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悪の嚢  作者: 髪槍夜昼
第一圏 トロメーア
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第十七話


「次はどこを潰されたい?」


巨人の腕が振るわれる。


不気味に青白く光るそれは、死を予感させた。


「ッ」


ネロは失った左腕を抑えながら、咄嗟に瓦礫の後ろに隠れた。


あの腕に触れるのはマズイ。


理由は分からないが、アレに触れると肉体が腐り落ちる。


一度腐れば再生すら出来ない。


その正体が分かるまでは近付くことすら危険だ。


「瓦礫に隠れたか? 無駄だ」


瓦礫に身を隠したネロに対し、トロメーアは構わず巨人の腕を振るった。


「どんな防御も無意味」


炎のように揺らめく巨人の腕は、幻影のように瓦礫を透過する。


あらゆる物を擦り抜け、ネロへと迫った。


「俺の腕は、鎧も皮膚も肉も透過し、命そのものを直接握り潰す」


グシャリ、と巨人の腕が何かを握り潰す。


それは、ネロの右足だった。


みるみるうちに右足が腐り始め、バランスを崩したネロは地に転がった。


「さあ、次はどこだ?」


左腕と右足は既に潰した。


次はどこが良い、とトロメーアは残忍に嗤う。


「くそっ…!」


ネロは翼を広げ、トロメーアから距離を取った。


片足では地上を走れない。


だから翼を使い、空を飛ぶことでそれを補う。


まだネロの心は挫けていない。


「俺を前に空を飛ぶとは、勇気があるな」


パチン、とトロメーアは指を鳴らした。


直後、空を飛ぶネロの左右から瓦礫が迫った。


「空中に影は出来ない。それをどう防ぐ?」


地に足がついていない状態では、影から武器を生み出すことが出来ない。


ネロは迫る瓦礫を能力を使わずに防がなければならない。


「この…!」


瓦礫が体を圧し潰す寸前、ネロは魔力を込めて翼を加速させた。


間一髪瓦礫を回避し、ネロは息を吐く。


「安堵する余裕があるのか?」


「!」


その言葉にネロは地上のトロメーアに目を向けた。


無い(・・)


