下らない理由で彼らは容易く殺し合う。
己の欲望を何よりも優先するが故に、何一つ妥協できず、奪い続ける。
欲に塗れたその姿は、彼らの支配者であるトロメーアによく似ていた。
「ふう…」
敵対者を全て殺し尽くし、金髪の男は息を吐いた。
傷など負っていないが、少しばかり疲れていた。
あの程度の雑魚に負けることなど有り得ないが、流石に連戦を続ければ面倒だ。
「見事。見事。中々愉しい見世物だったぞ」
そこへ声を掛ける男が居た。
先程まで殺し合いを続けていた危険な男の前に現れるのは、彼以上に危険な存在である魔王。
「グラッフィ。また強くなったんじゃないか? お前のような強い眷属を持てて、俺は幸せだな」
「…魔王トロメーア」
グラッフィ、と呼ばれた男はトロメーアへ視線を向けた。
ミイラのように全身に包帯を巻いた魔王を見つめ、目を細める。
「眷属最強はバルバの奴かと思っていたが、考え直す必要があるかもなァ」
ご機嫌な様子でトロメーアは友好的な笑みを浮かべる。
それに対し、グラッフィは殺し合いの時とは一変して冷めた表情を浮かべていた。
「バルバ……そう言えば、バルバリッチャの奴、最近見ないな。今、どこに居るんだ?」
「彼は俺の『後継』になってもらったよ。彼も俺の役に立てるなら、と喜んで役目を果たしてくれている」
そう言って、トロメーアは己の顔を覆う包帯を撫でた。
「………」
意味深な言葉と仕草に、グラッフィは何も答えない。
ただその視線の鋭さが僅かに増した。
「それはそうと、俺は少し出掛けるから。留守を頼むよ」
「…どこへ出掛けるんだ?」
「ディーテさ。ヴェンデッタの連中が中々仕掛けて来ないから、こっちから少しちょっかいだそうと思ってなァ」
まるで遊園地に行く前の子供のような声色で、トロメーアは言った。
「…自分を殺すと言っている組織の下へ、一人で向かうつもりなのか?」
「当たり前だろう? お前達をぞろぞろと連れていったら、俺の愉しみが減る」
命の危険よりもそちらの方が問題だ、と言うようにトロメーアは息を吐く。
何より、己が死ぬことなど考えていないのだろう。
トロメーアは、この地獄を支配する魔王なのだから。
「…はん。アンタの愉しみの邪魔だけは出来ねェな。俺ァ、大人しくお留守番しておくぜ」
「では、よろしくな」
そう言うと、トロメーアは窓から出ていった。
ふわふわと宙を浮かび、ディーテの方向へと飛んでいく。
「………」
それを見送りながら、グラッフィは皮肉気な笑みを浮かべた。
「ハッ、鬼の居ぬ間に…何とやらだ」




