第十六話
「…ッ」
(脳を両断されても死なず、平然と蘇る…)
復活したトロメーアの攻撃を躱しながら、ネロは思考する。
(そんなことは有り得ない。魔王であろうとも、絶対に)
そう、有り得ないことだ。
頭部を破壊されたら、悪魔はその時点で死亡する。
思考する機能を失った時点で、それは生物ではなく、肉の塊に過ぎない。
例えどれだけの力を持っていたとしても、その常識は変わらない筈だ。
(…恐らくは魔爪の能力。それを使って、奴は死を回避した)
そこまでは理解できる。
だが、その正体までは掴めていない。
空中浮遊。物体操作。
それに加えて、致命傷から瞬時に復活するなど、一体どんな能力だ。
トロメーアの不死の絡繰りが分からない。
「くそっ…せめて、接近できれば…」
空中を浮遊するトロメーアを見上げながら、ネロは呟く。
先程からトロメーアはずっと空を飛び回っており、地上には近付きもしない。
ネロも悪魔の翼で飛ぶことは出来るが、トロメーアほどの速度では飛べない。
追い掛けた所で、瓦礫で撃ち落とされるのがオチだ。
「何だ? 接近戦がしたいのか? そう言うことは早く言えよ」
ネロの呟きを聞くと、トロメーアは一瞬で距離を詰めた。
驚くネロの前で、トロメーアは拳を握り締める。
「そらァ! ワン・トゥー!」
「ガッ…!」
その拳は、爆撃に等しかった。
トロメーアの拳が触れた部分が、塵のように消し飛ぶ。
ネロは両肩から先を失い、地面を転がった。
「止めだ! スリー!」
倒れたネロの頭部を叩き潰すように、踵落としを放つトロメーア。
「させるか! 影よ!」
叫び声と共にネロの影から幾つもの槍が飛び出す。
それはネロの影を踏んで立っていたトロメーアの足を深々と貫いた。
「捕まえたぞ!」
動きの止まったトロメーアの隙を突き、ネロは身を起こす。
既に破壊された腕は再生しており、その手には影の剣が握られていた。
足を地に縫い付けられ、無防備なトロメーアの首を影の剣が刎ね飛ばす。
「これで、どうだ!」
「―――」
頭部を失ったトロメーアの体が、ゆっくりと動く。
だらんと垂れた両腕が持ち上がり、パチパチと拍手した。
「今のは良かった。こう何度も頭部を破壊されるのは新鮮な気分だ」
落ちていた頭を拾い、首に乗せながらトロメーアは平然と言う。
グチャグチャと音を立てながら傷口が癒着する。
先程と全く同じ光景だった。
「それにしても、お前のその再生速度は何だ?」
トロメーアは興味深そうにネロの両腕を見つめる。
「失われた両腕を完全に生やすなど、俺でも一分は掛かるぞ」
一分で手足を元通りに再生するトロメーアの生命力も大概だが、それと同等以上の速度で再生するネロが不可解だ。
「面白いな、お前。今までに会ったことの無いタイプだ」
即ち、未知。
トロメーアが何よりも渇望する存在だ。
「心から感謝しよう。俺は、お前に会えて嬉しいぞ!」
「…さっきから馴れ馴れしいんだよ。お前!」
影から槍を生み出し、それを投擲するネロ。
「そう言うなよ、感謝しているのは本当だぞ!」
槍を躱しもせず、腹で受け止めながらトロメーアは笑う。
「人生には刺激が不可欠だ! 無味乾燥な生など、死んでいるのと変わらねえ!」
千年と言う長すぎる人生。
欲した物は全て手に入れてきた。
思いつく限りの欲望を満たしてきた。
「そう、俺はもう飽きているんだよ! 人生と言うやつに!」
砂漠のように乾いた心。
満たされない日々。
「それでも生き続けるからには刺激が必要だ。未知が必要だ!」
だからこそトロメーアは求める。
未知なる存在を。自分の退屈を癒してくれる存在を。
「未だ俺の知らない快楽。それは、俺以外の人生」
「!」
「他者の人生を、その幸福と絶望を味わう時、俺の心は満たされる!」
それは、この世のどんな存在よりも悪魔らしい言葉だった。
自分の人生に生き飽きたからこそ、他者の人生を求める。
誰かの人生を欲望のままに味わい、食い潰す。
トロメーアが眷属を作ったのは、その為だ。
常に争い、競い合う彼らの人生を貪る為だ。
求めているのは、己の欲望のみ。
『強欲』の魔王。
それが、トロメーアの正体だった。
「ああ、俺の娘はあれからどんな人生を送ったのだろうなァ? 母を失い、父に裏切られ、それから一人きりでどうやって生きてきた?」
「…お前、は」
「その苦しみを! その悲しみを! 俺に教えてくれ! もっと俺の知らない物を見せてくれ!」
「ッ!」
そんなことの為に、ビーチェは母を殺されたのか。
この男の欲望を満たす為だけに、ビーチェは見逃され、今まで一人きりで生きてきたのか。
「我が魂よ、踊り狂え!」
トロメーアは凶悪な笑みを浮かべて、叫んだ。
「『ファンタズマ』」
ズルリ、とトロメーアの背から何かが這い出た。
「…何、だ…?」
現実離れした目の前の光景に、ネロの思考が一瞬止まる。
それは、青白く光る腕だった。
揺らめく炎のような不安定な物体。
トロメーアの背から生えていると言うのに、彼の体長の倍以上ある巨人の腕だ。
「特別に見せてやろう。コレが、俺の魔爪だ」
ゴッ、と大気を薙ぎ払いながら巨人の腕が振るわれる。
それはネロの左腕に触れたが、一切傷つけずに擦り抜けた。
「…あ、あああああああ!」
一瞬遅れて、ネロは腕を抑えて絶叫する。
傷一つ無かった筈の左腕が、ドロドロと腐り落ちた。
「ネロ…!」
不可解な現象にビーチェは声を上げた。
訳が分からない。
ネロの腕からは血の一滴も流れていなかったのに、瞬く間に腐ってしまった。
そして、何よりも不可解なのは…
(傷が、再生しない)
失われたネロの腕が、再生する気配が無い。
どれだけ待とうと、腐り落ちた腕が元に戻らない。
(まさか、あの攻撃には悪魔の再生力を無効化する力が…?)
だとすれば、再生力に頼った戦い方をするネロはどうなる。
あの腕で致命傷を負わされたら、どうなる。
(ネロ…!)
ビーチェは嫌な予感を吹き飛ばすように、ネロの背中を見つめた。




