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悪の嚢  作者: 髪槍夜昼
第一圏 トロメーア
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第十八話


「ふう、上手くいったな」


倒れたトロメーアの体を見下ろし、安堵の息を吐くアリキーノ。


集まった他の悪魔達も同じように警戒を解いた。


「なあ、ウェルギリウス。作戦の第一歩は大成功だ。幸先が良いと思わない?」


「…ふん」


ウェルギリウス、と呼ばれた左右で色の違う目を持つ男は鼻を鳴らす。


手にしていた純白の剣に付いた血を拭い、無言で鞘へと仕舞った。


「強欲の魔王。未知なる物に対する好奇心を抑えられないトロメーアだからこそ通じた。他の魔王ではこう上手くはいかなかった」


表情も変えずに淡々と、ウェルギリウスは事実を告げる。


未知に対する渇望こそがトロメーアと言う魔王の性質にして、弱点だ。


知らない相手が目の前に現れたら興味を抱かずにはいられず、どんな攻撃も受けずにはいられない。


その抑えの効かない強欲の隙を突く形で、不意打ちを成功させた。


他の魔王には使えない手だろう。


「あなた達は、一体…?」


二人の会話に入り込むように、ビーチェは呟いていた。


それに気付き、アリキーノは愛想の良い笑みを浮かべる。


「オレ達は、ヴェンデッタさ」


「…ヴェンデッタ?」


先程もトロメーア相手に名乗っていた名前に、ビーチェは首を傾げる。


復讐ヴェンデッタとは、穏やかに聞こえない名前だ。


だが、名前の響きから何を目的としているのはよく分かる。


「想像の通りだよー。オレ達は魔王への復讐を掲げる組織。革命軍、と言っても良い」


「革命軍…」


魔王の支配を拒み、彼らへ反逆する者達。


それは悪魔の長い歴史の中で、幾度か現れたことのある存在だ。


その全ては四大魔王に潰されており、現存する組織があるとは知らなかったが。


「…仲間になれ、と言ったのはこういう意味だったのね」


「そうだよ。アレ? オレっち、言わなかったっけ?」


胡散臭い言動と格好からビーチェ達は信じなかったが、アリキーノは本当に仲間に加える目的で声を掛けていたようだ。


四大魔王への反逆。


その目的はビーチェとも重なる。


「今からでも遅くは無いだろう? ビーチェちゃん、君もヴァンデッタに入らないか?」


「…どうかしらね。私の復讐相手は、もう殺されたようだし」


複雑そうな表情でビーチェは、トロメーアの遺体を見つめた。


アレだけ強く恐ろしかったトロメーアは死んだ。


呆気なく、自分以外の手で。


「…いや、奴はまだ死んでいない」


トロメーアを見つめるビーチェに対し、ウェルギリウスが口を開いた。


感情の読めない目で、トロメーアの遺体を見下ろしている。


「コレは奴の器の一つに過ぎない。本体・・の心臓に刃を突き立てるまで、奴は死なない」


「…器? 本体?」


ウェルギリウスの言葉の意味が分からず、ビーチェは訝し気な顔をする。


トロメーアが死んでいないとはどう言う意味だろうか。


ならばここで死んでいるトロメーアは、ビーチェの父は、何なのだろうか。


「………」


しかし、ビーチェの問いに答える気が無いのか、ウェルギリウスは再び黙り込んだ。


「あーはいはい。ウチのボスってば、無口で秘密主義だからさー。ごめんね、愛想が無くてー」


ビーチェの肩を軽く叩きながら、アリキーノは苦笑を浮かべた。


「でも、今までボスが間違ったことは一度も無いから。魔王トロメーアは生きているよ、まだね」


その言葉には深い信頼が感じられた。


他の悪魔達もウェルギリウスを見る目には敬意のような物が浮かんでいるように見える。


革命軍『ヴェンデッタ』はウェルギリウスが中心となっているのだろう。


何よりも己の欲望を優先する筈の悪魔が、自分よりも正しいと迷いなく判断する相手。


彼の命令に従っていれば、必ず魔王打倒と言う目的を果たせると信じているのだ。


ウェルギリウスと言う一人のカリスマによって結束している組織。


それがヴェンデッタだ。


「…それと、ネロちゃんのことは残念だったね」


「………」


アリキーノに言われ、ビーチェは口を閉じた。


そう、ネロは死んだ。殺されてしまった。


最期までビーチェを庇い、トロメーアに惨殺された。


何故もっと早く助けに来てくれなかったのか、とアリキーノを責めることは出来なかった。


彼らの手を最初に拒絶したのはこちらなのだ。


あの時にアリキーノの誘いに乗っていれば、共に戦っていればネロは死ななかったかもしれない。


誘いを拒絶したのはネロ自身だが、彼はビーチェの意思を尊重してくれたのだ。


他者を信じられないビーチェは、アリキーノのことも信用していなかった。


口に出さずとも、それを読み取ったからこそネロは彼らを拒絶した。


ネロにはそう言う所があった。


ビーチェの怒りや悲しみを自分のことのように感じることが。


だからこそビーチェの怒りに答えるように、トロメーアと戦ったのだ。


「…私は」


どうして、彼はあれほどに自分の為に尽くしてくれたのだろうか。


ビーチェはネロのことさえもあまり信用していなかったと言うのに。


自分が死にかけている時にさえ、ビーチェを庇おうとするなど有り得ない。


(私には、そんな価値なんて…)


「…ん? ビーチェちゃん、ちょっと」


その時、落ち込むビーチェの耳にアリキーノの声が聞こえた。


見ると、アリキーノはビーチェの足下を指差していた。


「それ、何しているの?」


「それって…?」


指差す方向へ視線を向けると、ビーチェの足下が波打っていた。


否、足下ではない。


ビーチェの影が、ボコボコと泡立っている。


「まさか…!」


ビーチェがその光景に既視感を感じた瞬間、影から男が飛び出した。


「ぷはっ…! はぁ…はぁ…はぁ…!」


「ネロ…!」


荒々しく呼吸をする男を見て、思わずビーチェは声を上げた。


生きている。


間違いなく、ネロだった。


「何で、生きて…! 殺された、筈じゃ…!」


「ん? んんー? まあ、俺も死んだと思ったんだけどな…」


腐り落ちていた筈の両手足も、元に戻っていた。


理由は本人にも分かっていないようだ。


「良いじゃねえか、生きていたんだから。コレでまた、君の為に戦える」


「…ッ」


ニカッと笑うネロの顔を見ていられなくなり、ビーチェは俯いた。


何と言って良いか分からず、プルプルと震えるビーチェの姿をネロは不思議そうに眺めている。


「…驚いたな。トロメーアの攻撃から蘇るか」


そんな二人を見つめ、ウェルギリウスは呟いた。


魂を直接削り取るトロメーアの能力。


アレを受ければウェルギリウスであっても、死は逃れられない。


にも拘わらず、生きている。


五体満足の状態で。


「それに、ビーチェちゃんの方は魔王の娘だ。今は弱くても潜在能力は十分だと思うけど?」


「…そうだな」


アリキーノの言葉に、ウェルギリウスは頷く。


「あの二人は、ヴェンデッタに欲しい戦力だ。四大魔王を、倒す為に」

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