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悪の嚢  作者: 髪槍夜昼
第零圏
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第二話


「千切れ飛べ」


戦いは一方的だった。


ネロが腕を振るう度、男達の誰かが血を流して絶命する。


腕が、足が、首が、宙を舞って屍が増えていく。


返り血に顔を汚しながらも躊躇いなく、ネロは殺戮を続ける。


その容赦のなさは、正しく悪魔的だった。


「ま、魔爪マレブランケ!」


男達が怯えた表情で己の爪を発動させる。


火や氷など、様々な異能が放たれるが、ネロはそれを意に介さない。


ただ腕を振るうだけで、爪を振るうだけで、全てを切り裂く。


「くそ、化物が…!」


「コイツの能力は、何だ…!」


例え爪を回避しても、その身を切り刻まれる。


どれだけ距離を取ろうとも、それから逃れることは出来ない。


それは爪による物理攻撃では有り得ない。


ネロもまた、魔爪を使っているのだ。


(…影)


その能力の正体に最初に気付いたのは、呆然と殺戮を眺めていた女だった。


そう、影だ。


ネロが爪を振るうと共に、ネロの影が動き、刃となって男達を切り刻んでいる。


大きく振るう爪はただのフェイント。


本命の影が、男達自身にすら気付かれない速度で攻撃しているのだ。


(影を、操る能力)


それは女の能力と似ていた。


しかし、動物を生み出す程度しか出来ない彼女とは威力が違い過ぎる。


(この男は、一体…?)








「片付いたな」


一方的な殺戮を終え、返り血を拭ったネロは呟いた。


男達の残骸を己の影の中に沈めると、乱れた服を整える。


「改めて、俺の名はネロと言う」


そう言ってネロは深々と頭を下げた。


「どうか、君の名前を教えてくれないだろうか?」


「…ビーチェ。私の名前は、ビーチェよ」


警戒した目でネロを見つめながら、ビーチェは自身の名を告げる。


自分よりも遥かに強力な悪魔。


それだけで、ビーチェにとっては油断ならない敵だ。


「ビーチェ、良き名前だ」


噛み締めるように名前を言いながら、ネロは片膝をつく。


「まずは礼を言おう。ありがとう」


「…?」


ビーチェは訝し気な顔をした。


何故、この男が礼を言うのか。


結果的に助けられたのはビーチェの方だ。


ビーチェはネロに何もしていない。


「俺は君に救われた。貴女の声が、俺をあのから助け出した」


「…どういうこと?」


ますます訳が分からず、ビーチェは尋ねる。


「闇。そう、闇だ。俺はずっと闇の中に居た」


ネロは瞼を閉じ、思い返すように告げた。


「上も下も、右も左も無い。母胎のような温かな闇の中。俺はある日気付いた時から、そこに閉じ込められていた」


「………」


「どうすることも出来ず、ただ時を数えていた俺の耳に、君の声が聞こえた」


それは助けを求める声。


闇の中に響くその声を聞いた瞬間、ネロは闇から解放された。


「そして気が付くと、俺は君の前に立っていた。だから君は俺の命の恩人なんだ」


この場には何人もの悪魔が居たが、声の主はすぐに分かった。


自分を救ってくれた相手は一目で分かる。


ならば、残るのは恩人を傷付けようとしている敵だ。


ネロが彼らを殺戮することに迷いはなかった。


「………」


ネロの話を聞かされて、ビーチェは無言で考え込む。


(…胡散臭い)


ビーチェはそう結論を出した。


そんな言葉を素直に信じる程、ビーチェは幸福な人生を送っていない。


そもそもネロが闇の中に封印されていた、と言うのも本当かどうか分からない。


それを助けたのが本当にビーチェかどうかも不明。


そして何より、


他者に恩を感じる(・・・・・・・・)、と言うことが不自然だ。


悪魔は悪だ。


悪とは利己的であり、我欲に忠実であり、他者を顧みない。


例え誰かに助けられた所で、それに恩を感じたりしない。


正直、何か別の思惑があってビーチェに近付こうとしていると考える方が自然だ。


(…だけど)


ビーチェはネロの戦いを思い出す。


傷一つ負わず、一方的に悪魔達を殺戮したネロの力。


非力なビーチェにとって、あの力は魅力的だった。


「この恩を返したい。何なりと望みを言ってくれ」


「…そうね」


ビーチェは作り笑みを浮かべた。


「なら、あなたは私の騎士となりなさい。私を護り、私の敵を倒す剣に」


「…ははッ! それは良い!」


ネロは心から愉しそうに笑う。


どこか芝居じみた仕草で一礼した。


「我が力。我が命。全ては君の物だ、我が主!」


熱意に満ちた顔でネロは告げる。


そんな顔を、ビーチェは冷ややかに見つめていた。


(信じた者は、裏切られる)


それは、悪魔であるビーチェが心に刻んでいることだった。


(だから私は信じない。誰一人)

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