トロメーアの背から生えていた巨人の腕が、無くなっている。


「言った筈だ。俺の腕はあらゆる物を透過する」


「………」


ぞくり、と悪寒がした。


ゆっくりと振り返るネロ。


その背後に、青白い巨人の腕があった。


グチャリ、とまた物を潰す音が響いた。








物体を透過する伸縮自在の腕。


トロメーアはそれを地面に潜り込ませ、ネロの死角まで伸ばしていたのだ。


背後から巨人の腕に全身を握り潰されたネロの体は、そのまま地面に墜落した。


倒れたネロの体からは血の一滴も流れていないが、少しずつ腐り落ちていく。


「当然の結果と言えば、当然の結果だな」


力尽きたネロを見下ろしながら、トロメーアは呟く。


「魔王に挑んだ者の末路なんて、こんな物だ」


既に神も救いも失われたこの世界。


奇跡など起きる筈がない。


「さて……ん?」


気配を感じ、トロメーアは不思議そうに振り返った。


背後から現れたのは、黒一色の狼。


「おっと、びっくりさせるなよ」


事も無げに狼の頭部を握り潰しながら、トロメーアは呟く。


「トロメーア…!」


「何だ? 怒っているのか、ベアトリーチェ?」


その攻撃を放ったビーチェを見つめてトロメーアは笑う。


怒り狂うビーチェは影から新たな狼を生み出していた。


「その怒りは俺がお前の母親を死なせたからか? それともこの男を殺したからか?」


「…黙れ!」


叫びながらビーチェは狼を放つ。


しかし、その程度の攻撃ではトロメーアに傷一つ負わせることが出来ない。


「怒りと度胸は中々だが、弱すぎて話にならんな」


呆れたように息を吐き、トロメーアは拳を握り締めた。


「もういい。お前も、飽きた」


狼を踏み潰し、トロメーアは拳を振るう。


ビーチェの心臓を貫き、その命を奪う一撃が放たれる。


「…あ?」


だが、それがビーチェの命を奪うことは無かった。


放たれた拳はビーチェではなく、その前に立つ男の胸を貫いた。


「…何をしているんだ。お前?」


心底不思議そうにトロメーアは言う。


「―――」


それは、既に顔も判別できない程に腐り落ちたネロだった。


最早、腐乱死体と大差ない姿となりながらも、ビーチェを守るように立っている。


「もう理解しているんだろう? 俺の腕は、生き物の『魂』を削り取る。魂を削られた悪魔は、体を再生することも出来なくなる」


「―――」


「俺はお前の魂の殆どを握り潰した。肉体では無く、魂が既に死んでいるんだよ」


立っていることなど不可能。


そもそも人の形を残していること自体が有り得ない。


一秒後には腐った肉塊になっていても不思議ではない。


「―――」


それでも、倒れない。


骨が見えている両腕を広げ、ビーチェを庇っている。


「…何故、そんなになってまでベアトリーチェを庇う? 所詮は他人だろうが。自分の命より大切な筈が無いだろう?」


訳が分からない、と言いたげにトロメーアは呟く。


悪魔の常識では考えられない存在だった。


自己犠牲など、千年も前に失われた概念だ。


何故この悪の嚢にこんな物が存在しているのか。


「ね、ネロ…」


信じられないと言う表情で、ビーチェはネロの背を見つめた。


すると、ネロの体が小さく震えた。


(…何だ?)


違和感を感じ、トロメーアはネロの体を観察した。


完全に腐りつつあったネロの体の崩壊が止まっている。


それどころか、緩やかに皮膚が復元していた。


「チッ…!」


それに嫌な予感を感じ、トロメーアは考えるよりも先に拳を振るった。


ネロの頭部が柘榴のように裂け、残った肉塊がバラバラに飛び散る。


奇跡はやはり起きなかった。


頭部を失ったネロは今度こそ完全に絶命した。


「………」


トロメーアは返り血に塗れた己の手を見つめた。


僅かに震えている。


この感情は何だ。


恐怖か、焦燥か。


ネロは死にかけだった。


拳の一撃で絶命する程に弱っていた。


だが、そんな死に掛けをトロメーアは今すぐ殺さなければならないと判断したのだ。


「…ふん」


どちらにせよ、もう考える必要はない。


トロメーアは気を取り直すように、ビーチェへ視線を向けた。


目の前でネロを殺され、怒りすら忘れて呆然と佇むビーチェ。


弱り切った心を存分に味わってから、殺してやろう。


「ヒーロー、参上ー!」


その時、場違いな程に明るい声が響いた。


思わず呆気に取られるトロメーアの前に無数のシャボン玉が出現する。


「何だ…?」


「…コレは」


訝し気な顔をするトロメーアとは異なり、ビーチェはそれに見覚えがあった。


「いやー、久しぶり久しぶり…でも、ないかなー!」


先程会ったばかりの貴族風の男、アリキーノは笑みを浮かべて言った。


「助けに来たよー! ビーチェちゃん!」


「助けに…?」


首を傾げるビーチェ。


混乱する状況の中、次々と悪魔が駆け付けてくる。


それを見渡し、トロメーアは口を開いた。


「何だ、お前達は?」


「オレ達は魔王の支配を拒む者。魔王の打倒を望む者。魔王に復讐を望む者…!」


トロメーアを囲むように悪魔達が叫ぶ。


その眼には魔王に対する憎しみがあった。


その眼には大切な者を奪われた悲しみがあった。


彼らは皆、ビーチェの同類なのだと一目で分かった。


「オレ達は…」


「『ヴェンデッタ』だ」


瞬間、トロメーアの背を一本の刃が貫いた。


背中から心臓を貫通する刃。


それを握る者は、一人の男だった。


黒い右目と白く濁った左目を持つ男。


身に纏うローブも眼と同様に黒と白で彩られており、統一感が無い。


表情は冷静冷徹であり、一切の感情を感じられなかった。


「俺に、こんな攻撃が…」


言いかけて、トロメーアは目を見開いた。


肉体が再生しない。


体から力が抜けていく。


まるで、本当に心臓を貫かれた悪魔のように。


「…馬鹿な」


そして、その体は力なく崩れ落ちた。


地に転がったトロメーアの体は二度と動くことは無かった。

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