第二十二話
ネロとビーチェがヴェンデッタと行動を共にするようになり、三日が経った。
その間、二人は様々なメンバーと顔を合わせていたが、特にトラブルも無く日々を過ごしていた。
悪魔はその我の強さ故にあまり群れることを好まない筈だが、ヴェンデッタのメンバーは皆、二人を受け入れていた。
それは共に魔王の被害者であり、魔王打倒を望む同志だから。
共通の目的を持つ、と言う一点で彼らは団結しているのだ。
「………」
ネロは地下施設の一室にて、寛いでいた。
普段ならビーチェと共に行動しているが、ここ数日あまりに付き纏い過ぎた為、彼女に別行動を命じられてしまったのだ。
仕方なくネロは娯楽室で音楽を聞いていた。
レトロな蓄音機に似た形状の魔道具から流れる音が、ネロの心を穏やかにする。
「………」
ネロはふと自身の手を見つめた。
傷一つ無い腕だ。
トロメーアと戦った際には全身の肉が腐り落ち、骨まで溶けたと言うのに。
全て何の後遺症も無く完治している。
再生能力、ではない。
ネロは知っている。気付いている。
あの時、自分は本当に死んだのだ。
「―――」
闇の中に沈む感覚を覚えた。
全身から熱が失われ、魂が肉体から離れる悪寒を感じた。
確かに死を実感したのだ。
なのに、自分は生きている。
それは一体何故だ?
自分は一体何者なんだ?
「悩み事か?」
「!」
その時、娯楽室の扉が開き、男が入ってきた。
左右で目の色が違う男。
白と黒を基調としたローブに身を包み、腰には純白の剣を下げている。
「ウェルギリウス…」
意外な人物を前に、ネロは笑みを浮かべた。
「そちらから声を掛けて来るなんて珍しいじゃないか。てっきり、お喋りが嫌いなのかと思ったぞ」
「無駄話は好きでは無い。が、お前には俺も少しばかり興味がある」
「興味がある、なんて言われても俺は身も心もビーチェに捧げているからお断りだぜ?」
「…無駄話は好きではないと言っただろう」
仏頂面のままウェルギリウスは眉を動かした。
ネロのジョークはお気に召さなかったようだ。
「分かっている。俺の体質のことだろう?」
「そうだ」
ジロリ、とウェルギリウスは二色の目でネロを見つめた。
「お前はトロメーアに魂を潰された。肉体はともかく、魂を修復する方法など無い。お前はあの時、確実に死んだ筈なのだ」
「それは俺も分かっている」
死んでいる筈、と言われてもネロも困ってしまう。
そんなこと、誰よりも自覚しているのだから。
それでも生きているものは仕方が無いだろう。
「…まあ、俺はそこまで深刻には悩んではいないんだけどな」
「何?」
「どんな理由であれ、俺は死なない。俺が何者であれ、この力があればビーチェを護れる」
ネロにとって重要なのはそれだった。
自分の記憶や正体なんかよりも、ビーチェの方が大切なのだ。
彼女のことを護れるのなら、自分は何者でも構わない。
「…不思議な男だな、お前は」
「そうか?」
「異常、と言ってもいい」
ウェルギリウスの無機質な目に僅かな熱が込められた。
「誰もが己の欲を優先する。ヴェンデッタのメンバーも同じだ。奴らは俺の命令に忠実に従うが、それは己の欲を叶える上でそれが最も正しいと判断しているだけのこと」
少しでも間違っていると思えば、彼らはあっさりと裏切るだろう。
悪魔の団結などその程度。
結局のところ、個々の集まりに過ぎないのだ。
「にも関わらず、お前は己よりもあの娘を優先した」
好みの女だから、と言う理由ではない。
例え最愛の妻であっても、悪魔である限り己と引き換えには出来ない筈だ。
他者の為に自身の命を犠牲にするなど、有り得ない。
「案外、そこにお前の不死の秘密が隠されているのかも知れんな」
「そんなことを言われてもな。俺にとっては、それが普通なんだよ」
困ったようにネロは自身の頭を掻いた。
理由や理屈では無いのだ。
ただシンプルな事実として、ネロは自分よりもビーチェが大切なのだ。
だからきっと、同じような状況になれば何度でもネロは命を捨てる。
ビーチェの為に死に続ける。
「…異常なのはお前か、それとも…」
「何か言ったか…?」
「…いや、何でも無い。そろそろ失礼する」
意味深なことを呟きながら、ウェルギリウスはネロに背を向けた。
そしてそれ以上は何も語らず、部屋から出ていった。




