第十五話
「まずは小手調べだ!」
パチン、とトロメーアは指を鳴らす。
それを合図に虚空に浮かぶ全ての瓦礫がネロの下へ落下した。
逃げ道を塞ぐような大質量の同時攻撃。
「『オンブレ・チネージ』」
回避が間に合わないと理解し、ネロは魔爪を発動させる。
足下の影が立体化し、刃となって瓦礫を切り裂く。
その切れ味は鋭く、全ての瓦礫は断ち切られた。
「次はコレだ!」
そう言ってトロメーアは懐から無数のナイフを取り出す。
浮遊するトロメーアの手から離れたナイフは独りでに動き、トロメーアを周囲を飛び回る。
(やはり、ただ物を軽くさせるだけの能力では無いか…)
自由自在に虚空を飛び続けるナイフを見て、ネロは認識を改めた。
物体の重量を操るだけではない。
触れた物を自由自在に、手足のように操る能力か。
「次は的が小さいぞ、どうする?」
もう一度トロメーアが指を鳴らすと、飛び回っていたナイフが一斉にネロへ襲い掛かった。
瓦礫に比べれば破壊力は低いが、まともに受ければ致命傷となることは変わらない。
「まとめて弾き飛ばす!」
ネロの足下で影が爆ぜた。
飛び散る影の破片が刃となり、ネロへ迫っていたナイフを弾き飛ばす。
「…それで防いだつもりか?」
だが、ナイフは虚空で一度停止し、すぐにまたネロを狙い始めた。
まるで生きているかのように、全てのナイフがネロを追い続ける。
(追尾機能…! バルバリッチャのミサイルと同じか…!)
顔を歪めながら、ネロはその場から駆け出す。
逃げるネロの背を、ナイフの群れが追う。
「後ろばかり気にしていると危ない、ぞっと!」
トロメーアは何も無い虚空を殴り付けた。
すると、地に転がっていた瓦礫の一つが弾け飛び、ネロの体を貫く。
「が…!」
砕けた小さな破片が頭に命中し、ネロの体が倒れ込む。
「足を止めたな」
その隙を逃さず、無数のナイフがネロの全身を串刺しにする。
手も足も、肩も背中も、地に縫い付けるように全身余すことなく。
「プチ、ってな」
血溜まりに沈むその体を容赦なく、巨大な瓦礫が圧し潰した。
ネロの体は瓦礫の下に消え、何も見えなくなった。
「呆気ない。所詮、お前も口だけか?」
瓦礫の上に乗りながら、トロメーアは退屈そうに呟く。
「数百年ぶりに現れた俺の敵。どんな物か、と期待していたのに………ん?」
失望を隠さずにいたトロメーアは、瓦礫の下を見下ろして首を傾げた。
それは影だった。
瓦礫の下に映し出される巨大な影。
それが僅かに動いていた。
「…何だ? もしかして、まだ生きているのか?」
興奮を隠し切れない表情で、トロメーアは言った。
ネロがまだ生きており、まだ闘志が消えていない事実に喜びを感じている。
「ははは! 諦めが悪い奴は好きだぞ! さあ、まだ生きているのなら反撃してこい! 俺はまだまだ満足していないのだから!」
両手を広げ、隙だらけの姿勢でトロメーアは笑う。
次はどんな攻撃が来る?
どんな攻撃だろうと構わない。
この退屈を癒すことが出来るのなら、幾らでも受けてやる。
だからもっと自分を愉しませてくれ。
もっと未知なる物を見せてくれ。
「…魔王トロメーア」
小さく、低い声が瓦礫の下から聞こえた。
「その『油断』こそが、強者の最大の弱点だ」
「―――」
何、と答える余裕すら無かった。
瓦礫の下より現れたのは、巨大な影のギロチン。
それは瓦礫を真っ二つに断ち切り…
「―――」
その上に立っていたトロメーアの体も等しく両断した。
左右対称に切り裂かれたトロメーアの体は、喜悦に歪んだ顔のまま地面に崩れ落ちた。
「………」
ビーチェは、目の前の光景に言葉が出なかった。
瓦礫の影から現れた血だらけのネロ。
真っ二つに両断された瓦礫。
そして、血溜まりに沈むトロメーアの遺体。
(コレで、終わったの…? 本当に…?)
アレほど憎んでいた相手が、復讐すると誓っていた相手が。
四大魔王の一人が、死んだ。
あまりにも呆気なく。
(…本当に、あの男を…!)
段々と自覚するに連れ、ビーチェの心に喜びが浮かぶ。
母の無念を晴らすことが出来た。
自分達を裏切った仇敵を滅ぼすことが出来た。
ビーチェ自身の手で行うことが出来なかったことが少々不満だが、それでも奴が報いを受けた事実は喜ばしいことだった。
「…おいおい、ここは涙の一つでも見せる所だろうが」
その声は、何の前触れもなく聞こえた。
ビーチェは驚きに目を見開き、ネロも急いで振り返る。
「実の父が死んだんだぞ? 涙どころか笑みを零すなど、薄情な娘もいたものだ」
遺体が、起き上がる。
真っ二つに切り裂かれた傷が癒着し、修復されていく。
出来の悪いホラー映画のように、魔王はあっさりと死を超越する。
「…脳を両断したんだぞ」
ネロは思わず呟いた。
高い再生能力を持つ悪魔であっても、頭部と心臓は弱点だ。
その二つ、或いはどちらかを破壊された時点で致命傷。
脳を両断されて生きていられる悪魔なんていない。
その筈なのに。
「…化物め」
「魔王だ」
ネロの言葉に、トロメーアは笑みを浮かべて答えた。




